卒業式ー旅立ちー
私は、今日この学び舎を卒業します。
三年間、大好きだった担任の先生は、卒業式が終わると早々に生徒の前から姿を消してしまった。
友達との卒業写真を取り終わると、私は先生がいるであろう場所へと走った。
息を切らしてたどり着いた先で先生はタバコを吸っていた。
「喫煙室でタバコ吸わないと怒られますよ」
「俺は卒業した生徒からも怒られるのかよ」
私が三年間、先生に言い続けてきた言葉だ。
「まだ、卒業生じゃないです。学校から出てないですし」
「…そうか」
別れを前に静かになる二人に、窓から入ってくる風がカーテンを揺らしている。
「…………なんか、思い出下さい。」
「俺のシャツのボタンをもぎとりに来たのか?」
先生が苦笑している。いつものこの時間が好きだった。他愛もない話を先生が聞いてくれて、それに対して意見をくれるわけでもなく、ただ先生が苦笑してくれることが…それも、今日で終わっちゃう。
教室の扉を後手にしめて、私は先生のいる窓のところまで歩いた。私の真剣な瞳に先生も何かを察したのかタバコの火を消した。
「思い出って何?」
私が好きなこと知っていて、先生はいつもはぐらかしてきた。もう一度、告白したところで付き合ってもらえるとは思っていない。
「だ………抱きしめて…もらえませんか?」
「それは、ダメだ」
先生から即答で返事が返される。
「じゃー私から抱きしめてもいいですか?」
「だーかーら、ダメだっつーの」
あまりに頑なに断られるので、私も意地になった。
「なんでですか?!先生に会えるの今日で最後なんですよ??」
「だって、お前は俺のこと好きじゃん。思い出だけくれたら俺を諦めるとかいいながら、お前はその思い出だけを抱いて、一生俺を忘れられないタイプだろう?」
それは…図星かもしれない。付き合えないのなら、せめて思い出だけでも欲しい。と、言いながら思い出の中の先生はずっと色褪せない気がする。それじゃ、私は…………
「…………どうしろって言うんですか」
私は下を向きながら泣きそうになった。
そんな私を前に、先生が教室の薄いカーテンをシャッとしめた音がして、先生が私の前までやってきた。
「じゃ、目を閉じろ」
私は言われるがままに目を閉じた。
「(え?何?キス……?」
先生は私が目を閉じたことを確認すると、私の背中側にまわり、私のことを抱きしめると私の耳元で何かを告げた。
「 (苦笑」
それを聞いた私は、目を開けたくなかった。
けれど、先生はそんな私の戸惑いをよそに、抱きしめた腕をゆるめると勝手に教室を出ていってしまった。
ガラガラ…ピシャン。……タタタ
廊下に出た先生の足音だけが遠くなっていく。その足音も聞こえなくなった頃、私はようやく瞳を開けた。目を開けたくなかったけれど、私は自分の体を抱きしめると、その場に泣きながら崩れ落ちた。
先生のタバコの臭いもぬくもりも抱きしめられた腕の力も……何もかも無くなっていってしまう。
「こんなの……ズルいよ………」
忘れられるわけない。だって、今日まで好きだったんだもん。
私は、先生の感覚を忘れたくなくて、自分の体を強く強く抱きしめ返した。
『これはお前が見てる夢だ。目を覚ましたら、消えてなくなる夢。だから、お前が誰に抱きしめられてるわけじゃない。だけど、3年間ありがとうな…お前がもっと大人になっても忘れられなかったら、学校を辞めた俺を探したらいいんじゃないか?お互い生きてたら、どっかで会えたりするんじゃね?(苦笑』
※後日談、いつか作品紹介にでも書くと思う。