006:恐るべきスペック
日本国内でトップのMMAジム〈真谷TRAVEL TOKYO〉は、海外にも一目置かれているジムだったが遊馬が入った事で、さらに注目度が最高潮になった。
総合格闘技界において、真谷TRAVEL TOKYOの人間たちの発言力は計り知れない。
そして今、遊馬が引退した事によってジム内は新しい風が吹こうとしていたのである。
「京介っ! 土日の大会に向けて、スパーリング相手を見つけて来たぞ」
「父さん、今日はどこの人?」
「日本スーパーライト級3位の選手だ。まぁ正直なところアマチュア選手のお前とやるのは、渋っていたが金を積んだら首を縦に振ってくれた」
遊馬はサンドバッグを殴っている京介に、アマチュア大会に向けてスパーリング相手を見つけたと言う。
正直なところプロのMMAファイターで、日本ランカーがアマチュア選手のスパーリング相手をするなんてあり得ない話である。
しかし真谷ジムが金を積んだ事によって了承した。
しかもその対戦相手は、京介の出場するフェザー級よりも2階級上のスーパーライト級の選手だ。
「来年プロに転向するにしても、今回の大会を制すればアマ三冠という肩書きを得る。それがあるのと、無いのとでは扱いが天と地ほど違う。真谷ジムの未来を背負う人間として恥ずかしく無い肩書きを得ろ」
「はい! 父さんに負けないように頑張るよ」
京介は選抜大会・高校総体の2冠を高校1年生で達成しており、残るは国体のみである。
それを達成すればアマ三冠の肩書きを得てからプロに転向する事ができるのだ。
アマ三冠を持ってると持ってないでは、プロに入ってからの周りの待遇が全然違う。
だから取るように遊馬は言うのである。
そしてスパーリングの日がやって来た。
やはりスーパーライト級を主戦場にしてる相手の選手に対し、フェザー級からスタートしようとしている京介は体格が違うのである。
日本ランカーという事や体格が違う事、それだけじゃなくアマチュアという事で舐め腐っている。
明らかにニヤニヤして見下してる感じだ。
「京介、向こうは見下しているみたいだぞ。あんな相手にムキになって打ち合う必要は無い。自分のペースで間合いを保ちながら戦え、そうすればお前の敵じゃない」
「はい!」
京介は遊馬にマウスピースを嵌めて貰って、舐めている相手に集中して戦う姿勢を見せる。
煽ってくるだろうが、相手のペースに乗らず戦うように釘を刺されるのである。
もちろん京介は煽りなんかに動揺しない。
第1ラウンドのゴングが鳴る。
互いに真ん中に行ってからグローブタッチをして、少し離れてからスパーリングが始まる。
まだ向こうはニヤニヤしながら距離を詰めてくる。
左ジャブをしてから右ローキックをして間合いを押し測って来るのである。
しかしそれを冷静に対応する。
今度は京介が相手の小手調べをする。
ステップを踏みながらアウトボクサーのように、ヒット&アウェイをして向こうの攻撃を当てない。
自分よりも軽い階級のパンチで、そこまでダメージ入っていないので焦ってはいない。
京介は自分のペースに持ち込もうと、フットワークの速度を上げていくのである。
すると攻撃が当たらなくなって来た。
「(ちっ! ちょこまかと動き回りやがって!)」
対戦相手は動き回る京介にイライラし始める。
こうなったら打撃を当てるのが関係ないグラップリングに持ち込んでやろうと腰にタックルをかます。
しかし京介は上手く腰を逃して、タックルを避けると逆に背後に回り込んでリアネイキッドチョークを綺麗に行なうのである。
もうこうなってしまったら抜け出す術は、日本ランク3位の人間には無い。
その為、ポンポンッとタップしてギブアップした。
「こ こんな事って……も もう1回っ! もう1回やらせてくれ!」
「そうですねぇ……父さん、どうしますか?」
「やってやれ、互いに不完全燃焼だろ」
対戦相手は咳き込んでから、もう1回やらせて欲しいと言ってくるのである。
この頼みを京介は遊馬に確認する。
遊馬は不完全燃焼だろうからと、もう1回やってやれと2ラウンド目の許可を出した。
やるかと京介は涼しい顔で、自分のコーナーの方に戻って準備する。
負けた対戦相手は首を捻って骨を鳴らす。
今度は違うぞと言わんばかりのアピールである。
そんな事に目を向けない京介は、深呼吸をしてゴングが鳴らされるのを待っている。
そして仕切り直しのゴングが鳴ると、さっきと同じようにグローブタッチをしてからスタートする。
今度は最初からギアを上げていこうと、対戦相手は自信のある打撃のコンビネーションを打ち込もうとした。
しかし京介はスウェイをして攻撃を受けない。
その上で、さっきみたいに自分の主戦場であるヒット&アウェイを実行するのである。
やはり打ち合わずにスピードを重視している京介に、対戦相手の拳が当たらない。
「(落ち着け! ここでムキになれば、さっきみたいに逆手に取られる……こっちの方が体格は上回ってんだ、当たれば吹き飛ぶ!)」
対戦相手も日本ランカーというのは伊達じゃない。
さっきのを教訓にムキにならず、京介に打たせるだけ打たせて当てられるタイミングを計っている。
そうやって被弾を覚悟で前に出始めた対戦相手は、サークリングの幅を縮めさゲージ際に追い込む。
こうなれば自分の主戦場だと言わんばかりに、打撃を当てまくって京介をゲージに釘付けにする。
このままラッシュをかければ終わると判断した。
ひたすらにガードとかも関係なく殴り続ける。
これで終わりだとトドメの一撃を打ち込もうとした瞬間、相手の視界の下から何かがフェードインして来た。
何なのかと思っていると、京介がカウンターで放った右アッパーが対戦相手の顎にクリーンヒットした。
そのまま対戦相手はマットに膝をついて前のめりに失神してKOとなったのである。
京介はフーッと言いながら遊馬のところに戻る。
「上手く誘い込んだな。だが上半身の動かし方が、まだまだ甘い」
「しかしああでもしないと、ゲージ際に追い込まれたという雰囲気が出ないと思うんですが」
「フッ……あぁなった時点で、向こうの対戦相手はKOする事しか頭に残っていない。ならば、あとはダメージを受けずにカウンターを叩き込むだけだ。ラッキーパンチだってあんだから油断は許されねぇぞ」
「はい……申し訳ありません」
勝ったというのに遊馬に叱られる。
対戦相手は意識を取り戻したが、まだフラフラしておりトレーナーに肩を貸して貰ってリングを降りる。
上の階級の日本ランカーですら、子供扱いをする京介は恐るべきポテンシャルを持っている。
素のポテンシャルがあるだけじゃなく、さらにはセコンドのトレーナーには人に教える才能もあった遊馬がいるという完璧な布陣なのである。
「良いか? お前が俺のなし得なかった、3階級主要4団体統一王者になるんだ。俺よりも才能がある、唯一の息子のお前だから言ってるんだ」
「ありがとう、父さん。父さんの分も頑張るから、これからも指導のほどよろしくお願いします!」
遊馬は完全に多々良の事を、自分の子供だとは思っていないらしい。
遊馬の期待は全て京介に注がれている。