今紫。
親しき仲だと。
「...っ!勝彦!!!」
紫平は痛みによろめきながらも未だ自分の背を刺している者の名を叫んだ。
「今まで長い間お世話になりましたが仲良しごっこはもう終わりです、この意味をご理解頂けますか?」
勝彦は紫平の背に刺したナイフをすぐには抜かずにぐりぐりと動かし、紫平はあまりの痛みに目を開けられず冷や汗を流しながらただただこらえている。
「...イザナミの復活」
勝彦の言葉に紫平は痛みを忘れ、おもわず目を見開いた。
「この名に覚えがあるはずですよね、あなた方の天敵...いや、呪いを授けた恨めしい神とでも言えばいいですかね」
勝彦の話に紫平はどこか都合が悪いといった表情で俯いた。
「まさ...か、さっきの落雷すら仕組まれたこと...なのか?」
紫平は痛みをこらえながら勝彦へ問う。
「詳しく言えば復活したわけではありません。ただ復活が近いだけで先程の落雷も含め、様々な影響は出始めています」
勝彦はニヤニヤしながら返答すると
「そうか...雅美さんは......おまえ達に殺されたんだな」
と紫平は何かを悟ったように俯き、低いトーンで呟いた。
「あんたらがいなければ彼女は死なずに済んだでしょう」
勝彦は紫平を嘲笑うようにそう言った。
「......勝彦、おまえ...今紫で最後と言ったな?まさか...今紫の命まで奪うつもりじゃ...ないだろうな」
その紫平の言葉に勝彦は
「もう事は進んでます、今頃今紫も命が危ない状況でしょうね、もしくはもう既に死んでくれているか」
と紫平の顔の目の前で笑みを浮かべながら話した。
「今紫.....。カグツチ様、日々家族や参拝者の方々を見守って頂き誠にありがとうございます。長らくあなたの側で仕えさせて頂き、幸せでした。この紫平の無責任な我儘だけ最後にお聞き頂きたい.....我が孫、今紫をどうか、どうか...よろしくお願い致します」
紫平は目の前の男への怒りよりも今紫と呼ばれる者の身を案じ、神へと祈る。
「......この状況で今紫と何の利益もくれない神のこととは...本当は命乞いしたいでしょうに...最後までかっこつけやがって!!!」
紫平の態度に勝彦の理性は崩壊する。それから二十秒程倒れた紫平の首、背を数十回にかけて刺し続ける勝彦の怒りに満ちた激しい呼吸音が辺りに響いていた。
どこかの一室で女性が寝ている。彼女は髪色が緑で長さがボブの小柄な十代後半程の年齢か。
「......?」
この小屋に一人で住んでいるようだが突然のドアの開く音に彼女は目が覚め、首を傾げる。その瞳は綺麗な紫色だ。
ドスッドスッドスッ
とその音は何の迷いもなく彼女が寝ていたこの寝室であろう部屋に向かってきている事に心臓がドクドクと鼓動を速めながらも押し入れに入り、中の布団の陰に音を立てずに隠れた。
ガラガラガラ
と如何にもここに彼女がいる事が分かっていたかのようにドアは開かれると
「...いない...はずがない」
と入ってきた男性であろう声がした。そして彼の足は押入れに向かってくる。
(...誰...)
彼女は彼が誰なのか、敵か味方かも分からないためただ隠れている事しかできない。
サーッ
と押入れが何の抵抗もなく開く。
「......グゥ〜、あっ!」
息を潜めて隠れていた彼女の腹が鳴り、一瞬の判断で反対側の扉から開いて男性をドアで挟み、押入れから勢いよく飛び出した。
(...誰っ!?)
勢いよくドアで挟まって脇腹を痛めたのか、すぐに抜け出そうともせずただ挟まっているだけの男性の後ろ姿をチラッと見てみるも甲冑のような物を着ているためか、彼の背に見覚えはなかった。そしてすぐさま小屋を出ようと駆け出す。
「......憎き火の末裔めがっ!我は雷の眷属であるぞ!?」
彼は怒りのあまり声を荒げると
ドシャンッ!バリバリバリバリッ
と突然小屋を落雷が襲った。
「...痛いっ......」
彼女はその衝撃により数メートル吹き飛ばされ、近くの木に背を強く打った。
「うぅ...」
すぐさま逃げないと自分の命が危ない状況なのは理解していても痛みのせいでうまく立ち上がる事ができない。
「......火がなければ脆く、弱い。だから火に頼る神頼みしかできないとはなんとも都合のいい連中だ...身に宿らせた力は自分の都合でのみ使い、その力を振るう。図々しいとは思わないか?何故身に宿し神の全てを受け入れない...神の意思は!?...自分勝手な連中め!!!」
彼が腰の刀を抜くとその刀はバチバチと音を立てて姿を現す。
「...雷の......雷刀アマネキ」
彼女はその刀の名を知っていたかのように呟き
(纏った雷が広範囲に広がる性質を持つ刀......どうしよう、間に合わない!)
彼が刀を振りかざそうと腕を上げたのを確認し、その場から逃げたくとも逃げることのできない彼女の額を冷や汗が伝う。
「あっ」
数メートル先から向けられた刀の切先に雷が集まり、それはバチバチ音を立てながらその場所を中心とし、広範囲にどんどん広がっていく。
バチッ
と彼女の衣服にも静電気が音を立て始めると
「ふんっ!!!!!」
と男性は勢いよく刀を振りかざした。
「...じいちゃん...」
迫ってくる雷をただ眺める事しかできず、おもわず祖父を思い出す。
「今紫、もし今後自分の身が危うい状況に陥った場合その時は火の神、カグツチ様の名を心の中で呼びなさい。きっとお前の助けになるよ」
この女性の名は今紫といい、それは紫平達の会話に出てきた名と同じだ。
(...そうだ!じいちゃんが教えてくれた......でも毎回祈るような事ばかりでごめんなさい、カグツチ様。あの男性が言うようにあなたの前では所詮都合いい事しか言えないのでしょうけど、ここまで無事生きてこられたのも全てはカグツチ様に感謝しています。日々私の家族、お寺を守ってくれてありがとう...。お願い......助けて!!!)
今紫の回想に出てきたじいちゃんとは紫平であった。そして彼ら一族が祀っている神は火の神カグツチ。
「......!」
突如男性が何かに気付いたのか刀を構える。
オォォォォォォ
と周りの木々が呻いているような音が聞こえてくる。
「山が怒っている...。そうか...そうか、主の危機にお怒りか。都合の悪い事にここは山中...少々めんどくさい事に火の神の眷属に山の神がいたな。だが山の神が姿を現さんのなら我には何の問題もない」
と男性は再び刀を振りかざそうとするが
シュルルルルー
と刀を持っていた腕に根を伝って蔓が纏わりついた。
「草木の神...。だが所詮その程度であろう......くっ!いや場所が悪いな...姿を現さないのではなく、そうする必要がないのか...山に草木、根、蔓、全てが我を見ている。そして同時にあの少女を守ろうとしている。眷属ならそれも当然のことか...」
男性は突然腕を下ろすと
「今回はここまでにしておこう、貴様ら眷属が未だに機能しているとは到底思いもしなかった。それは敵とはいえ賞賛に値する。それに免じて今日は帰るとするが...少女よ、火の神は未だ健在か?貴様の祖父の守っていた本堂は今頃我らの物であろうがな」
と話すと笑い声が響き、急に彼が立っていた場所に雷が落ちるとそれと同時に姿を消した。
「......え、じいちゃんは...?...行かなきゃ!体動いて...」
彼女は俯きながら涙を流す。
「遅くなってごめんなさい、怖い思いさせちゃったね...。呼んでくれたのにね...」
突然目の前から女性の声が聞こえ、顔を上げると周りには数十人程の紫のフードを纏った者達がいた。
「あなた達は...祖父がたびたび話していた眷属の方々...?...あっ」
その問いに、話しかけてきたリーダーであろう女性は被っていたフードを外すと意外な事に彼女もまた二十代前半程の若い女性で思わず声が漏れる。
「私達眷属も今紫様と同じで代を重ねています。そして先程の男性はイザナミの眷属ですね、彼の話していた事は紛れもない事実です...紫平様の本堂は既に壊滅、助けに向かった他の眷属の方達とも連絡が取れていません。それが単なる落雷や事故によるものではない事は既に私達眷属は把握しています。それに火の神の眷属の一部の巫女達はカグツチ様の状態がおかしい事に気付くと何らかのお告げを聞き取っており、おそらくそれは危機的状況の紫平様の祈りをカグツチ様が聞き入れ、私達に伝えてきたと巫女達は言っていました。カグツチ様の状態がおかしいのも紫平様の危機も全ては本堂が無事なら起きるはずがない事なのです」
今紫は女性の話を真面目に聞いていて
「カグツチ様が今紫を守れって伝えてきたって...カグツチ様からのお告げなんて私も巫女から初めて耳にして、親世代も驚きとそれ程の危機が起きている状況は不吉だと頭を悩ませていました。カグツチ様が聞き入れたという事は今紫様の祖父である紫平様はとても信頼されていたんですね」
と言われると祖父に会いたい気持ちがより一層強くなり
「...祖父に会いたい......」
と素直に呟いた。
「正直紫平様の安否は未だ不明ですが、あなたは一度早急にあの地に戻らなければいけない...あなたを待ってる者がいる」
女性の言葉に
「私を待つ者...?」
と今紫は問うと
「火の神、カグツチ様が今も苦痛に耐えながらあなたの帰りを待ち続けております」
と目の前の女性は答えた。
神が今紫へ告げる事とは...。