008:パリの休日
フランスにやって来た多々良は、時差ボケを治す為やリフレッシュの為に2日間の休養を言い渡されている。
アランは家で休むのも良いが、パリ市内を散策するのも悪くないと言われたので、早速パリ市内を歩き回る事にしたのである。
「マジかよ! やっぱり外国って感じがするなぁ!」
日本の街並みとは、明らかに異なるフランスの街並みに感動すら覚えているのである。
いろんなところを見て回ろうと思って、ベタなエッフェル塔から凱旋門、そしてノートルダム大聖堂を見て感動の連続となっている。
さすがに疲れて家の近くのカフェで休憩する。
「ふぅ……マジでフランスって良いところだなぁ」
多々良はサンドウィッチを食べながら、フランスは良いところだとしみじみ思っている。
すると広場の方で女性の「止めてください!」という声と、男たちの声が聞こえてくる。
これに多々良はフランスでも「ナンパってあるんだなぁ」と思って、サンドイッチを頬張る。
少しして違和感に感じる。
女性の声が日本語だったのである。
パッと女性の声をした方を見る。
そこに3人の外国人が、日本人女性の腕を掴んで、しつこくしているみたいだ。
同じ日本人だし、放っておけないと席を立ち上がる。
「ちょいちょい! そこまでにしておけよ」
「Qu'est-ce qui ne va pas chez toi ? Sors d'ici ou je te frappe(何だよ、お前? どっか行かねぇと、ブン殴るぞ!)」
「何だよ? まだフランス語習ってるところだから、ところどころ分からねぇけど……ブン殴るとか言ってるんだよな? 舐めんじゃねぇぞ」
多々良が止めに入る。
すると男たちはフランス語で言い返す。
3ヶ月前からフランス語を勉強しているが、それでも流暢なフランス語は難しい。
ほとんど聞き取れずに意味が分からない。
しかしブン殴る的な意味があるのは理解できた。
止めに入られた事に、イラッとした男性たちは多々良の胸ぐらを掴むのである。
「Si tu ne pars pas, je te frappe sérieusement !(どっか行かないなら、本気でブン殴るぞ!)」
胸ぐらを掴んだ男は、右腕を振り上げる。
目の前で人が殴られると思った日本人女性は、両手を口の前に持って来て「きゃぁあああ!」と叫ぶ。
しかし多々良は振り下ろされた拳を避けると、避けられた事で姿勢が前傾姿勢になってしまった男の首に手を回して、ギロチンチョークをブチかます。
そのままギュッと締め上げると、男の顔が紫色になっていき気を失う寸前に多々良は手を話した。
「格闘家だからな、拳を使うのはダメだろうと思ったから締め技にしたが、これ以上やるってんなら……Venez préparé à mourir(死ぬ気で来い)」
多々良は格闘家になろうとしているから、プロの格闘家が素人を殴るのは倫理的にダメだ。
だからプロになろうとしている多々良は、殴るのではなくギリギリセーフだろう絞め技を選択した。
まさか瞬殺された事に男の友達たちは青い顔をする。
そんな男たちに多々良は、やるっていうなら死ぬ気でかかって来いとフランス語で言うのだ。
多々良の言葉にドキッとした男たちは、多々良たちの前から走って逃げていくのである。
「ったく……こんなんで逃げるなら、最初からナンパなんてすんなよな」
多々良は逃げていってくれたのは助かるが、こんな簡単にやられるならナンパなんてするなと思う。
すると周りで多々良たちの事を見ていた広場の人たちは指笛を鳴らしたりと、歓声を上げて「よくやった!」と多々良を褒めるのである。
まさかこんなになるとは思っておらず照れる。
そして女性も多々良のところに駆け寄る。
「本当にありがとうございます! 日本人ですよね?」
「えぇそうっすよ。怪我とかは無いですか?」
「全然大丈夫です! 本当に何てお礼をすれば良いか」
「いやいやお礼とか大丈夫っす。男として当たり前の事をしただけなので」
女性は目をキラキラさせながら多々良に、本当にありがとうと感謝をするのである。
多々良は照れながら助けるのは、男として当たり前の事だから気にしなくて良いと言うのだ。
しかし女性は引き下がらない。
「それではいけません! 受けた恩には、それ相応のお返しをしなければいけないのです! これが私の家の家訓ですから!」
「いやぁそんな事を言われてもなぁ……本当に当たり前の事をしただけなんで」
「それでは今からお茶をしませんか? それなら良いのでは無いですか?」
「え? お茶ですか? まぁそれなら良いですけど」
多々良も頑固なので、お礼をひたすらに断り続けるが女性の方も引こうとしない。
そこで妥協点として、お茶をするという事で決まる。
そうでもしなければ、何かおかしな方向に持っていかれそうな感じが本能的に感じたからだ。
お茶をするなら、さっきまで食べていたところで良いかと案内するのである。
「あっ! 自己紹介が、まだでしたね! 私は《窪川 美玲》です! よろしくお願いしますね!」
「あっはい。俺は《九頭 多々良》って言います」
「そんな敬語とか大丈夫ですよ! 私とあまり年齢変わらないと思いますし」
この女性は美玲と言い。
年齢は多々良の2つ上の19歳だった。
「それにしてもお強いんですね。あんなに屈強な人たちを、目にも止まらぬ速さで!」
「まぁアレくらいは何でも無いよ。総合格闘家で、あんな奴らに負けてたら逆にマズイからね」
「え!? 格闘家さんなんですかぁ!?」
「え? はい、そうですよ。まぁまだプロってわけじゃ無いですけど」
想像以上に多々良が総合格闘家というのを聞いて、美玲は興奮しているのである。
女子だから、そんな事に興味は無いと思っていた。
何なら殴り合うなんて野蛮だと思われるとすら、多々良は思っていたが、反応は違った。
「あ あの! 1つお聞きしても良いですか?」
「俺が答えられる範囲なら何でも」
「格闘家というのは運営をしていく上で、スポンサーを付けるのが普通だと聞きました。それは本当なのでしょうか?」
「え? ま まぁ? 凄い選手にはスポンサーは付いてるね」
美玲は聞きたい事があると言って、多々良に1つ質問を投げかける。
その質問は総合格闘家と企業が個人的に、スポンサー契約を結ぶ事はあるのかというものだ。
この質問に多々良はプロでは無いが答えた。
個人の選手が企業とスポンサー契約をするのは、そう珍しい事では無いと。
これを聞いた美玲は表情をパァッと明るくなった。
多々良は嫌な予感がする。
「ウチの会社とスポンサー契約を結びませんか!」
「え? み 美玲さんの会社とスポンサー契約?」
「あっ! これでは語弊がありますね。私の会社ではなく、両親の会社ですね!」
「美玲さんの両親は店をやってるの?」
「はい! 聞いた事あるか分かりませんが、両親は〈EDGE〉というアパレルブランドをやっているんです!」
「え えぇ!? エッジ!?」
美玲の両親はアパレルブランドの社長であり、しかもその会社とはエッジだという。
これには多々良も驚く。
エッジというのは新進気鋭のアパレルブランドで、ストリートファッションを中心に世界展開をしている有名ブランドなのである。