005:いざ、フランスへ
控え室に戻り着替えをした多々良は、アランが来るのを座って待っている。
他の選手たちは帰って行き、残るは多々良だけだ。
いつ来るのだろうと思っていると、控え室の扉が開いてアランが入ってきた。
急いで立ち上がった多々良は深々と頭を下げる。
するとアランは右腕を上げて「おぉ遅くなって悪かったのぉ」と謝る。
これには多々良は「全然、大丈夫です!」と返す。
「昨日はありがとうございました……昨日はお礼を言えずに申し訳ありません」
「良いんじゃよ! 小僧の才能を見抜いた自分の目を、褒めてやりたいと思っておるからのぉ」
「いやぁそこまで褒めて貰えるとは……それで話っていうのは何でしょうか?」
「そうだったそうだった! 小僧を待たせたのは、これからの人生を大いに変える可能性がある事じゃ。ワシはまどろっこしいのは嫌いじゃから単刀直入に聞くぞ……ワシと一緒にフランスに行く気はあるか?」
「え?……えぇええええ!!!???」
とりあえず多々良は昨日の事を感謝してから、どんな話があるのかと聞いた。
まどろっこしい話が好きじゃないアランは、単刀直入に話すと言って、多々良に自分と一緒にフランスに行く気はあるかと聞いてきた。
多々良は1度なにを言っているのかと、頭で理解できずに眉を細める。
そして本当の意味で理解した瞬間、大きな声を出して椅子から落ちるくらいの衝撃を受ける。
「そ それってどういう事でしょうか……」
「ワシものぉ、こんな歳じゃろ? 最後に世界を驚かすような選手を出したいんじゃよ。そこで小僧を選んだというわけじゃ」
「それはとても嬉しいのですが……本当にどうして自分を選んでもらえたのか」
「そりゃあ賭けるに値しているからじゃよ。昨日の小僧は絶望こそしていたが、その奥に復讐に燃えるような炎が見えた……それに賭けてみたいと思ったんじゃ」
まさか世界的な名トレーナーであるアランから、人生最後の弟子にしたいと言って貰えた感動で涙を流す。
しかしどうして自分なんかを選んだのかと聞いた。
答えは簡単だった。
多々良の目を見て賭けるに値する人間だと思ったからだと、フッと笑いながら言うのである。
「もちろん技術も磨けばイケると思っておるぞ。今直ぐに答えを出せとはいわ……」
「いえ、行かせて下さい! この国に俺が残る理由なんてありません……また総合格闘技をやれるのなら、どこにだって行きます!」
「お おぉそうか……それなら昨日の話を聞かせて貰おうかのぉ。赤の他人ならば話は聞かないが、もう小僧はワシの弟子なんじゃからな」
「アランさん……」
「まぁ時間がかかりそうだからのぉ。飯を食いながら聞かせて貰おうか」
返事は直ぐに言わなくても良いと言おうとした時、食い気味に多々良は行くと答えた。
この国に自分の大切なものは、もう既に無くなってしまっているからである。
多々良の答えにアランは困惑したが、直ぐにフッと笑って弟子になるのを了承した。
そうとなれば昨日、死のうとした理由を聞くという。
赤の他人ならば聞く気にもならないが、弟子になる人間ならば聞きたいと笑って言うのだ。
多々良は、そんな事を言って貰った事は無いので涙が溢れそうになる。
フッと笑ってから飯屋に移動すると言うのだ。
居酒屋に移動した多々良たちは、乾杯をしてから多々良の人生について最初からアランは聞いた。
こんなにも人生を振り返った日は無いだろう。
そしてこんなにも素直に自分の人生について、人に話したのも初めてである。
この時の多々良は、顔をクチャクチャにして自分の気持ちを全て打ち明けた。
それをアランは静かに頷きながら聞いてくれた。
全ての話を聞いたアランは、深い溜息を吐いた。
「そういう事じゃったか……遊馬を殺すのが失敗したのは、小僧にとっては良かったのかもな」
「それってどういう……」
「今のアイツは日本だけじゃなく、海外からも熱狂的なファンを抱える英雄じゃ。英雄が死んだら、国民たちは何をすると思う?」
「え? いや……」
「絶対化じゃ! 絶頂期で死んだ人間は、周りの人間たちから神のように扱われる。そんな事を遊馬にさせるわけには行かんかったじゃろ?」
複雑な話は分からないが、多々良はアランの言っている言葉を理解できた。
確かに今の状態で遊馬が死んだら、日本国民のみならず海外の人間たちからも神扱いされる。
そんな事は多々良にとっては復讐にならない。
それを免れたのは、多々良にとってはプラスな事だろうとアランは言うのである。
「ワシも遊馬は嫌いじゃからな。アイツのせいで、ワシの可愛い弟子たちが引退していった……心の底から憎んでおるわ」
「アランさんも憎んでいたんですか」
「あぁ小僧ほどでは無いじゃろうが、ワシの恨みも相当なものじゃぞ? とにかく今は別の殺し方を考えよ」
「別の殺し方ですか? ジャーナリストとかに、俺の話をするとかって事ですか?」
「違う違う! 奴の2階級主要4団体統一という記録を塗り替えるんじゃ。そうすれば確実に、奴の名声は小僧の方に傾く! そこで全てを暴露する……それが現実的な遊馬の殺し方じゃ」
そんな考え方があるのかと多々良は驚いた。
どれだけ自分が怒りと復讐心で、目の前が見れていないのかと不甲斐なさを感じる。
しかし言われた通りに、その方法だったら確実に遊馬の地位を貶める事ができる。
「まぁいきなりフランスの大会に出たところで、アマチュアとは言えども勝てんじゃろうな」
「それは……そうですね」
「いきなりフランスに行けるわけには無いからのぉ。あっちからも色々と支援して、3ヶ月後くらいに行けるように支援しようじゃないか」
いきなり明日からフランスに行けるというわけでも無いので、色々と支援してくれると言った。
明日からフランスに行けるわけでは無いが、フランスに行く準備はできるのでするように言われた。
多々良は正座をすると頭を下げて挨拶する。
するとこの多々良を見たアランは「これが武士道って奴かのぉ」と笑っている。
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アランと出会ってから3ヶ月後。
多々良は遂に16年過ごした日本を離れる日がやって来たのである。
普通ならば悲しくなるものだろう。
しかし多々良の頭の中は、遊馬への復讐一色だ。
MMAで活躍すればするほど、遊馬への復讐になる。
これは俺だけの復讐じゃない。
幸枝の……お母さんの思いも背負った、多々良の一世一代の挑戦だと言える。
「おぉ多々良、良く来たのぉ。今日から遊馬への復讐に向けて死ぬ気で頑張って貰うぞ」
「はい! 努力なら幾らでも……今日からアランさんを父のように思っても良いですか?」
「ワシが父じゃと? ほぉ面白いじゃ無いか、勝手に思うが良いわ。ワシの子供になったからと言って、トレーニングが優しくなるわけじゃ無いからな!」
「それはもちろん分かってます! 優しくして貰おうなんて毛頭思っておりません!」
遊馬を父としないならば、アランを父親と思っても良いかと多々良は聞くのである。
そんな事を言われた事の無いアランは、少し動揺したが直ぐにフッと笑って許可する。
冗談チックに練習は緩くしないと言うのだ。
その言葉に多々良は、そんな気は毛頭ないと冗談を真剣な感じで返すのだ。