在りし理由。
その風に。
「随分ご立派になられましたね、今紫様」
未だ街中でどこか安心感を覚える笑みを見せながら誘美という男性が話す。彼は色白で長髪の髪を後ろで結んでいて、一重の目が笑うと糸目になり、歳は二十代半ば程か。
「えっと...誘美さんと私はどこかで会ったことありますか?」
今紫はその男性が初対面だと思っていた。
「そんな反応にもなっちゃいますよね。実は今紫様の幼少期に何度か庭で遊ぶあなたの見守り係を紫平様に頼まれていたのですよ」
と男性が言うと
「...あっ、私が六歳くらいの時......え、もしかしてあのお兄ちゃん!?あっ、ごめんなさい...」
今紫は思い出したかのように彼を見つめながら大きい声で兄と呼び、その場が街中だったため彼女の声に驚いた周囲の人々の視線を浴びて思わず顔を赤くする。
「思い出しましたか?...今のあなたからそう呼ばれるのはとても光栄ですがそれと同時にこ...こしょばいですね」
彼は今紫の様子を見て笑いながら話すも、今紫には彼が何かをごまかすように一瞬焦ったような表情が気になった。
(...今はまだやめときましょう、これから先この子との時間は増えるはず)
誘美は「何か」を今は諦め
「今年が二千四十一年ですもんね、となれば今紫様は今年で十六歳...時が流れるのも早いものですね」
その彼の言葉で今紫達が生きてる今この時代は西暦二千四十一年だと分かった。
「今紫様だなんて...私のことは今紫で構いませんよ?」
今紫はそう言うが
「いえいえ、今となってはあなたを気安く呼び捨てできるのは身内ぐらいでしょう...」
と彼は話すと
「なら私も誘美さんと呼ばないといけませんね。そういえば誘美さんも眷属ですか?そうでもなければあの頃祖父があそこまで信頼を置かなかったはずですし、芽生さん達も信頼しているようでした」
今紫は目の前の男性の周りとの関係性が気になった。
「...どう話したらよいのか......少なくとも私達はイザナギ様の眷属であり、カグツチ様の眷属ではありません。紫平様や芽生さんとは時間といくつもの会話が今の関係性を作ってくれただけなのです...」
と彼は困ったように返答する。
「...え、イザナギ様?イザナギ様って......私はイザナギ様をよく思えません。なのにどうして...どうして祖父や芽生さんはあなた達を許せたの?」
そう問う今紫の表情を彼はとても直視できずに俯き、彼についてきていた三名もどこか都合が悪いといった表情で今紫を見ていた。
ここは山中。芽生を先頭に集団が足早に目的地へ向かっていた。
「芽生、今回ばかりは意見させてもらう。今紫様を彼らに預ける...その判断誤ってはいないか?確かに何度も依頼や任務での共闘、その後の食事会含めて以前よりかは親しくはなっただろうが所詮イザナギの眷属だろう?変な気を起こすのが今かもしれんぞ?お前は気付いていないかもしれんが、後ろを走っていた私の耳には一部の連中のお前の判断に対する疑惑が声になって届いていた。今紫様だけ任せるとなればせめてこちら側から護衛をつけるべきだったのでは?...もしこのまま拐われでもしたらそれは君の失態だ。どう責任を負うつもりか?」
突然一人の男性が先頭を走っていた芽生に並び、そう問う。
「不安も疑惑も早々に解消しておきたく、この判断に至りました。今紫様の幼少期を知っている誘美という男性が未だに今紫様を慕っているか...それだけ、たったそれだけの事がこれから今紫様を無事に連れてきていただく事で把握できます。今はそれだけで十分、彼がもし変な気を起こそうとも決してそうはならない。冬月さん、上を」
彼女はそう話すと上を見るようにと人差し指を上に向けた。男性の名は冬月というらしい。
「......っ!?これほどとは...。ということは今紫様の元にも既にいるのだな?すまなかった、芽生」
何かに気付いた彼は後ろは下がった。
「いいえ、意見をありがとうごさいます...そしてツミノカミの眷属の皆さん!よく聞いてください!私達は火の神カグツチ様の眷属である山の神ツミノカミの眷属であり、個々が力もあります!ですが火の神の眷属の中には優先順位なんて存在していません!これから今紫様との合流地点である愛宕神社に向かう道中で嫌でも多くの同志が目に入ってきます。彼らも彼らなりに今紫様のことを大切に思っているのは間違いありませんが単なる味方ではありません!場合によっては火の神の眷属同士お互いの言動が常に見張られていると思って行動しなければなりません!さもなくば彼らの刃が襲うのは敵ではなく、私達です!!!...そしてそのリーダーは私!もちろん今紫様は大切ですがそれと同等にツミノカミの眷属の皆さんの事も家族のように思っており、そこにも優先順位なんか存在してないです、そんなのいらない!だから今あなた達が抱いてる疑惑も不安も私が払います!私は今紫様の事もみんなの事も考えていない行動はしない!そう思わせるような行動を今後私がしたように見えたのなら都度意見もなんでも私に話してください!悩みも不安も一緒に受け入れ、受け止め、払わせてください!一人で抱え込むようなそんな寂しくなるような事私がさせません!」
そう話していた彼女達を空と地、それぞれの場所から多くの火の神の眷属達が見ていた。
薄暗い部屋で
「ならば一度火の神の元へ出向こう」
と甲冑の男が残りの五人へ話していた。
「制圧はほぼ完了しているのにさすが神なだけあるわね。本堂を壊さないと意味がないのに」
と赤髪の女性はその神を讃える。
「...眷属達はどう動くことやら、出向くとしてそこで奴の眷属含めた争いになれば今は我々にとっても不都合だよ?」
眼鏡の老人は甲冑の男にそう問うと
「多少の眷属が来ていたとしてもこの五人がいて本堂を制圧できないのであれば今は諦めるしかあるまい、そうなったとしたら神相手には神が必要だったということであろう」
と彼は返答する。
「では行きましょうか」
二十代後半の男はそう言って立ち上がった。
どこかの本堂で夕陽が照らす中
「...火が一瞬で消えるように命も簡単に燃え尽きる。池が干上がるように命も徐々に干からびる。草木が力無く地に落ちるように命も簡単に死に落ちる。役目を持って命が生まれ、役目を終えた命は死に帰ろうな。それぞれの生まれ持つ運命によって時期は違うだろうがそれすら全て自然そのもの、軽いも重いもなくただそこに在るだけだ」
何かが紫平の死体を見つめながらそう呟いた。
そこに在るのは命であり、自然現象であり、概念そのもの。