014:デビュー戦
多々良とジャノの前座の試合が終わった。
次に多々良たちの試合が行なわれるのであるが、多々良は椅子に座って目を瞑り、ブツブツと自分を鼓舞する言葉を発している。
この様子からアランは、多々良がかかり気味になっているのでは無いかと声をかけようとする。
しかしいきなり多々良は立ち上がって、手をパンッと叩いてニカッと笑うのである。
「アランさん、行きましょう!」
「大丈夫か? かかり気味なんじゃ無いのか?」
「確かに緊張しているのかもしれないですけど、試合が出来るのが嬉しいんですよ。早く試合がやりたくて、体がウズウズしてるんです!」
「それをかかり気味って言うんじゃが……まぁ上がっているわけでも無さそうじゃし問題は無いか」
多々良はアランに行こうという。
一応かかり気味では無いのかとアランは聞いた。
しかし多々良は緊張もしていると思うが、試合ができるという喜びの方が大きいというのだ。
それこそかかり気味って事だが、まぁパフォーマンスが落ちるようなレベルでは無いから問題なしとした。
そのまま多々良とアランは、控え室を出るとスタッフに誘導され体育館のアリーナにやってくる。
待機しているとリングアナが、多々良の名前を大きな声で呼ぶのである。
アランが多々良の背中を叩いて「よし! 行くぞ!」と言って入場するように教える。
その指示通りに多々良はアリーナの中に入る。
市民体育館くらいだが、そのアリーナの中に結構な人数の観客たちが居たのである。
これには驚いて止まってしまうが、アランに尻を突かれて前に進んでいく。
リング脇に到着したところで、レフェリーに身体チェックを受ける。
そこで異常なしと判断したらマウスピースを嵌めて、オクタゴンの中に1人で入っていく。
多々良は飛び跳ねながらオクタゴンの中を1周する。
そして自分のコーナーの方に戻り、ジャノが入場して来るのをストレッチして待つ。
多々良がリングインしてから、一呼吸おいてリングアナはジャノの名前をコールした。
赤コーナーの方から記者会見の時よりも、遥かに派手な金のネックレスやら装飾品をジャラジャラと着けて入場して来たのである。
ジャノが入場して来たところで、結構な歓声が上がっているのを聞いて「人気があるんだなぁ……」と多々良はボンヤリと思った。
多々良と同じように、リングの外でジャノの身体チェックをしてオッケを出した。
マウスピースを、しっかりと嵌めて勢いよくオクタゴンの中にリングインする。
多々良同様にリングの中を一周するが、多々良の前を通過する時に中指を立てるのである。
あまりにも幼稚なので、多々良は目を瞑って「やれやれ」という感じの姿勢を見せる。
『只今より本日のメインイベントを行ないます! 青コーナー、日本より馳せ参じた若き侍……《九頭 多々良》ぁあああ!!!!!』
リングアナはメインイベントの両選手を紹介する。
まず最初に名前を呼ばれたのは、挑戦者側である多々良で、紹介内容は若い侍だったのである。
名前を呼ばれてから観客席に右手を挙げてアピールしてから頭を下げる。
観客たちは若いのにジャノに挑むのは凄いという意味と、日本に興味ある人が多く侍という単語に反応しての歓声だと多々良は考えている。
『赤コーナー、暴虐のプリンス……《ジャノ=クポール》ぅうううう!!!!!!』
名前をコールされたジャノは、ゴリラのようにドラミングをしてから右拳を掲げる。
観客たちは多々良の時よりも倍以上の歓声を上げる。
人間としては好きになれないタイプだが、ジャノにも固定ファンが付いているのは認める。
両選手のコールが行なわれ、レフェリーが両選手をオクタゴンの中央に呼ぶ。
禁止のルールの説明を行なってから、クリーンなファイトをするように言われグラブタッチをし、各コーナーに戻ってゴングが鳴るのを待つ。
「小僧っ! しっかりと品定めして来い」
「はい!」
アランは多々良に、しっかりとジャノの攻撃を見切って戦うように指示を出す。
それに多々良は返事をして頬を叩く。
そしてゴングが鳴った。
いよいよ試合が始まると、観客は拍手をしながら歓声を上げるのである。
ゆっくりと中央に向かう多々良に対し、グンッと前に出て多々良に圧力をかけるように前に出る。
最初に攻撃を仕掛けたのはジャノである。
左ジャブから右ストレートを、多々良のガードの上からパンチを振るう。
同じ階級かと思うほどのパンチ力だ。
「(やっぱり自信があるだけはあるな……上の階級でも通用するだけのパンチ力だ)」
多々良は足を動かし、的を絞らせないようにする。
しかし前にグングン出て来て多々良に、左右の連打を打ち込んでくるのである。
それを多々良はガードを固めながら後ろに下がる。
何とかカウンターで左フックや、ローキックで抵抗するが、それを無視して前に出て来る。
ドンドン多々良は後ろに後退していく。
そのまま後退して行ってゲージを後ろに背負うようになったのである。
手を返すが、それでも左右の連打を喰らう。
そして完全に近距離になったので、多々良とジャノは組み合って膝の撃ち合いになる。
これで連打が止まり、何とか抜け出してジャノの後ろに回り込んで仕切り直す。
ジャノは多々良に向かって、手をクイクイッと招いて煽って来るのである。
多々良はニコッと笑ってから、両手を開いて距離を詰めてミドルキックや左アッパーなどを打ち込む。
それをジャノはアームガードなどで防いできたり、逆に多々良が狙っているカウンターのフックをボディに叩き込んで、多々良を後ろに少し蹌踉めかせた。
ここをチャンスと言わんばかりに、多々良をゲージに釘付けにして左右の連打を打ちまくる。
「小僧っ! 上半身を動かし続けるんじゃ! それをまともに喰らったら、ひとたまりもないぞ!」
オクタゴンの外からアランは、多々良に声をかけ続けるのである。
その指示通りに、多々良は上半身を動かし、ジャノの拳をいなしづける。
しかしさすがにそれだけでは防げないので、呼吸の合間を狙って多々良はゲージから抜け出す。
倒しきれていないが、これは直ぐに倒せるとジャノは確信を得る。
顔についた汗を拭う仕草をしながら多々良に近寄る。
シュッと言いながら鋭いローキックが飛んできて、普通の人間なら骨は真っ二つだ。
だが多々良は上手くカットしてダメージを減らす。
このローキックを皮切りに、ジャノはリズムに乗ったように前後に飛んでリズムを作っている。
完璧にKOを狙い始めた。
「(ふぅ……さすがにキツくなって来たなぁ。プロになってたら、そこそこ良いところまで行きそうだ)」
今の多々良は、とにかく回避する事に専念する。
ジャノの攻撃を、まともに喰らった時のダメージ量は想定しているよりも遥かに重そうだからだ。
とにかく警戒して間合いを詰めすぎず、ヒット&アウェイで難局を乗り切ろうとしている。
ジャノの方は余裕が出て来て、両手を開き「こんなもんなのか? かかって来いよ!」と言わんばかりにアピールして来ているのである。
多々良は苦笑いをして答える。