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落ちこぼれの神殺し  作者: 雲上常晴
6/7

 「ん……ここは」


 容態が回復してから数分後、エキ姉は目を覚ました。


 あれから近くにいた家族には治療したことを先生が伝えてくれて、エキ姉の両親も側で起きるのを待っていた。


「エフィム……」


 両親は目に涙をためながら自分の娘を抱きしめる。エキ姉は突然のことに驚いているようだけど、倒れた時のことをすぐに思い出してきたのか落ち着きを取り戻してきた。


「お父さん、お母さん……心配かけてごめんね」


 そう言ってエキ姉は両親を抱きしめ返していた。


 しばらく3人で会話しているとエキねえがおもむろに立ち上がった。みんながまだ横になっていてと休ませようとするが、エキ姉は首を横に振る。


「私、みんなのところに行かなきゃ」


 エキ姉は外へと向かう。去り際にエキ姉はふと自分の髪を括っていた白いリボンを僕に手渡した。「後でツキカのところにも行くからあんたの家にいて。先生も」と言い残し、走って村の方へと行ってしまった。


 この白いリボンはエキ姉の10歳の誕生日に僕があげた物だ。以来、宝物のようにずっと大切に使ってくれている。それを渡して行くと言うことはエキ姉なりの重要なメッセージなはずだ。言われる通りに待つしかできない。


 そして、僕たちはエキ姉の背中を見送ってあることを考えていた。そう、エキ姉が物語の少女と同じことを言っていてる。……ここにいるみんなが、嫌な予感を胸の中に抱いていた。


 


 僕と先生が家に戻ってエキ姉を待っていると、時刻は夕刻となっていた。夜の帳が降り始めて、辺りは一面闇に包まれようとしている。村では、町のように外灯なんてものはないから、これくらい暗くなるとみんな家の中に引っ込んでしまう。


 エキ姉が来なくて村の方を見て心配していると、走ってこちらに向かっているエキ姉の姿が見え始めた。息を切らせて到着したエキ姉は「お待たせ」と笑顔で僕に言った。


「私のリボンある?」


「え?あ、あぁ。これ」


 僕はポケットにしまっていたエキ姉の白いリボンを手渡す。エキ姉はリボンを受け取ると、いつもの様に神をくくっていく。


「やっぱりこれがないと落ち着かないね」


 僕が家の中に案内しようとすると、「いつもの場所がいい」と言って森の方を指差した。暗くて足元が見えないし、体が冷えてしまうことを伝えるが、頑なに意思を曲げないため、僕は諦めて家の中にいた先生にも声をかける。そして、昨日居た森の中へ今度は3人で入っていく。


 森の中は光が届かないため、エキ姉が火の魔法であたりを照らしながら歩く。昨日はあんなに心地よく感じた森のせせらぎも木々の隙間から見えるほんのり明るい空も今日はなぜだか不気味に感じた。そんなことは意にも介さずエキ姉はどんどん先へ進んでいく。先生は無言のままだ。


 ようやく着く頃には僕とエキ姉は息が少し上がっていた。月は分厚い雲に覆われて雲明かりを感じる程度。小川の音は聞こえるが、ホタルの姿は1匹たりと見えない。


 いつもの場所なのに居心地が良くない。エキ姉も病み上がりだし、体が冷えたら大変だ。そう思って声を掛けようとする。


「エキ姉、やっぱりもどろ……」


「私ね、死神に会った」


 僕の話を遮ってエキ姉から出てきた言葉は驚きの一言だった。僕と先生は目を丸くしてエキ姉を凝視してしまう。そして腕のあざに自然と目が吸い込まれてしまう。


「今朝ね、いつもツキカがやってる朝練の時にツキカを驚かせようと思って、まだ空が薄暗い時間に外に向かったの。そしたらね、急に目の前が真っ暗になって、何事かと思って見上げたら、黒いボロボロのローブを着た骸骨が鎌を持って私の前に立っていたの」


 エキ姉はその時のことを思い出しているのか、自分の体を抱きかかえるように震え始める。


「黒くて、不気味で、急に当たりが冷え込んだように寒くなって震えた……。そして、そいつが私にこう言ったの」


 『お前はなかなかに素晴らしいな。しばらく見ていたが性格もいい。俺のものになれ』


「すぐに、あぁこれは物語の死神と一緒だって分かった。そして、自分が死神に求愛を受けていることも」


 悲痛な表情で話すエキ姉はとても苦しそうで、見ていられなくなり、僕は目を伏せる。少し横を見ると先生も悲しげな表情をしている。


「私は、嫌だった。自分が死神のものになるのも嫌だったし、死ぬのも嫌だった。だって死んだら村のみんなと離れ離れになっちゃうもん。私の人生は私が決めたい。そう思ったの。だからね……」


 一瞬の間が空いた。僕はどうしたのだろう思いふと顔を上げると……。

 

「ぶん殴っちゃった」


 拳を前に突き出してニカっと笑うエキ姉がいた。それはそれこそ憑き物が取れたような表情で言うものだから、僕と先生は口をあんぐり開けて言葉を失っている。


「だって、現れていきなり『俺のものになれ』だよ?失礼すぎない?いくら死神とはいえ、もうちょっと前置きを置くとか、愛の言葉を並べるとか色々あるじゃん。人をものみたいに言うもんだから頭に来ちゃって……ついね、えへへ」


 僕は憮然とし、先生を見ると先生も呆然と僕を見ていた。そして、なんだか今日やっていたことが嘘のようで、馬鹿馬鹿しくなって、僕と先生は吹き出すように笑い始めた。それがあまりにもおかしくて突拍子もなくて、その時のことを想像するとまた笑えてきた。


 僕と先生が笑っているのを見て、エキ姉も一緒になって笑う。


 しばらく3人で涙が出るほど笑っていると、先ほどまで不気味に見えていた薄明るい空も葉の擦れ合う音もなんだか心地の良いのに変わっていた。それらもなんだか一緒に笑っていると感じるほどに。


「はー笑った。ここ最近で一番笑ったかも」


「僕もだよ。なんなら僕はここ数年で一番笑った」


「私もこの村では一番笑ってしまったかもしれない」


 3人でそう話しながらまた笑う。


「あー私幸せだな。世の中にはこんなに楽しいことがまだまだたくさんありそうなのに。明日で全部終わっちゃう」


 和やかな雰囲気の中、エキ姉がポツリと呟く。


「私が死神を殴ったあとね、死神はこう言ったの」


 『フフフ、ハハハハハハハハ!面白い!死神を素手で殴ったのはおそらくお前が初めてだろう。ますます気に入った。明日の暁の刻の前、夜が明けきらぬその時に、またお前を迎えに来よう。それまでに現世とのお別れをしておくことだ。すぐに見つけられるようにお前には目印をつけておこう』


「殴られてるのに、その女を気にいるとか正直引くよね。一瞬不気味さとは別の気味悪さを感じたもん。それで、その時に目印として付けられたのが、この腕のあざ」


 エキ姉は薄くなった腕の黒紫色のあざを僕たちに見えるようにする。


「それから、死神が消えたと思ったら私も気が抜けたのかな、寝ちゃったみたい。気がついたらツキカや先生、お父さんお母さんも私を囲っているもんだからびっくりしちゃった。おかしいなって思って、腕を見たらあざがあるから、あぁさっきの死神は夢じゃなかったんだ。って思うといても立っても居られなくなるじゃない。時間がもう少ししかないんだから」


 僕と先生はエキ姉の話を静かに聞いている。


「あれから大変だったんだよ?最後のあいさつに行ったらもうみんな私が倒れたの知っていて、心配してくれたんだ。それからそれぞれに感謝を伝えてーって、村の人全員にしてきたんだから。んで、さっきお父さんとお母さんにも話をしてきた。最後はみんなで号泣だよ」


 エキ姉の目には涙が溜まっており、表情は笑顔であるものの悲しそうな印象を受けた。声も少し震え、こちらまで泣きそうになってくる。


「ちょっと、なんでツキカまでそんな顔してるのよ。そんな顔されたら……」


 とうとうエキ姉の目から涙が溢れ始めた。それにつられて僕も涙が溢れてくる。


「ツキカぁ……怖い。私、怖くて堪らないの。死にたくない。死にたくないよ……」


「エキ姉……」


 エキ姉は僕の胸に頭を寄せて必死に恐怖に抗っている。抱き寄せた腕からエキ姉の肩が小刻みに震えているのが感じられる。僕は気の利いたこと一つも言えず、ただただエキ姉を抱きしめることしかできなかった。こんなに弱々しいエキ姉は見たことがない。


 同時に僕は死神に対して怒りがこみ上げていた。僕の大切な家族をこんなにも恐怖に染めている。その上殺そうとしている。エキ姉が何をした。悪いことなんてなにもしていない。考えれば考えるほど死神に対する怒りが沸々と湧いてくる。それなら……。


「エキ姉、僕決めたよ」


 エキ姉は何も言わずに顔を上げる。その顔は涙や鼻水でもうくしゃくしゃになっていた。ここまでみんなを心配させまいと、必死になって泣くのを我慢していたのだろう。エキ姉を正面から見据えて、僕ははっきりと宣言する。


「僕が神を殺す」

 

 辺りに静寂が流れる。全ての音がなくなり、僕の声だけが森の空間に響き渡る。


「死神だろうが、何神であろうが、どんなに偉い神様であろうと、エキ姉を悲しませる奴はみんな悪だ。僕は僕の正義のために、神を殺す。そして病気だか呪いだかも全部完全に治してエキ姉を救う」


 その言葉を聞いた先生がとうとう黙っていられなかったのか口を挟んでくる。


「君は……君は、()()()をしようって言うのかい?」


 神殺し……それは『堕ちた英雄』という物語の話で出てくるワードだ。大昔に神に背いた英雄がいて、戦いに挑んだが、神罰が降りその英雄は()()してしまった。そして英雄の所属する国も……。それから神殺しは禁忌として人間の中では共通の認識となっている。


「エキ姉を救う過程で神を殺す必要があるなら神殺しだってやってみせます。もうそこに迷いはありません」

 

 悲痛な表情で僕を見る先生と胸の中のエキ姉。二人はきっと僕を止めると思う。でも、もう僕は心に決めた。神を殺し、病気を治す。それが、今の僕の1番の望みだ。


「そうか……。君はそこまでエフィムちゃんのことを大切に思っているんだね。君のやろうとしていることは万人に喜ばれることじゃない。これから進む道はきっと困難で険しい道だろう。それでもこの道を突き進んでいくんだね?」


「はい」


「……」


 先生はしばらく黙り込む。誰にも喜ばれることじゃないことは分かっている。むしろ非難だってされるだろう。僕のやろうとしているのは神への冒涜だ。もし神の怒りに触れてしまったら、神罰として、街ごと多くの人が消滅してしまうかもしれないのだ。でも、僕はどんな言葉が返ってきても決心が揺らぐことはないと思っている。

 

「……わかった、ならば私は君の背中を押すことにしよう」


「えっ……」

 

 僕は驚いた。きっと先生は僕のやろうとしていることをしっかりと理解している。誰にも喜ばれる事じゃ無いってことも……。それでも止めずに背中を押すとまで言っているのだ。予想していなかった言葉なだけに深く勘ぐってしまう。先生にも何か思うところがあるのか?


 先生は先ほどの悲痛な表情から、何かを決意したような顔でまっすぐに僕のことを見ている。


「後はエフィムちゃんの気持ち次第だよ」


「……」


 エキ姉は先ほどから黙りこくっている。涙こそ流していない様子だが、胸に埋めているため顔は見えない。どんな顔をしているのだろう。


「エキ姉。心配しないでね。エキ姉のことは僕が絶対に救ってみせるから」


 胸の中にいるエキ姉にそっと話しかける。先ほどまで震えていた肩はすでに落ち着いており、一定のリズムで上下している。


「やだ……。」


 エキ姉からポツリと言葉が漏れた。


「やだよ。ツキカが英雄のようにいなくなっちゃうのは嫌だ!」


 バッと顔を上げたエキ姉は目元を赤く腫らし、瞳は水分を多く含んで月明かりを映している。


「なんでこんなことになっちゃうの。私は……ただみんなと一緒に楽しく過ごしたい。毎日ツキカの素振りを見て、お父さんとお母さんとご飯を食べて、村の友達と他愛のない会話をして、仕事をしながらのんびり暮らしたい。それだけなのに……。なんでツキカが神を殺さないといけないの。なんで私が死なないといけないの。なんで、なんで……」


 エキ姉は拳を握り、僕の胸を力なくトントンと何度も叩く。エキ姉の頬に涙が伝う。悔しさからなのか、怒りからなのか、それとも無力感からなのか、あるいは全てなのか……。胸を叩く力はとても弱々しいのにやけに僕の中に響いていくる。


「全部神のせいだよ。神が全ての元凶だ」


 答えを返したのは意外にも先生だった。


「神はこの『世界』というボードの上で『人間』という駒を使って遊んでいるんだ。そして自分たちの思い通りに行かなくなったら手を出してくる。神々からしたら、僕達の存在なんてそんなものだ。だから、神が手を出しているこの現状は全て神の所為だ。ボードの上でちょっと駒を動かしただけに過ぎない」


 先生は続けて話す。


「だから、ツキカ君が神を殺すなんて言った時は驚いたけど、しっくりきた。背中を押そうと決めたのもそんな神々に一矢報いることができるならと思ったからなんだ。そして何より、私自身が昔から神が嫌いなんだ」


 エキ姉は先生の言葉を聞いて、少し驚いたような表情をしたが、考えるように俯く。


「神様が悪い?考えたこともなかった。もしかして絶対の存在じゃないのかな」


「でも……そうか。神なんて存在、当たり前のように肯定していたけれど、絶対に従う必要なんてない。人間は本来自由なんだ。そもそもの考え方が違ったのかもしれない。神様は人間の味方なんて誰かが証明したわけじゃないし、神罰が下るから逆らわないだけだったんだ。知らないうちに、神様のご機嫌をとるようになっただけだとしたら……」


 先生の言葉を聞いて、エキ姉と僕は何かがストンと自分に落ちた気がした。無意識で言っていた言葉も先生のおかげで意味を帯びてくる。僕の考えは間違えじゃない。


「そう、抗えばいいんだ。私達はそれに気づくことができただけだ……」


「……」

 

 しばしの沈黙が続く。ここにいる3人がそれぞれ考えに更けている。


 そうしていると、ふと3人の間に冷たい夜風が吹き付けた。気がつくと空の端が白み始めていた。長い時間3人で話していたようだ。そして、暁の時、夜が開ける前。僕は死神との約束の時間が来ていることに気が付いてしまった。


 次の瞬間には、急にあたりの空間の気温が下がり、森の暗さが一層増した気がした。そして、不気味な黒いローブが目の前に姿を現していた。


「探したぞ」


 低く、底冷えするような声。その声を聞いただけで畏怖を覚える。本能的に体の芯が警告を出している。そう思わせるほど異質な音だった。


 見上げると、目の前にいるそれは人ならざる者の姿、恐怖の象徴だ。背丈は3mはあるだろうか。黒いローブから覗かせている顔には白骨の頭蓋が覗いており、地面からは少し浮いている。それに見合う大きさで右手の白骨には大きな鎌が握られている。


 確認しなくても分かる。奴が死神だ。人間ならざる不気味な雰囲気と人を寄せ付けない負の気を感じる。たった今、敵として認識した存在だったのに、体は正直にすくみあがってしまう。僕たちはただその恐ろしい存在を見つめる。


「ここにいたか、私のエフィム。随分と目印が薄くなっているな。おかげで探すのに時間が掛かってしまった」


 僕たち3人は動けないでいる。目の前の理不尽な存在から目を離せず、拳を握り動こうとしても体がいうことを聞いてくれなく、ただ行く末を見守ることしかできない。


 だが、おかしい。エキ姉のあざは僕が治療したはずだ。エキ姉の話通りなら、あのあざは死神の目印なはずだ。だとすると、エキ姉のことは見つけられないはずなのに……。


「ここまで私の呪いを薄くしたのは……貴様か」


 死神は迷いなくゆっくりと鎌の先端を僕に向ける。僕の体はさらにすくみあがってしまう。腰が抜けていないだけまだマシだ。だけど、これから僕は神を殺そうとしているのだ。こんなところでビビってなんかいられない。自分を超えていくしかない。


「あぁ、そうだ。お前の呪いなんか、すぐに治せるようになってやる。僕はお前が怖くない」


 虚勢なのは分かっている。自分を言い聞かすように出た言葉だが、言葉に出すだけで、本当に恐れが軽減していく。手の震えが止まり、しっかりと死神を見据えた。


「……貴様の名はなんと言う」


「……ツキカだ」


「ツキカ……そうか、貴様があのツキカか。フ、フフ、フハハハハハ!面白い!道理で人間にしては浄化の力が強いと感じたものだ。我の呪いに対抗できたのも頷ける」


 死神は何かに納得したように高らかと笑っている。表情が変わらないが、声だけは笑っているため、さらに不気味さが増している。


「死神、エキ姉のあざは僕が消したはずだ。なのになぜここが分かった?」


「あの程度で消しただと?確かにかなり呪いの力は弱まっていたが、完全に消し去ることなど、それこそ神にしか成し得ぬ御技だ」


 つまり、僕はエキ姉の呪いを直せたと思っていたけど、不完全だったってことか。くやしい。手応えはあった。あざもほとんど見えなくなるまで消えている。なのに……僕の実力が足りていなかった。


「そう悔やむことはない、神の呪いに対してここまで抗っただけでも大した者だ。通常であれば神に抗った者としてこの場で殺しているところだが……、気が変わった。お前はもう少し生かしておいてやろう」


「だまれ!僕はどうなろうと構わない。だけどエキ姉を殺すことだけは絶対にさせない!」


「殺す?おかしなことを言うな。むしろ魂の上では消滅することなく、永遠に私のそばにいるのだから、実質的には不死と同じだ。こんな綺麗な器を早々壊すものか」


 死神がそこまで言うと、太陽の光が森に差し込み始めた。あたりが明るくなってきたことで、森の緑や空の青さなど、視界に色が戻ってきた。死神は変わらず黒いままだが、心なしか先ほどよりも恐怖感や威圧感が減っている気がする。

 

「うむ、悠長にしてはいられぬようだな。では、エフィムをもらっていくぞ」


 次の瞬間には僕の腕の中にいたエキ姉が死神の懐にいた。凶悪な大釜を胸の前に掲げ、その中にエキ姉を捉えている。それを見た瞬間、僕の頭が沸いた。理解するよりも体が先に動いていた。死神に向かって僕の今できる限り早い魔法を放つ。


「【ファイヤートーチ】」


「なっ、無詠唱だと……」


 咄嗟に出た魔法は槍の形をした灯となり、死神の顔に直撃した。発生した煙で死神は僕のことが見えていないはず。今のうちにとエキ姉へ手を伸ばす。エキ姉も何が何だか分からないような顔をしていたが、僕に向かって必死に手を伸ばしてくる。


 後、数センチ……もうちょっと!


「驕るなよ下等生物が」


 エキ姉の手は触れるかというところで空へと離れていった。


 死神はもとより浮かんでいたが、僕の手の届かないところまで空へと浮かび上がっていた。骨の顔にはやや煤がついたように黒くなっている部分があるだけだ。表情は変わらないが、死神の怒りが伝わってくる。


「くそっ!もう一発!」

 

 僕が手をかざすのと同時に死神も空いている手を僕に向けてくる。


「グラビティ」


 途端に僕の体が何十倍にも重くなり、地面へと縛り付けられた。体を動かそうとしても動けない。視線だけ死神に向けるとどんどん空高くへと離れていっているのが分かる。


 まだ、まだ間に合う。エキ姉を助けるんだ!


 次の瞬間、後ろからバチッと大きな音が聞こえた。刹那、閃光と共に紫の雷が死神に伸びていく。


「エフィムちゃんを持って行かせるか!」


 いつの間にか詠唱をしていたらしい先生から放たれた雷は高速で死神に直撃した。いや、正確には死神に当たる直前で()()()()()()


「通常の魔法で我に魔法が届くと思うな。【グラビティ】」


 先生は僕と同じように地面へと縛り付けられてしまった。


「しかし、雷か……貴様があの忌々しい神に刃向かった賢者か。うむ、選ばれし者と賢者か……。まだ使い道はあるか……。そうだな、お前たちはこの死神が認めた存在ということにしておいてやろう。せいぜい神々に一矢報いることだな」


「エキ姉を返せぇ!」


 力の限り叫ぶが、体は思うように動いてくれない。くそっ!くそっ!


「では、さらばだ」


「エキ姉ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「ツキカアアアアアアァァァァァァァァ!!!」


 死神は空中に溶けるように姿を消した。その場に残ったのは、白いリボンだけだった。

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