011:あなたの力に
幼い時から美玲は、これが欲しいあれが欲しいという事は少なかった。
しかし多々良にスポンサー契約をして欲しいと、珍しく鼻息荒く両親に頼んだのだ。
これには両親も口を開けて驚く。
人を見る目があり、お願いをする事も珍しい美玲が、珍しく頼んで来たので親である2人は叶えてやろうと心の底から思ったのである。
「これはワシが決める事じゃない。小僧、お主が考えて答えを出せ」
「それなら答えは出てますよ……俺の事を、ここまで買ってくれている人を断るわけがありません! 是非とも俺と契約をして下さい!」
アランは契約に関しては、スポンサー企業と選手自身が決める事だと言うのだ。
これに多々良は即決即断する。
こんなにも人生で、人に信頼して貰った事なんてない多々良はスポンサー契約をして欲しいと頼んだ。
「そうと決まれば我々、企業は選手に何を提供すれば良いんでしょうか? スポーツ選手とスポンサー契約をするのは初めての事でして……何をすれば?」
「それじゃあ、まずは3週間後の試合に向けてトランクスを作って貰えんかのぉ?」
「トランクスですか?」
「あぁMMAのリングに上がる時、決められているのはスパッツかトランクスなんじゃ。どうじゃ、3週間じゃあ難しいかのぉ?」
スポーツ選手どころか、総合格闘技の選手とスポンサー契約をするのは、初めての事で右も左も分からない。
だからアランに、どうするべきかと聞く。
そこでアランは陽次たちに、試合用のトランスクを作って貰え無いかと頼むのである。
しかし3週間じゃあ難しいかと諦めようとする。
「さすがに3週間……」
「やりますわ! クライアントの希望に応えてこそ、スポンサー企業では無いでしょうか? それに難しい時こそ燃えるタイプなんです、私」
陽次は3週間で作るのは難しそうだと思ったが、聡美が手を挙げてやらせて欲しいと頼むのだ。
確かに難しいのは難しいのだろう。
だがそういうタイミングでこそ、燃えるタイプなのだと聡美は優しい笑みを浮かべる。
優しさは感じるが恐怖も感じた。
つまり聡美の目は勝負師の目というわけだ。
正式な契約は後日になった。
とりあえず今日は話をスリ合わしただけで、陽次たちは帰って行ったのである。
多々良は初めてスポンサー契約が決まった高揚感で、ポワポワしているとアランは多々良の頭を叩く。
「何をボーッとしておるんじゃ! そんな風に耄けてる暇は無いんじゃぞ! もう試合は3週間しかない、これがどれだけ短いか……分かっておるな?」
「は はい!」
3週間しかトレーニング期間は無いので、急いで練習を再開するぞとアランは言った。
多々良は返事をして急いで準備をする。
この日から多々良は、毎日2部練を行なった。
基本的に午前中はミット打ちや組み技などの技術力を中心にやり、午後からは筋トレなど身体能力向上に長けたトレーニングを行なった。
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多々良が着々と準備している中、対戦相手であるジャノも準備を進めている。
午前中はサンドバッグとミット打ちを行い。
午後からは動画の撮影をやるというスケジュールで、1週間前まで進んでいくのである。
「ジャノさん、体重の方は大丈夫?」
「問題ねぇよ! 体重調整だけは昔から得意なんだ。無名の日本人クソガキが、このまま舐めたまま終わらせるわけにはいかねぇよ……」
「そ それにしても記者会見は明日だね!」
「どんな面をしてんのか、そこで品定めしてやるよ!」
試合が1週間前に迫ったところで、多々良とジャノの試合の意気込み記者会見が行なわれる。
プロの試合ではなくアマチュアの試合で、こんな記者会見を開くのは異例の事だ。
しかしジャノはフランス国内で、そこそこの動画配信者なので、記者がそれなりに集まるのである。
記者会見の日がやって来ると、多々良は控え室でアランの両肩を掴んでグワングワンと前後に振っている。
これは多々良が記者会見というところで緊張しているからで、もちろんの事ながら記者会見なんて経験していない多々良は、どうしたら良いのかとテンパっている。
「落ち着くんじゃ! 何をそんなに緊張しておる!」
「そりゃあしますよ! 記者会見ですよ? 記者会見で緊張しない17歳がいるなら連れて来て下さいよ……」
「もう試合は始まっておるのだぞ! 向こうは、この記者会見で仕掛けて来るはずじゃ。奴はそういうタイプの男じゃからな」
落ち着かせる為、多々良の頭を杖でボコッと叩いて落ち着かせようとする。
しかし多々良的には初めての記者会見で、緊張しない17歳が存在するわけが無いとアタフタしている。
こんな事ではダメだとアランは注意した。
それこそ試合は、記者会見から始まっているのだと。
「で でも! どうすれば良いんですか? 記者会見なんて初めてなんですから、何をどうすれば良いか……」
「自分を大きく見せようとしなければ良いだけじゃ! 小僧ができる事を全力であり、相手を必要以上に大きい相手だと思わないこと!」
「自分を大きく見せようとしない……そうですよね、ここで悩んだって仕方ないっすよね。どうせ、やれる事なんて限られてるんだから」
「そういう事じゃ! ようやく落ち着いたようじゃな。しかし向こうは確実に煽って来るじゃろう。小僧もトラッシュトークをして相手を掻き乱すんじゃ!」
アランの言葉を聞いた多々良は、確かに自分にできる事は限られていると冷静になった。
落ち着いたのを確認してからアランは、それでも向こうは煽って来るからトラッシュトークを指示する。
トラッシュトークとは相手を挑発するような言葉を発する事で、プロのスポーツでは色んなところでトラッシュトークが確認できる。
「トラッシュトークをして良いんですか? スポーツマンシップとかって……」
「何を言っておるんだ? ルールとモラルを破らなきゃ問題ないんじゃよ。逆に上手く使える選手は、トップの格闘家にも多くいる。そうすれば相手の調子も崩せるかもしれんし、何より観客が盛り上がる」
「まぁアランさんが、そこまで言うならやりますよ。何よりジャノには良い印象は持ってませんから」
トラッシュトークはスポーツマンシップ的には、どうなのかと多々良は心配になって聞いた。
しかしアランはルールとモラルを逸脱しなければ、それこそ技術の内だと言うのだ。
何ならトップランカーの格闘家の大体は、トラッシュトークを行なっている。
それだけではなくトラッシュトークを行なえば、観客たちも盛り上がる事はわかっている。
ある程度のアドバイスを受けた多々良は、アランと共に控え室を出ようとドアノブに手を伸ばす。
すると触れる瞬間に扉が開いたのである。
そこに現れたのは綺麗な服装をした美玲と、その両親である陽次と聡美が立っていた。
どうしてここにいるのかと多々良は困惑している。
「そんなの決まっておるじゃろ! お嬢ちゃんを、小僧の通訳としてオファーしたんじゃよ」
「え? ど どうして美玲さんに?」
「私じゃあ物足りませんか!」
「い いや! そういうわけじゃなくて、ちょっとびっくりしただけで……」
「ふふふ、ちょっと意地悪しちゃいました。私も翻訳の仕事には興味があったので引き受けました」
なんと本当に美玲は、多々良の通訳としてやって来たのである。
しかもオファーをしたのはアランだ。
こうなってしまったら、目前で辞めてくれなんて言えないので、多々良は諦めて美玲に任せる。