3-1:罪悪感
第三話 『弧洞』
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御幡に連れられるまま訪れた部屋は、調四の装備控え室だった。
白い蛍光灯が天井から無機質な光を落とし、磨かれた壁に反射して目を刺すほど眩しい。空調の低い唸りだけが、沈黙の中で響いていた。
中にいたのは四人。
壁に並ぶロッカーの数に比べれば、あまりに少ない人数だった。
全員の視線が、部屋に入った二人へ同時に向けられる。
誰も声を出さない一瞬の間。渚は胸の奥がざわりと波立つのを感じ、服の上から心臓のあたりを掴んだ。
自分の中で、自分ではない何かの感情が沸き立つ。
恐れではない。もっと鈍く、重たい感覚。寂しく、そして申し訳のない感情。
――罪悪感に近いものだ。
(なんで……?)
渚は疑問に思った。この身体の持ち主である椎野渚が感じていたものだとしたら、なぜ。
「あ……。な、渚ちゃん、おかえり。怪我が治って、よかった」
茶髪を肩で切り揃えた女性が、おどおどと声をかけてきた。名前は思い出せない。あとで確認しよう。
彼女の声は柔らかいが、覇気がなかった。
渚は視線を巡らせ、すぐにその違和感を掴んだ。
「前回の任務、大変だったよな」
「渚ちゃんが助かってよかった」
次々と声を掛けられる。
違和感の正体は明白だった。言葉と表情が、噛み合っていない。空気は不自然な温度差を孕んでいる。
心から安堵しているようには見えなかった。
「……でも、どうして渚ちゃんだけ」
「矢羽さん!」
「あっ……」
矢羽と呼ばれた女性は、すぐに口元を押さえた。自分でも気づかぬうちに、胸の底に沈んでいた淀みが零れ出たのだろう。
部屋全体に、目に見えない糸がぴんと張り詰めた。
渚は立ったまま、胸の奥にぽっかりと空洞が生まれるのを感じた。彼らの中には、何か、渚へのわだかまりが渦巻いている――それだけは確かだった。
「ね! 暗い表情はやめよう。なぎちゃんだって必死に戦ってるんだよ」
御幡が口を開いた。庇うような言葉だが、重苦しい空気は晴れず、部屋はどんよりと陰った。
「ごめんなさい。責めたいわけじゃなくて。違うの。けど、ちょっと……複雑で……」
矢羽が苦しげに言った。
「それを言うなら、僕を責めてくれ」
「和久田副班長!」
「防げなかったのは僕の失態だ。重症を負った椎野さんも、他のメンバーも悪くない」
庇うような声音だったが、渚は気づいていた。
この場にいる誰一人として、副班長の言葉を真正面から受け止めていない。矢羽の目にはまだ淀みが残り、他の者も視線を逸らしている。
言葉が途切れ、再び沈黙が落ちた。
――ピピ、ピピ、ピピ、ピピ。
沈黙を破ったのは、突然鳴り出した腕時計型のデバイスだった。通知が浮かび上がるように表示され、任務のアラートが部屋中に響き渡る。
「招集だ」
和久田が顔を上げる。
「皆、行こう」
仲間たちの顔色が、さらに悪くなる。恐れているのは、あの坂田――班長の存在だろう。だが、そこに渚がどう関わっているかが問題だった。
(――この世界の椎野渚、あなた……一体、何をしてきたの)
彼らのぎこちなさは、坂田ではなく、渚に向けられている。
形を持たない重みが背骨の奥に沈み込んでくる。渚は頭を抱えたくなった。同僚の全員が、先のない暗闇をそれぞれ抱え込んでいるように見える。
「渚ちゃん、早く行こう」
「……うん」
御幡に声をかけられ、渚は戸惑いのまま頷いた。漠然とした不安が胸に広がる。
「装備はもう用意できてる?」
「うん」
「――椎野さん」
不意に肩を叩かれ、渚は振り返った。
茶髪の男――痩せ型で、覇気のない目。口元には疲労の色が滲んでいる表情。先ほど渚を庇うように発言した、副班長の和久田だった。
デバイスに届いていた、もう一件の未読メッセージ。
送り主の『副班長』――和久田は渚を見ると、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「メッセージ……見てなかっただろ」




