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「さぁ、そうと決まれば残り時間はそう多くない。なにせ1日で死んでしまう病気だ。今すぐに私が思いつく治療を試してもらう」
先生はそう言うと、すぐにエキ姉の服を脱がせ始めた。僕はいきなりの事で恥ずかしくなり、目を背けるが、すぐにお医者さんに怒られる。
「君がそんなんじゃ困る。これから君がこの子を救うんだろう?しっかりしなさい。これから行う治療はエフィムちゃんの魔力を無理やり外から操作しようとする事だ。出来るだけ魔力を阻害する要素は少なくした方が良い。君も早く手伝って」
バカか僕は。僕は自分を叱咤する。こんな状況で恥ずかしがっている場合じゃないだろ。集中しろ。これから行うのは先生すらやったことのない治療なんだ。素人の僕がバカなことをしている余裕なんてない。
そうして、エキ姉の上半身があらわになったところで先生の指示を待つ。
「さて、それじゃあ始めて行くよ。まずは説明してから実際にやってもらうからね」
ふう、と一息ついて先生は説明を始める。
「まず、大前提だけど、基本的に人間の体内の魔力はその本人にしか操作することができない。魔力は質や波長がその人、個人個人で違っているんだ。指にある指紋と同じような感じだね。その魔力の波長が捉えられないと魔力は思った通りに動いてくれない。ここまではなんとなくわかるね?」
僕は無言で頷く。魔力の質や波長。以前自分でオリジナルの魔法を作っている時にそのようなものを感じたことがあるからすんなりと理解することができた。魔法は体内魔力の質や量、形、動きなどを細かく調整することで発動することができる。うまくいかないときは、これらの比率や調和がとれていない時に多かったことから感覚として意識できていた。
「そして、その質や波長は、本人には感覚でつかむことができるんだ。だから魔法は使える。だけど、外から他人の魔力を使おうとすると、その波長が合わないから操作することができない。これが魔法を使う者の常識だ」
「じゃぁ今回は……」
「そう、一般的な常識から外れていることをやろうとしている。そして私は君にならそれができるかもしれないと思ってもいる。オリジナルの魔法を作ることができる君なら」
「な、なんでそのことを……」
「なに、前にエフィムちゃんに聞いたことがあるのさ。オリジナルの魔法を使える子がいるってね」
先生は「内緒って言われてたけど」と付け足してお茶目に笑ってみせる。
「何はともあれ、私は君の魔法センスにかけるしかないことも事実なんだ。私には何もできないから。重荷を背負わせてすまってすまない」
先生は申し訳なさそうに頭を下げる。しかし、それを聞いて理解はできたが、納得はできなかった。
「エキ姉はそんなことまで話をしていたんですね。二人だけの内緒って言っていたのに」
始めて魔法を見せた時に絶対に二人の秘密と話していたのが、急に裏切られた気分になってなんだか複雑な気持ちになってしまった。改めて考えると、僕の中でも大きな思い出の一つになっていたことを自覚する。
「まぁまぁ、自分で言うのもなんだけど、エフィムちゃんとはずいぶんと仲良くなったからね。信頼もしてくれていたんだろう。それよりも、話を次に進めてもいいかい?」
僕は心のモヤモヤを一旦置いておいて、再度先生の話に集中する。
「さっき言った通り、この病気は体内魔力の暴走が原因だ。それを抑え込むのが第一の目的となる。手順で話すと、まずは君がエフィムちゃんの魔力を感じ取る。そして、エフィムちゃんの魔力の質や波長を捉える。そして、君の魔力をその波長に合わせて変化させる。それをエフィムちゃんへ徐々に流し込んでいき、荒れ狂っている魔力を抑え込む。これが治療の全体像だよ」
先生は簡単に言っているが、難易度は人知から掛け離れたものになっているだろう。でもやらなきゃエキ姉は助からない。絶対に失敗は許されない。そんなプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、僕は決心を決めて先生を見る。
「うん、良い眼だ。必ず成し遂げよう。私も昔は魔法使いの端くれだったから、魔力を感じ取って波長を合わせるとことまでは少し手伝うことが出来ると思う。二人で協力してやろう。そこから先の治療は……頼むね」
僕は荒い呼吸で忙しく上下するエキ姉の胸の中心に手を優しく置く。柔らかい肌の感触を感じる。その僕の手の甲に先生が手を乗せてくる。ここからは集中力が必要だ。絶対に救ってみせる。
エキ姉の胸の上に手を置き、目をつぶる。そして、まずは自分の魔力を感じてみる。
うん、いつも通り、自分の中の魔力は感じることができた。そして次からが本番だ。さらに意識を深くして、エキ姉の魔力を感じ取ってみる。
「準備はできたね。それじゃあ、少しずつエフィムちゃんの魔力を感じていこうか。私の魔力は感じることが出来るかい?」
そう言われ、先生の手に集中すると、僕の手に重ねられた先生の手から暖かいものが流されているのがわかった。
「わかります。暖かい魔力が流れています」
「うん、良いね。その調子だ。そのまま私の魔力を辿ってみて欲しい。エフィムちゃんの体の中に誘導するよ」
そう言うとさらに先生の魔力が濃くなり、移動を始める。僕の手を通過していき、その下のエキ姉の体の中に侵入していく。
「うっ……」
僕は思わず声が出てしまった。エキ姉の体に意識が向いた途端、凄まじい魔力の奔流が感じられたのだ。まさに荒れ狂っているという表現が当てはまるだろう。
「これが今のエフィムちゃんの魔力の流れだよ。本来人の魔力は一定方向にしか進まないけど、今のエフィムちゃんは魔力が縦横無尽に動き回っているんだ。まさに暴走だね」
僕は魔力の嵐の中で、先生の魔力を頼りに飲み込まれないようにしっかりと意識を保った。長い時間この中に意識を泳がせておいたら気分が悪くなりそうだ。
「ただ、こんな枝先の支流を治療できたとしても、大元がまた暴走させてしまうから、意味がない。もっと深いところまで意識を持っていくよ。私の魔力についてきてくれ」
そう言って先生の魔力が移動を開始する。嵐の中を悠然と進むように、先生の魔力ははっきりと分かりやすい。僕は必死になってついていくことで、なんとか嵐の深部へと進むことができていた。体の場所でいうと心臓付近か。体表とは桁違いに魔力が荒れ狂っているのがわかる。
「良いかい、ここが俗にいう魔力のコアがあるところだ。人間の魔力は全てここに集まってくる。私たち医師の中では、ここの治療ができれば必然的に他の部位も暴走が治ると考えられている。実際に成功した例はないから眉唾ものだけどね」
確かによくよく感じてみれば、この部位に流れ込んでくる魔力もあれば、出ていく魔力も感じることが出来る。しかし、それも暴走する魔力が行ったり来たりをしているためとても分かりにくい。
「ここからが本番だ。私は自分の魔力を消費することができないから、せいぜい目印の魔力をここに留まらせることが精一杯だ。この嵐は君が沈めるんだ」
僕の頭から一筋の汗が流れる。それくらい、ここに意識を留めるだけで集中力が要る作業だ。先生の目印がなきゃすぐに見失ってしまうほどに。でも、僕がエキ姉を助けるんだ。気合いを入れ直す。
「よし、次は魔力の質の調整方法を伝えていくよ。まずは、エフィムちゃんの魔力の質を感じ取るんだ。噛み砕いていうと『魔力の濃度』が適切な表現かな。これだけ動き回っているから捉えるのは難しいと思うけど、一部分に集中すると感じやすいと思う」
「はい」
言われた通りに、さらに意識を深く持っていく。とは言っても、動き回っている魔力の濃さなんてわかるはずがない。もっと動きが静かなところを探さなきゃ。
先生の魔力を目印に周囲を探してみると、なにやら比較的魔力の流れが穏やかなところが見えてくる。そこから魔力がにじみ出ている感じがする。どうやらエキ姉の魔力が生み出される場所のようだ。そこは一方的に魔力が排出されているだけなので、魔力の流れが比較的一定なのだ。ここなら魔力を感じやすそうだ。
しかし、ただ感じとるだけでは、エキ姉の魔力の質なんて分かるはずもない。そのため、僕は自分の魔力をそこにそっと差し出して流れに触れてみる。感覚に的には流れている川に手を入れてみるような感じか。
異物が混入し、さらに体の深部に届いたからか、寝ているエキ姉の方から「うぅぅ」と苦悶の声が聞こえてくる。しかし、ここでやめてしまっては意味がない。大丈夫なことを祈りつつ作業に集中する。
僕の魔力は周囲の暴走した魔力が邪魔をして流されそうになるが、必死にこらえながらエキ姉の魔力を感じ取る。そこでようやく、濃さが一定の場所を見つけることができた。
「先生見つけました。濃さが一定のところ。多分これが、魔力の質を表しているところだと思います」
「そうか……でかした。それじゃぁ、次に波長を感じ取るよ。魔力には一定の波が存在する。これが一番難しいと思うけど、その周期を感じ取るんだ。これはもう感覚でしかない。その人の声を聞いて真似するようなものだからね」
「はい」
再び意識を集中する。先ほど見つけた魔力をさらに感じ取ろうとしてみる。そうして何分、何十分だろうか……。意識を集中し続けると、僕の魔力との若干の違いが分かるようになってくる。
どう表現したら良いか分からないが、僕の魔力と比較して、エキ姉の魔力は暖かく、優しい感じがする。そして、なぜか孤独な印象を受けた。これが波長と関係あるのか分からないけど、僕に分かるのはここまでだと思う。
「先生、波長か分からないですけど、エキ姉の魔力を感じました」
「よし、では最後のフェーズだ。そのままエフィムちゃんの魔力と同じになるように君の魔力を変質させていくんだ」
「変質……、つまり、僕の魔力をエキ姉と同じくらい優しくするのかな」
「君がエフィムちゃんの魔力を優しいと感じたなら、それに合わせると良い。ここまでくると私に助言できることは何もない。エフィムちゃんのこと頼んだよ」
僕は再度集中し直して「はい」と返事をする。
僕の魔力は自分で言っておいてなんだけど、じんわりと暖かくて、強い光を放っているような感じだ。エキ姉のような優しく包み込むような暖かさとはまた方向性が違う気がする。同じなのは孤独を感じること。ここから、魔力の波長を合わせてみる。
なぜ孤独に感じるのか、それは多分この魔力の揺らめきにあるのだと思う。エキ姉の魔力は小さく膨張と縮小を繰り返しており、表面は安定せずにゆらめいている。その動きがどこか孤独を感じさせているのかもしれない。この動きに合わせて僕の魔力の動きも合わせていく。すると、似たような動きに近づけることができた。
次は光の強さだ。僕の魔力は強い光で主張するのに対して、エキ姉の光はぼんやりとしていて、輪郭がはっきりしていない。例えるなら、僕は真夏の太陽のような光で、エキ姉はろうそくに灯した火や蛍の光のような淡い感じだ。
エキ姉と同じにするには、僕の魔力の主張が強すぎる。もっと抑えて、光の量を調節する。すると光は弱くなったが、エキ姉のように淡い光にならなく、単なる弱々しい光になってしまった。こうではない。もっと考えなければならない。
さっきは孤独という単語からその時の期待と結びつけて考えたらうまくいきそうだった。ということは、これも感情や想いといったところが影響するのではないか。
淡いと弱いの違い。僕とエキ姉の違いを考えてみた。エキ姉はいつも明るくて思いやりがあって、自分の思っていることはまっすぐに伝えるような人だ。正直者で、天真爛漫でみんなから好かれている。反対に僕はいつも根暗で言われたことしかやらない自己中心的な人間で、ひねくれ者だ。同じところは一つもないけど、一つずつエキ姉に近づいてみよう。
まずは、明るい性格なイメージ。僕が人と明るく接する場面なんて想像もできないけど、エキ姉と話している時を想像すれば少しはマシかな。そのイメージを強く持って、僕の魔力に反応させてみる。
しかし、魔力は変わらず、むしろ光量が増えてしまった。これではないようだ。
次は正直者でまっすぐな人間をイメージする。すると、魔力は色をさらに白くし、ロウソクのような淡いオレンジ色からは遠ざかってしまった。これもダメだ。
まだだ。次は思いやりがある人間をイメージする。なぜだか、これは簡単にイメージできた。エキ姉はもちろんだけど、僕が小さかった頃の両親や、仕事先のメルケルさんなど、簡単に想像と結びつけることができた。今の僕にはできないけれど、いつかはああいった優しさを持ってみたい。そう思い、心が暖かくなっていると、僕の目の前にある魔力が落ち着いた淡いオレンジ色を放っていた。
これでようやく、エキ姉の魔力の波長に合わせることができたと思う。あとは、魔力の濃淡をできる限り合わせて完成だ。
「先生、多分波長があったと思います。どうしたら暴走を止められますか?」
「……あ、あぁ、見ていれば分かる。うまくいったようだね。そのまま君の魔力をエフィムちゃんの体全体に広げていくイメージだ。暴走している魔力達に、これが本来の姿だと思い出させるんだ。」
僕は先生に言われた通り、落ち着いた空間から変質させた魔力を少しずつ広げていく。荒れ狂う魔力の中に僕の魔力が近づくと、エキ姉の魔力が落ち着きを取り戻していくのが分かる。そうとわかれば話は早い。僕は胸の中心から全身に広がるように魔力を展開させていく。
すると、エキ姉の魔力がみるみるうちに落ち着いていく。手から伝わる荒かった呼吸もゆっくりと落ち着いたものに変わっているのが分かる。
「先生どうですか?」
僕は集中するために、ずっと目を瞑っている。まだ集中を切らさないように瞑り続けているため、容態を先生に確認してもらう。
「あぁ、信じられないよ……。成功だ。エフィムちゃんの容態が落ち着いた」
その言葉を聞き、僕も安心して目を開ける。
そこには先ほどと違って、朱に染まった顔色が戻っており、呼吸も安定しているエキ姉がいた。素人目に見ても分かるぐらいに。
そして、腕のあざを見てみると、まだ跡は残っていたが、だいぶ薄くなっているのがわかった。そこまで確認すると急に疲れがどっと襲ってきた。僕はエキ姉の上にもたれかかるように体を倒す。
「よかった。本当によかった」
僕の目の端からは涙が流れてきていた。