012:記者会見
多々良はアランと美玲を連れて、記者会見の会場に入っていくのである。
記者会見の会場は会議室のようなところだ。
カメラは2台で、記者も数名と言った感じだ。
やはり記者会見と言ってもプロでも無い選手たちの試合の記者会見なんて、こんなもんかと多々良は思った。
それでも多々良は堂々と歩いて席に着席する。
「ジャノ選手の入場です!」
司会者がジャノの名前を呼ぶと、扉の方に注目する。
扉が開いて入ってきたのは上半身裸に毛皮のコートを着て、さらにゴツいサングラスと金のネックレスを着けてやって来たのである。
自分の時とは比べ物にならないシャッター音がする。
そしてジャノは多々良を、一瞥してからネームプレートが置かれている席に座る。
「それでは記者会見を始めて行こうと思いますが、まず試合形式について説明させていただきます。今回の試合は5分3ラウンドの形式が進めていきます」
司会者は記者会見の質疑応答をする前に、試合の流れについて説明が入った。
まず試合時間だが5分を3ラウンド行なう。
試合のルールも世界的に定められているMMAルールが適用されるという。
当日の試合についての説明は終了となる。
次は両選手への質疑応答の時間がやってくる。
「お二人に質問します。まず今回の試合への意気込みについて聞かせていただけますか?」
「それでは、まず多々良選手の方から」
1人の記者が手を挙げて質問をする。
最初の質問として、まずは今回の試合への意気込みについて聞くのである。
この質問に司会者は、多々良から答えるように言う。
「試合への意気込みですか? そうですねぇ……特にコレと言ったものは無いですね。この試合は俺にとって、ただの踏み台としか思っていないっすね」
意気込みを聞かれた多々良は、ただ勝ちたいとかって言うのも面白く無いと思った。
そこで今回の試合は踏み台であると語った。
この言葉を翻訳で聞いた記者たちは「おぉ〜」と、若いのに言うなと思ってメモ帳にメモする。
同じくジャノも笑って手を叩く。
そして今度はジャノが意気込みを語る。
「正直、気が重いんだよなぁ……こんな弱者をボコボコにするって言うのはよぉ」
「つまり完全勝利するという事ですか?」
「おいおい! 俺が負けるとか思ってんのか? そう思ってる人間がいるのなら、ソイツは格闘技見るのを辞めた方が良いわ。こんな雑魚相手に苦戦なんてしねぇよ」
ジャノが語ったのは、弱者をボコボコにするような弱い者イジメはしたく無いと言うのだ。
この発言に記者は完全勝利するつもりかと聞いた。
まさかそんな質問をされるとは思っていなかったジャノは、記者に向かって自分が負けると思っているのかと笑って返すのである。
もしも負けると思っている人間が居るとするならば、そんな奴は格闘技を見る資格は無いと語った。
多々良を相手に苦戦は無いと豪語する。
「次の質問ですが、お互いの印象などはありますか? また警戒しているところとかはありますか?」
「それでは多々良選手からどうぞ」
次の質問として記者が投げかけて来たのは、互いの印象というものだった。
それだけじゃなく警戒している事はあるかと聞く。
まずは多々良から答える。
「印象としては……相当、自分に自信が無いように思えますね」
「自信が無いようにですか? それはどういう事でしょうか?」
「えぇこんなに見た目を着飾らないと、人の前に出られないなんて……何とも自分を強く見せようと吠えているチワワみたいで弱く見える」
ジャノの印象として多々良は、自分に自信が無さそうだと答えるのである。
その言葉を聞いたジャノの眉がピクッとした。
自信が無いように見えるという多々良の発言に、記者たちは詳しく言って欲しいと追加質問する。
そこで多々良はチワワを例に挙げ、サングラスに金のペンダントを付けているのは自分に自信が無い裏返しであると飄々とした顔で答える。
「それでは警戒している事はありますか?」
「警戒している事ですか? 警戒している事か……強いていうのなら試合数だけですかね。同じ試合数なら恐る事はありませんが、今の段階で注意する点をいえば、そこだけが気がかりのところですね」
印象は分かったので、次は警戒している事はあるかと記者は質問を変える。
この質問には試合数だと答えた。
経験値というのは馬鹿にできない。
だから現段階で警戒しているところがあるのならば、その試合数だけだと語った。
続いてジャノが同じ質問に答える。
「ジャパニーズのガキが、何か勘違いしているらしいから教えてやるけどよ。この試合を組めたのは、テメェが凄いからじゃねぇ。テメェのトレーナーが、少しばかり名が通ってるからだ」
ジャノは多々良が勘違いをしていると語った。
それはこの試合が決まったのは、多々良に名前があるわけじゃなく、アランのおかげだという。
それを聞いた多々良は「まぁその通りだな」と心の中で色々と考えているのである。
「どっちみち明日の試合は、1ラウンドが終わる前にKOで決着となるだろうよ。こんな雑魚に警戒しているところなんて存在しない」
ジャノは明日の試合が1ラウンドで、決着がつくと語ったのである。
それは確定していると。
そして警戒しているところはあるのかという質問に関しては、こんな雑魚に警戒するところは無いと貴社の質問に答える。
それなら数個の質疑応答が行なわれてから、今回の記者会見は終了する。
ジャノから会議室を出ていく予定だ。
しかしジャノは扉に行くのではなく、多々良の方に向かって歩いていき、多々良の前で立ち止まる。
「へい、ジャパニーズ。この場で好きにいうのは勝手だが、リングの上に上がれば逃げ場はねぇぞ? まぁ今さら許して下さいって言っても許さねぇけどな」
「そのままお言葉を返させて貰います。リングの上では自分を強くは見せられないぞ?」
ジャノはトラッシュトークをするのは自由だが、リングの上では逃げられないぞと忠告する。
この言葉に対して多々良は、逆にジャノの自分を強く見せようとする姿勢は、試合の時には役に立たないぞと言い返すのである。
その言葉を聞いたジャノは、大笑いをしながら今度こそ記者会見会場を後にする。
ジャノが退場したのを確認すると、多々良たちも控え室に下がっていく。
会議室を出るまではスンッとしている。
だが出て記者たちの目が無くなった瞬間、グデーッと緊張感から解放されて脱力するのである。
そして言葉でも「緊張したぁ」と呟く。
「確かに、あんなに強そうな人が目の前に来るのは緊張しますよねぇ」
「いやいや! ジャノに関しては怖いとかは思わなかったよ。だけど……記者会見は緊張するぅ!」
美玲は多々良が屈強な黒人であるジャノに、緊張したのかと思った。
しかし多々良はジャノには何も緊張しておらず、緊張したのは記者会見の方だ。
「しかしコレで確実に向こうは本気で来るぞ? 小僧も覚悟していかなければいかんぞ」
「もちろん覚悟はしています! 何なら記者会見をした事で、試合へのモチベーションは上がりました!」
アランは多々良に、覚悟はできているのかと聞く。
コレに多々良は、今日の会見で試合へのモチベーションが、グンッと上がったのである。