プロローグ ★
「無い、無い! どうしよう……」
受験票を鞄の中に入れたか確認するために、私は玄関を入ったところで鞄を開けて確認した。
幸いなことに受験票は入っていた。……受験票は。
でも本来そこにあるべきものが入っていなかった。
筆入れだ。
誰かから借りる?
でも、私が忘れ物をしただなんて、誰がそれを信じてくれるかな。
自分が蒔いた種で自分が苦しむなんて慣れっこだけど、今回のミスは手痛いものとなった。
いろんな考えが頭の中で交差する中、一人の男子の影が自分に近寄っていたことに気づく。
「あの、困ってそうだけどどうかした?」
その男子は口を開く。
知らない人だった。
記憶力に自信はあるけど、それでも記憶に符合する人物はいない。
だからかもしれない。
私は普段自分がしないような、意外な行動を取った。
「筆入れを忘れてしまって……」
言葉を発した瞬間、自分が自分でないような錯覚をする。
その発言を受けた男子生徒は自身の鞄を開き、中を漁る。
彼が鞄から手を引き抜いた時、その手の中には何かがあった。
「はい、これ」
彼は手を伸ばす。
私が受け取ったのはシャープペンシルと鉛筆、消しゴムの三つの文房具。
それをまじまじと眺めていると、視界の隅で人影が揺れ動いたような気がした。
顔を上げた時にはその男子は既にそこから立ち去っていた。
お礼すら言えなかった。