007:これからについて
多々良はパリの国際空港に到着した。
日本とは異なるニオイに、何とも言えないワクワク感を感じているのである。
アランは迎えに来れないと言うので、代わりの別の人が迎えにくると言うのだ。
どんな人かと周りをキョロキョロして探す。
すると日本語で多々良と書かれたボードを持った金髪の男性がニコニコしながら立っていた。
癖が強いと思いながら近寄る。
「おぉ! 君が多々良くんだね! 僕はアランさんのジムで専属プロモーターとして働いている《ジャノ=マクレ》って言います! よろしくぅ!」
「あ はい……九頭 多々良って言います。ジャノさん、日本語上手ですね」
「えぇ! 僕、日本人とのハーフなので!」
「あぁそういう事なんですね。それでアランさんは元気ですかね?」
「凄く元気ですよ! 多々良くんのこと首を長くして待ってますよ!」
ジャノはアランが経営するジムの専属プロモーターらしく、アランと共に多々良を待っていたという。
雰囲気的に良さそうな人だと、多々良は直感で感じるのである。
荷物を車に乗せ、アランが経営するジムに向かう。
アランのジムの名は〈Paris mercenaire〉で、パリ市内にある。
「今日はアランさんに挨拶してから、多々良くんの拠点になる家に案内するよ。それから時差ボケとかもあるだろうから2日間オフになるから」
「え? 2日間も休みを貰えるんですか? てっきり今日から練習するものかと思ってました」
「いやいや! 格闘技だけじゃないけど、スポーツっていうのは体調管理を1番に考えるものなんだよ。どれだけ努力をしたって当日、体調が悪かったら意味が無いからね」
ジャノは多々良に今日のスケジュールを伝える。
今日はアランへの挨拶だけで、時差ボケなどの体調面を考えて2日間の休息を与えられた。
そこまで本気に格闘技に向き合っていなかった多々良は、今日から練習するものだと思っていたので驚いた。
そんなものなんだと思いながら、多々良は見慣れないパリの街を眺めている。
数十分が経ったところで、車は停車した。
多々良は到着したのかと周りをキョロキョロしてみると、普通のビルの前だった。
先に家に着いたのかと思っていると、ジャノは「ここがジムだよ」と言うのだ。
多々良は「え!?」と驚くのである。
あのアランのジムだから、もっと大きいものかと思っていたのであるが、普通のビルで驚きを隠せない。
「まぁアランさんは前のジムを辞めて、君の為に新しいジムを作ったからねぇ」
「え!? お 俺の為に!?」
「まぁそういう事だから是非とも頑張って」
車を降りた多々良は、フゥと深呼吸をしてからジムの扉を開いて入る。
すると入り口の目の前にドンッと、アランが仁王立ちで立っていたのである。
それを見た多々良は深々と頭を下げて挨拶をする。
大きな良い声で挨拶をすると、アランは「よし!」と言って招き猫のように手招きをする。
「今から軽く、これからについて話しておこう」
「あっはい! よろしくお願いします!」
アランは軽くこれからの流れについて説明すると言って、テーブルと椅子のあるところに移動する。
2人が着席しアランが話し始める。
「今の小僧はアマチュアというにも烏滸がましい状態にあるのは分かっておるな?」
「まぁそうですよね。あの大会の後もアマチュアの試合は1回出ましたが、それじゃあ成り立ちませんよね」
「そこでワシの使える権限をフルに使って、ある試合を取り付ける事ができた。その試合に勝利すればフランス国内のプロのオーディション大会に出場できる」
「え!? さすがはアランさんですね……その試合っていうのは何なんですか?」
今の多々良はアマチュアの中でも実績なんて、何も無い状態の日本人である。
このままではプロに行くのは先になる。
それを危惧したアランは、自分の使える最大限の権限を使って、ある試合を取り付けたと言うのだ。
その試合に勝利すればプロ団体のオーディション大会に出場できると言う。
どんな試合なのかと気になって聞く。
「これが厄介な相手じゃ」
「厄介な相手ですか?」
「あぁ相手は動画配信をしている若造じゃ。あまりにも素行が悪くプロ資格を得られず、アマチュア試合の興行を行なっているような男じゃ。その男の相手となる選手が怪我をしてのぉ、代替えの選手を探していたらしい」
「つまり格闘家もどきってところですか?」
「いやいや! 確かに素行が悪くプロの資格を持っていないアマチュア格闘家だが、実力に関してはプロになれる逸材だ」
多々良のフランス移住の第1戦は、動画配信をしている男であり素行不良などからプロ資格を持っていない。
そんな人間が相手なのだという。
もしかして格闘技を舐めている擬き野郎なのかと多々良は思ったが、どうやら性格が終わっていて素行が悪いだけで実力はプロに匹敵するという。
つまりプロの資格を持たない中で、最もプロに近い男と戦って勝利を収めれば、プロのオーディション大会に出場資格があるだろうという事だ。
「どうだ、受けるつもりはあるか? もちろん時間はかかるが、着実に上に行く方法じゃってある」
「いえ……俺には勿体無いくらいの話です。それに俺が相手にしようとしているのは、世界最強と呼ばれていた遊馬ですから、そんな相手にビビっていられませんよ」
「よくぞ言ったぞ! それでこそワシの弟子じゃ! あんなクソ野郎は、ブッ飛ばせ!」
他の提案として時間はかかるが、地道に経験を積んでいくかとアランは提案する。
しかし自分が相手をしようとしているのは、世界最強とまで言われている遊馬だから、こんなプロ崩れのような選手にビビッていられないと宣言した。
この覚悟にアランは、多々良の肩を叩いて「よく言ったぞ!」と褒めるのである。
多々良陣営は試合を受ける事にした。
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フランスのリヨンにあるジムに、1人の黒人が息を荒立てながらベンチプレスを行なっている。
するとそこに18歳くらいの少年がやって来た。
「ジョフっ! 大変だよ、これを見て!」
「何だよ、ローガン。こっちは筋肉と語り合ってるところなんだけど?」
「こっちも大変なんだよ! 次の試合の代理選手としてオファーしてた相手から返信が来たんだよ!」
「あぁアランが弟子を使ってくれって言ってた奴か。その弟子ってのは日本人なんだろ? しかも経歴が何も無いっていうふざけた野郎だ。まぁ日本人は賢いって聞くからな、どうせ断ったんだろ?」
「そ それが……向こうは引き受けるって!」
この黒人こそ多々良のフランス初戦の相手《ジェフ=クポール》である。
そのアシスタントが《ローガン》だ。
ローガンがジェフに、多々良との試合セッティングに関しての話が大変なんだとやって来た。
多々良の事をアランの弟子であり日本人で、さらにはアマチュアとしても実績の無いに人間だと思っている。
ジェフは日本人をイジリながら引き受けないだろと、トレーニングを続けようとする。
しかし引き受けた事を聞いたらピタッと止まる。
「引き受けた……だと?」
「あ あぁ! 向こうは試合をしようって!」
「そうか、そうなんだなぁ……向こうは俺の事を舐めてるみてぇだ」
アマチュア経験も無い素人が、自分と戦えるなんて舐めているとジェフは思っている。
「それなら地獄を見せてやるよ」
ジェフは単細胞で、多々良が引き受けた事を後悔させてやると不敵な笑みを浮かべている。