世界に拒まれた氷の女王と、息子を救おうとした母の物語
氷の女王は、世界から拒まれていた。
彼女の力は「呪い」と呼ばれ、
冬が長引けば彼女のせいにされ、
病が広がれば彼女の名が囁かれた。
誰も近づかず、
誰も助けを求めなかった。
だから彼女は、氷の宮殿で一人きり、
世界から距離を置いて生きていた。
――その日が来るまでは。
息子は、静かに熱を失っていった。
どれだけ毛布を重ねても、
どれだけ火を焚いても、
その小さな体は冷えていく。
医師は首を横に振った。
「静白病です。
体の内側から“冬”に覆われていく病。
……治療法はありません」
母は泣かなかった。
泣く時間があるなら、探そうと思った。
そして、誰も口にしたがらない名前を聞いた。
――氷の女王。
「行けば戻れない」
「彼女は人を救わない」
そう言われても、母は歩いた。
恐れよりも、
憎しみよりも、
息子の命のほうが重かった。
氷の宮殿で、女王は母を見つめた。
「私を責めに来たの?」
その声には、怒りよりも疲れが滲んでいた。
母は首を振る。
「助けてほしいの。
私の息子が、死にかけている」
女王は子どもを見て、息をのんだ。
――知っている病だった。
「……それは、私が原因ではない」
「でも、皆は私のせいにした」
治療法は失われていた。
ただ、断片的な記録と、危険な道だけが残っていた。
女王は沈黙し、そして言った。
「一緒に探そう。
成功する保証はない」
母は迷わなかった。
「それでも、あなたと行く」
旅は過酷だった。
氷原では、熱を求める氷獣が現れた。
女王が魔法で道を塞ぐ間、
母は息子を抱き、必死に庇った。
「なぜ逃げない?」と女王は問う。
「怖いからこそ、守るの」
その答えに、女王は言葉を失った。
崩れかけた氷橋の前で、女王は立ち止まった。
「私の力は、壊すことしかできないと言われてきた」
母は静かに答える。
「あなたの力で、私たちはここまで来た」
女王は初めて、
“恐れられるため”ではなく
“守るため”に力を使った。
夜、焚き火のそばで、二人は話した。
母は、平凡な家の話をした。
小さな幸せの話をした。
女王は、拒まれ続けた年月を語った。
「……私も、信じてしまった。
自分は、世界に必要ない存在だと」
母は首を振った。
「あなたは、今ここにいる」
その言葉が、氷よりも深く女王の胸に届いた。
治療法は、薬ではなかった。
それは儀式だった。
冷気で病の進行を止め、
愛で心を呼び戻す――
二人でなければ成立しない方法。
女王は恐れず魔法を使い、
母は息子の手を離さなかった。
やがて、子どもは小さく息を吸った。
温もりが、戻ってきた。
別れの時、母は頭を下げた。
「ありがとう」
女王は首を振った。
「私を、女王としてではなく
“一人の存在”として見てくれたのは、あなただけ」
母は息子を抱いて帰り、
女王は再び北へ向かった。
世界は、すぐには変わらない。
それでも――
冬は続いても、
それはもう、残酷なものではなくなった。
なぜなら、
世界に拒まれた氷の女王は知ったからだ。
拒まれても、
選ぶことはできる。
そして、
一人の母がそれを教えたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
母の愛と、拒まれた存在の救いをテーマにした短編です。
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