表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/34

5-1:コード8

 第五話 『シノ』



 

 

  · · • • • ✤ • • • · ·


 


 

 特務機関の医療区画の廊下は、昼夜の区別がつかない。白い照明が等間隔に並び、通る者の足音だけが静かに反響している。

 

 

 スーツ姿の男女が二人、その白い廊下をまっすぐ進んでいた。


 

 髪をオールバックにまとめ、かっちりと特務機関の制服を着こなす男――梟屋六司。隣を歩く女性もまた、髪を後ろで一つにまとめ、皺一つない制服に身を包んだ鹿南玲菜だ。どちらも表情は崩さず、歩幅も揃っている。

 


 特務機関管理局監査課に属する、監査官。彼らは特務機関内部の調査を専門とする職員だった。

 

 


「それで――」

 


 

 先に口を開いたのは、梟屋を見上げた鹿南だ。鹿南は監査課に所属してまだ日の浅い新人であり、梟屋は彼女の上司でもあった。

 

 

 

「どうして、うちが呼ばれているんですか?」




 

 問いは淡々としていた。不満でも、疑念でもない。確認するような声音だ。

 

 梟屋は少し間を置いてから、その問いに答えた。



 

「第四十九番弧洞の話は聞いたか?」


「はい。騒がれていることは知っています」


 


 鹿南は一瞬、言葉を探すように視線を泳がせた。

 


 

「等級が……変わったとか」



 

 梟屋は何も言わず首肯した。



 

「この件、まだ外には出ていないんですよね?」


「当然だ。C判定の弧洞がA判定になったと知られれば、余計な混乱を招く可能性がある」



 

 医療区画の扉が近づき、消毒液の匂いが、空気に混じった。



 

「弧洞の等級が変化したことの調査は別部署で行われているが、俺たちの仕事は、『人為的逸脱行為』が起きていないかを調べることだ」


「……弧洞の等級に関わる何かが、人の手で起きた可能性があると?」


「疑義が出ている時点で確認は必要だ」


 

 梟屋は淡々と言う。


 

「だからまずは事実関係の確認だ。内部で何があったのか、確認しなければならない」



 鹿南は小さく息を吸った。


 


「調四が対応していたのですよね。調四は今まで負傷者を多く出していた部署、でも今回、犠牲者は出ていなかったと聞いています」


「四名の隊員が先に救助され、残った二人――坂田泰司隊長と椎野渚隊員が弧洞内部に取り残された。そして、坂田隊長が気絶している間に、椎野隊員が弧洞内部の怪物を倒したと報告されている。彼女は終末装置を破壊する間際のところで気を失い、現着した本部長が終末装置を破壊した、と」


「椎野隊員は……C級でしたね」


「そうだ」

 

「珍しいですね。C級が解決ですか」


「珍しい、で済めばいいがな」

 

 


 二人は医療区画の奥へと進み、そして一つの扉の前で足を止めた。扉の横に備え付けられたネームプレートには、『坂田泰司』の名前がある。

 

 


「坂田隊長は、証言したいことがあるそうだ。それで俺たちは呼ばれたっていわけさ」

 


 

 証言、と梟屋は反すうする。梟屋はかなり声を潜めて言った。


 

「攻撃された、とな」


「攻撃? 椎野隊員に?」


「そうらしい。だから『疑義が出ている』。……さて、鹿南。今日は君が調書を取るか?」

 

「はい」鹿南は一切迷いなく頷いた。「任せてください」


「気負わなくていいぞ。俺たちの仕事は疑うことだ」


 

 

 梟谷は扉の端末を操作する。

 

 

 

「坂田隊長も噂に事欠かない人だし、椎野隊員も過去、こちらの監査を受けた記録がある。精神面に関する報告があったはずだ」


「ありますね。……後で資料を見てもいいですか」


「もちろん」

 


 小さな電子音とともに自動ドアが静かに開き、消毒液の匂いが病室から薄く漂っていた。


 一人部屋の病室に二人が足を踏み入れると、横になっていた坂田は反射的に身体を起こしかけた。だが、痛みを思い出したようにすぐさま表情を歪め、ゆっくりと枕に背を預け直す。


 目立つ外傷はないものの、呼吸は不自然に浅く、額にはうすらと冷や汗が滲んでいる。


 ――しかし、伏せられた瞳の奥だけはやけに冴えているように鹿南は思った。


 


  · · • • • ✤ • • • · ·

 


 

「正直、全部は憶えていない。……だが、あいつが、俺を殺そうとしたんだ」




 

 声は細く、途切れがちだった。坂田は息を吸うたびに、胸が痛むような素振りを見せた。




 

「怪物の前に俺を置いて逃げた。あいつは、最初から嵌めるつもりだったんだ!」



 

 坂田は苦しそうに喉を鳴らした。視線を落とし、震える指先をシーツに食い込ませた。鹿南は端末に視線を落としたまま、淡々と問いを重ねた。


 

「殺されそうになったというのは、どういう状況だったんですか」

 


 坂田はすぐには答えず、天井の一点を見つめた。数秒の沈黙のあと、ゆっくりと息を吐く。


 

「怪しい扉があって、俺たちはその中に入ったんだ。だが、椎野がその中に入った途端、怪物たちがわんさか出てきた。そしたら大ボスみたいなやつまで出てきて、あろうことか、俺を囮に逃げようとしたんだ」



 

 梟屋が一歩だけベッドに近づいた。


 

「それが意図的だと?」


「それだけじゃない。他にもある!」

 


 鹿南が端末を操作する指を止めた。


 

 「……ほかにも?」




 坂田は喉を鳴らし、シーツの上で手を握り直す。


 

「あいつの界律能力は特殊液体生成……なんでも作れるっていうやつさ。あいつは俺たちに得体のしれない液体を飲ませてる。今回もそうだ。あいつの能力が発動したと思って気がついたら、身体が動かなくなっていた。それに俺が気絶している間にも、あいつは、何か飲ませたんだよ!」

 


「何を?」


 

 問い返された坂田は、首を横に振った。


 

「分からん。でも頭がおかしい奴のことを信用できるわけないだろう。治療薬ならすぐに回復してもいいはずなのに、かえって身体が重たいし、気分が悪い。絶対あいつ、俺に毒を盛りやがったんだ!」


 

「その点は……検査の結果からは特定の毒物は検出されていませんので、安心してください」



「なっ! お前たちは知らんだろう、あいつは弧洞で生成される未知の液体だって作れるんだぞ!? 検査しても出てこない可能性だってあるだろうが!」


 

 激高しだした坂田に、梟屋は「落ち着いて」と諫める。すると坂田は「うっ」と胸と腹のあたりを押さえて縮こまり、顔色を悪くした。


 

「うぅ……腹のあたりが痛むんだ。あんたたちに、こんなこと言うべきか迷ったが……」


 

 坂田は一度言葉を切り、視線を落としたまましばらく黙った。次に言う言葉を躊躇しているように見える。


 

「だが……もし、何かあってからでは遅い」


「気になることがあればおっしゃってください」


 

 鹿南が促すと、坂田はゆっくり顔を上げた。


 

「椎野は前にも、精神面で引っかかった記録があったはずだ。任務中に錯乱した。それだけじゃない、何度も隊員を危険にさらしていた」


 

 鹿南が端末に視線を落とす。数秒、画面をスクロールする指が止まった。


 

「……確かに、過去に精神面の経過観察が付いた時期はありますね。ですがその件は既に解決済みです」


 

 坂田は、そこで初めて、ほんの少しだけ声を低くした。


 

「もし、解決していなかったら? それなら……、『八疑い』の可能性もまた視野に入れておくべきじゃないか? あいつは危険な行動ばかりする。仲間に害を与えかねないと俺は何度も報告してきた」


 

 八疑い――その言葉を聞いて、鹿南は手元の端末に言葉を書き記した。梟屋は目を細めて坂田を見ていた。


 

「俺は、部下を守らなきゃならない! 八疑いなんて言葉は出したくないが、また同じことが起きたら……また犠牲が出るかもしれない」


 

 鹿南は一つ息をついてから口を開いた。

 

 

「……分かりました。検討に入れましょう」

 

「ああ。助かるよ」


 

 坂田の唇の端が、ほんの一瞬、吊り上がった。すぐに苦悶の表情に戻ったため、鹿南と梟屋はその変化に気づいていなかった。

 


 二人はあらかたの調書を取り終えると、病室を後にした。白い廊下をしばらく歩き、坂田の病室から離れたところで、梟屋が「どう見る?」と問いかけた。

 


 鹿南はしばらく考え込んだ後、さっと顔を上げた。



 

「可能性としては否定できません。ですが、監察対象として扱う必要はあると思います」

 

 

 梟屋は鹿南の前を歩き、そして立ち止まった。

 


「そうだな」


「それから、坂田隊長についても調べる必要があると思います」

 


 梟屋は「ほう?」と声を上げた。鹿南は機械のようなそのかんばせを僅かに緩め、口角を上げる。


 

「だいぶ、嘘をついていましたから」

 


 

 黒い瞳の色が僅かに翡翠の色に変化していた。

 それを目にした梟屋が、ひゅう、と軽い口笛を吹く。


 

 

「じゃあ、もう一人のもとへ行くとしよう。もう目が覚めてればいいんだがな」


「はい」




 鹿南が頷き、二人はさらに奥の区画へと白い廊下を進んで行った。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ