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落ちこぼれの神殺し  作者: 雲上常晴
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 明くる日、僕と先生は森であったことを包み隠さずエキ姉の両親に伝えた。二人は初めこそ信じられないといった表情で話を聞いていたが、最後に残されたエキ姉のリボンを見せると、その場に泣き崩れてしまった。

 


 しばらくして、エキ姉の両親は落ち着きを取り戻し、「形だけでもエキ姉を弔ってやりたい」と言い出した。どうやらこの村に伝わる弔いの炎で悼むのだとか。僕としては、エキ姉は死んでいないので、なんとも言えなかったが、二人がそう決めたのなら協力するつもりだ。


 唯一残していったリボンはエキ姉が大切にしていたことを二人も知っている。唯一の形見なので、二人に渡したが、火葬するのは勿体無いし、二人の元に残しておいても辛いだけとのことで、僕が譲り受けることとなった。




 そこから先は葬式の準備でせわしなく動いていた。でも、考えることが多すぎて頭が混乱していたから目の前のやることで気を紛らわせてよかったかもしれない。弔いの儀を行うのは村の広場で、村中の人達が集まっている。みんな一様に暗い表情をしている。僕は準備が終わった段階で、最後の木組みへの着火だけは行いたいと申し出た。エキ姉の両親は快く了承してくれた。


 大きな丸太で規則的に組まれた木を見上げる。井桁と呼ばれる方法と合掌と呼ばれる方法を合わせた組み方だと聞いたことがある。井の字のように四角く丸太が組まれ、その脇の四方から別の丸太が頂点に向かって支え合うように立てかけられている。なんでも、弔われた魂が天へと迷わずに向かっていけるようにこのような形になっているんだとか。


 井の字の真ん中の空間には、丸太が燃えやすいように小さな枝や枯葉などが詰め込まれている。これに着火をすると大きく燃え上がる仕組みだ。


 村のみんなが落ち込んだ雰囲気の中、僕は弔う気持ちは持っていなかった。今この場所は僕の決意を表明する場だ。エキ姉を取り返す。その気持ち一点で、僕は呪文を小さく詠唱する。


「我求むるは、火の力、織りなせ【フラワートーチ】」


 小さな白い花がゆっくりと進んでいく。枝にそっと触れるとそこから徐々に火が燃え広がって行く。そうしてあっという間に大きな炎へと姿を変えていった。


 やや肌寒い春の夜空。木に灯された炎が明るく照らして行く。村の人達はエキ姉の両親も含めて涙を流している。


 僕は虚しく燃える炎を見つめ、近くにいた先生に告げる。


「先生、僕は悔しいです。大切な人の一人も守ることができなかった。いや、守られてばかりなんです。僕の両親もそうやっていなくなってしまった。僕には力が、知識が、経験が……何もかもが足りないんです」


「……」


「僕は……僕は医者になりたいです。どんな病気や呪い、神にだって負けない医者になりたいです。もうこんな気持ちになるのは嫌です」


「……そうだな、私もこんな経験をするとは思わなかった。私とて医者とは名ばかりみたいなものだ。親しくしていた少女一人救うことができなかったのだから」


 先生は僕の方へ向き直ると、真剣な表情で僕に話しかけてきた。


「ツキカ君、君はこの後どうするつもりだい?」


「僕は……」


「正直、私は君の魔法をかなり高く評価している。オリジナルの魔法に繊細な魔力コントロール。どちらを見ても目を見張るほどだ。さっきの【フラワートーチ】も私が知る中で一番美しい魔法だ。そこは誇っていいと思っている」


「でも、エキ姉を救うことはできなかった……」


「だからこそ、それを磨く必要が……」


「おいっ!この落ちこぼれ!」


 急に大きな声がしたので、振り返ると目を赤く腫らした男がいた。協会で僕をいじめていた主犯のオットソーだ。両脇にはいつもの通り取り巻きがいる。


「お前のせいで……、お前のせいでエフィムが死んだ!エフィムはこの村の未来だった!魔法の腕はたつし、みんなからは慕われている。体が弱いところはあったがそんなことは気にならないほど元気だった!いずれは俺の……。そんな重要人物をお前は殺したんだ!どう責任を取るつもりだ!」


「どうって……」

 

 僕は全然何を言われているのか分からなかった。僕がエキ姉を殺す?そんなことをするはずがない。むしろ助けようとしていた。エキ姉の今回の経緯はすでにエキ姉の両親からしっかり説明されている。誰が悪いなんてないのだ。強いて言えば死神になるか。


 それを……、エキ姉を助けたかった僕に向かって殺したなどと、ふざけている。僕は憤りを感じていることが自分でもわかった。


「ツキカ君……。オットソーだったか、君は何を……」


 隣にいた先生も弁解しようとするが。


「お前もそうだ!お前も医者とか言ってエフィムのことを救えなかった。本当は毒とかを持ってたんじゃないのか。このヤブ医者め!早くこの村から出て行け!」


 それを見ていたエキ姉の両親がオットソーをなだめにくるが、どうも落ち着かない。それどころか周囲にいた村人の中にも今回のことを不満に思っていたものがいたようだ。オットソーの意見に同意しているのか、恨みがましく僕と先生の方を睨みつけている人達がちらほら見える。


 先生もそれを見て感じ取ったようで、バツの悪そうな顔をしている。本来の葬儀の場でこのようなことはあり得ないのだが、エキ姉の不自然な死がみんなの心を揺らしているのだろう。


「ふぅ、どうやら私はもうこの村からはお役御免みたいだな。ここは自然豊かで、人も暖かかった。と思っていたが…。結構気に入った村だったけど、仕方がないか」


 先生はそう言うと、踵を返して村を出て行く準備を始める。もうこの村にいられないと判断したのだろう。エキ姉の両親が必死に引き止めに行くが、先生はもう決心したようで決定が覆ることはなさそうだ。それはそうだろう。娘を救おうとしてくれた人に対する恩義と村長という立場から腕利きの医者が来なくなると言うのは善人の二人にとっては大きく堪えるだろう。


 僕は先生がこの先この村に来ることは、もう無いだろうと察していた。だから、僕は走り出した。村の出口とは反対方向に。逃げるためじゃない。進むためにだ。このままじゃ僕は一生後悔したまま生きて行くことになる。


 懸命に走ってたどり着いたのは、村のはずれにあるボロボロの家……僕の家だ。急いで目的のものを回収する。どうせこの家に価値のあるものなんてない。あるとすれば両親とエキ姉との思い出くらいか。


 そう考えると今までのことがどんどん思い出されていく。家族で笑いあったこと、家の軋む音が怖くて父さんの腕にしがみついて眠ったこと、ただでさえボロボロの家をいたずらで傷つけて母さんに叱られたこと、エキ姉とただ走り回って遊んだこと。


 色んなことがフラッシュバックする。こんなボロ屋でも僕にとっては大切な場所だったんだなと改め認識をするといつの間にか僕の頬を伝うものがあった。僕は家に正対し、深く、深く頭を下げた。


「今まで僕を、僕たちの家族を見守ってくれてありがとうございました。僕は今日、前に進むことを決めました。それは、今この時じゃないといけないと思います。ろくな整備をしていなくてごめんなさい。いつか……いつかまた戻ってきたら必ず綺麗にします。その時はまた僕を向かい入れてください」


 そう言って、僕は10数年お世話になった我が家に背を向けた。もう後悔はしない。僕は変わらなくちゃいけないんだ。


 そのまま来た道を辿り、ガヤガヤとしている広場を通り過ぎる。意識が変わると世界が変わると聞いたことがある。僕はその言葉の意味が今よくわかった。見慣れたはずの風景が、新鮮に感じる。狭まっていた視界が大きく広がった気がする。心が軽く、足が勝手に前に進んでいく。


 今日はこんなにも気持ちのいい天気だったのか。


 僕は改めて深呼吸をし、村の出口へと足を進めると、遠くにはすでに荷物を持った先生が街へ向けて歩を進めていた。僕はその姿を見るや、駆けて行きながら先生の背中に言葉を掛ける。


「先生待ってください!」


 先生は驚いた表情をして振り返る。


「僕も外の世界に連れて行ってください!」


 先生に駆け寄ると驚いた、先生は驚いた表情からどこか安心したような表情に変わっていった。


「村はいいのかい?」


「はい、心を決めてきました。僕の夢は村にいたままだと叶えることができません。それに……」


「それに?」


「先生、もう一つお願いがあります。僕に先生の魔法や医者としての知識を教えてください。それが今僕が夢に近づける最大限のできることだと思います」


「夢っているのは、あの時の?」


「はい、『どんな病気や呪いも治せること』と『神を殺してエキ姉を救うこと』です」


「そうか……君には変わった魔法の才があるからね」


 先生は少し思案顔になったと思うとすぐに口角を上げる。そのまま出口へと向かって歩き始めてしまった。まさか、ダメということか……?


「これからは私のことを師匠と呼びなさい」


 ハッと顔を上げると、先生が後ろを向いたまま手を上げてちょいちょいと手招きしていた。僕は嬉しくてその背中を追う。


「これからはツキカと呼ぶからね。根を上げたらすぐに村へ返す。覚悟しなよ?」


「はい!師匠!」

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