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機械仕掛けの傍観者—祈りの対価は誰が為—  作者: 夢現
弐「夢か現か幻か」
8/17

見えない影

 思い出してしまったから。家族をひとり、失ったこと。

 きっかけは、些細なこと。

 死んでなお生きている異常事態。何度も見てきた死の光景。それだけ既視感が強かった。

 一つわかれば、また一つ。欠けたピースが戻るように。芋のつるでも手繰るように。連鎖的に、思い出していく。何度も、何度も、目の前で。

 忘れたままでいたかった。幸せな時間に浸りたかった。

 ——いつから、こんな幻想に浸っていたのか。

 現実を、苦痛を忘れた日常。夢のような時間だった。ずっと続いてほしいと願ってた。

 けれど、ここは現実じゃない。何もかもがまがい物。痛いほどに理解してしまった。

 ここは、夢の中なのかな。多分、そういう事、なんだろうね。

 繰り返す、なんて、現実ではありえないから。

 少女の言葉が頭の中で、反響している。——なにがしたいの?

 ……その答えが、見つからないから。

 母親を死なせた。何度も死なせた。繰り返すたびに絶望を忘れ、平穏に浸って————そして、喪う。なのに私はすべてを忘れて、また平穏に浸る。

 滑稽だよね。薄々事実に気付いてたのに。必死に可能性から目をそらして、ままごとを続けた。明確にすべてを思い出した今でさえ、あの化物に復讐しようと思えないんだから。

 勝てる気がしないから。私じゃ化け物に勝てないから。私は家族を守れなかったから——

 言い訳ばかり。

 勝てないなら、罠を張り巡らせて、貶めて、虐げればいい。

 それさえだめなら、一矢報いて後悔させて。

 やるべきことは頭に浮かぶ。……けれど。

 何をする気も起きなくて。

 自嘲にうつむいていれば、声が聞こえた。

「気に入らない」

 そうかもしれないね。

「ムカつく。ほんっとうにムカつく」

 そっか。なら、私はどうすればいいのかな。

 もう何をする気力もわかないんだ。いっそこのまま死ねたら楽だろうに。このまま諦めてしまいたい。そんな私何を期待してるのか。

「これでも——」

「……」

「これでも、同じ時間を繰り返すの?」

 言葉と同時に、映像が見えた。それは、今までの自分の軌跡。

 平穏に過ごす私の映像。少し違うのは、私の目線じゃないこと。

 きっと、それはこの少女の。

 遅れて、その意図に気がついた。あぁ、忘れたままだと思ってるんだ。だから、思い出させようとしている。……知ってるんだよ。この先何が起きるのか、もう理解してる。

 あの生活の中で感じていた違和感は、三人称視点だと目立つなぁ、なんて。どうでもいいことを考えながら。

 少しずつ時間が進んでいく。やがて、三人で森へ進んで。

 こうすればよかった。ああすればよかった。後悔ばかり浮かぶ。

 ……けれどそれだけ。自分の愚かさを再確認しているだけ。

 私はどうすればいいのかな。結局、何をする気も起きないままで。

 ほら、終わりが始まる。

 霧が解けるように化け物が姿を現す。

 映像だというのに鳥肌が立った。空気が若干冷えるような。ほんの少し、体が震えて。

 こんな化物に、挑めるわけがないじゃない。


 面白くもない映画でも見るように眺めていれば。ふと、違和感。

 化物共の体に、影がかかっているような。そんな形で太陽を遮るものなどないというのに。

 目を凝らせば、それは蠢いていた。化け物の意志に従うように、ゆらゆらと。

 あれは、何?

 分からないまま見続けていれば、その何かが謎な軌跡を描いてあたり一面を薙ぎ払って——そして。

 動けない母の首に吸い込まれ——力なく崩れていく。

 ——何それ。

 私にあれは見えていなかった。あれが化物の武器だというなら。

 目の前で、私は力なく崩れ落ちる。すべてを諦めたように目を閉じて——

 勝てるだろうか——なんて。考えるまでもない。

 だから、私もまた諦めたように目を閉ざした。

 見えない攻撃を行う相手。予備動作も分からない。気づけば殺される未来しか思い描けない。やっぱり、何をする気も起きないまま。

 二人を守る。それが私の役目だったはずなのに。

 けれど、ああ。あの二人は、本物じゃない。なら、別に頑張らなくていいのでは、なんて。

 言い訳ばかり、頭に浮かぶ。


 声が、聞こえた。蔑むような、声。

「……なにも、考えていないんだね」

 怒りを抑えるようなその声に、私は。

 そうだね、と。考えなくていいのなら、何も考えずにいたかったから。

 世界が、浸食されていく。白かった世界は、端から徐々に黒ずんで、ぼろぼろと砕けるように消えていく。まるで、この世の終わりのように。

 荒れに巻き込まれれば、終わることができるんだろうか、なんて。

 そんな光景を眺めながら、私は少女に問いかけた。

「ねぇ、私はどうすればいいの?」

 このままじゃいけない。なんとなく、そう思った。けれど、何ができるとも思えなくて。

 だから、答えを知りたかった。

 戦うべきだって、そう言ってほしかったのかもしれない。或いは、諦めろ。そう言われたかったのかな。

 なんでもいい。指標が欲しいだけ。なのに、少女は何も答えてくれない。

 ちらり。一瞥してきたその目には、もう期待しないと告げるように、諦めが宿っていて。

 気付けば少女は消えていた。教えてよ。ねぇ、私は何を願えばいいの?

 崩壊する光景を呆然と眺めるだけの私を残して。

 やがて、私も闇に飲み込まれて——


 ——跳ね起きた。

 覚えてる。今までと違って、覚えてる。全部、覚えてる。

 いつものように顔を洗って、体を動かして。そして。

 幸せな光景を眺めながら思う。この光景こそが現実なら、どれほどいいだろう。

 あの出来事こそが夢。そう思ってしまいたい。

 何も考えず、この幻想に浸っていたい。もう一度忘れてしまいたい。いっそ消えてなくなりたい。死んでしまいたい。あのまま終わってくれればよかった。生きる意味が分からない。

 今もそう。楽しいはずのみんなと食事。心から望んでいたはずなのに。幸せなはずなのに。

 胸が痛い。じくじくと、傷口が膿むように。そこに楽しさなんて微塵もなくて

 思えば、繰り返す時間の中で、この時を無邪気に楽しめた記憶がない。ずっと、何か違和感を覚えながら、そこから見て見ぬ振りしながら。心から楽しんでいなかった。

 その理由も、今ならわかる。

 思い通りにしか動かない人形。願えば動き、そこに想定外の何かはない。二人の様子は、それなんだ。見たことのある行動しかとらない。だから、すべてが予想できてしまう。

 そこが、違和感だったんだろうなぁ。

 ——一週間後。化け物が現れる。

 いつ現れるのか。どこに現れるのか。いつも決まって、弱った時か油断した時。弱みを見せたら現れる。

 ずっとは警戒し続けられない。それでも、現れる時のぞわっとした心地は覚えてる。

 毛が逆立つような、体が心から震えるような。気温が数度下がるような。そんな気配。

 けれど。出現がわかったところで意味はない。

 予備動作なく見えない攻撃。勝てるわけないじゃない。

 どうせ無理だ。私じゃ守れるはずがない。

 彼らは偽物。死んでも別に構わないじゃないか、なんて。

 思いつくのは言い訳ばかり。

 このままだと、いつもと変わらない結果に終わる。

 喪って、繰り返して。何もできず。何もせず。また目の前で死んでいく。それは嫌。見たくない。けれど、何をする気も起きないままで。

 少女の言葉が反響している。——私は何がしたいのかな。


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