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落ちこぼれの神殺し  作者: 雲上常晴
4/7

 翌朝、普段通りに朝の日課をこなしていると、なにやら村の方が騒がしい。こんな朝早い時間に喧騒が聞こえてくるのはなにか重大なことがあったのかと、僕は騒ぎの方へ足を向けた。


 どうやら、騒ぎの中心は僕の家からでも目視で見えるエキ姉の家。つまり村長の家だったようだ。さらに近づいていくと、家のみんなが慌てて何処かに連絡をつけているようだ。


「何かあったんですか?」


 たまたま近くを通りかかった見知った顔のメルケルさんに尋ねてみる。


「ん?あ、あぁツキカか。今ちょっとそれどころじゃなくてな、急いでいるんだ。早くエフィムを医者に見せてやらないと」


 そう行って足早に立ち去ってしまった。


 エフィムとはエフィムキシルの略だ。僕はエキ姉なんて変わった呼び方しているけど、村のみんなは大体エフィムと呼んでいる。そのエキ姉を医者に見せなきゃならないほどのことがあったようだ。


 僕の心臓が早鐘を打つ。何か嫌な予感がして、僕は走り出す。


 人の家だろうと御構いなしに上がり込み、エキ姉のいる場所を目指す。途中家の人に制止されたが、そんなことに構っている暇はない。一目散に駆けつけた奥の部屋の中にエキ姉は居た。


 エキ姉は布団に横になっており、苦しそうな表情をしていた。額には大粒の汗を滲ませて、顔も紅潮している。そして、目を引いたのは、布団から出された腕に黒いあざのようなものがあったのだ。よく見るとやや紫がかっていて、枯れゆく花のようにしわができている。ただの熱で、そんなものが出るなんて聞いたことがない。


「エキ姉、エキ姉!」


 僕の不安は最高潮となり、必死になってエキ姉の名前を呼んだ。エキ姉は苦しそうな表情で起きる気配は見られない。周りの大人はエフィムに無理をさせるなと僕を引き剥がそうとしている。わかっている。わかっているけど……。


 僕の心は荒れ狂った嵐のように不安が渦巻いていた。

 

 


 少しすると、いつも農作業でお世話になっているメルケルさんが若そうな女性を連れてきた。年齢は20代くらいだろうか。長い髪を後ろ一つに結んでおり、精悍な顔つきをしている。


 いつもエキ姉の体調が悪くなった時に見てくれる薬師兼お医者さんだ。元々体の弱いエキ姉を定期的に診てくれていた。今日はたまたま定期健診の日だったそうで、すでに近くまで来ていたそうだ。


「先生、こちらです。今朝なぜか玄関で倒れているところを家族が見つけたそうで、いつもの風邪かとも思ったのですが、様子が違うので横にさせていたところです」

 

 先生はメルケルさんに案内され、すぐにエキ姉を診てくれる。その手際はテキパキとしており、無駄を感じさせない動きだった。エキ姉の腕や首に触れて腕に巻かれた時計を見ながら何かを確かめている。次いで、よく冷えた井戸水を家の者に取りに行かせ、絞ったタオルを額に当てる。最後になにやらカバンから取り出した薬草を煎じて、お茶を入れる急須のような容器に水と共に注いでいく。何度か回すようにして混ぜた後、エキ姉の口に当てて、その容器でエキ姉の口に流し込んでしく。


 そこまで行った先生は一息ついて気になっていたものでも見るように腕のあざへと目を移す。そして、先生は腕のそれを見て動きが止まった。

 

「これは……」


しばらく沈黙して何かを考えた後、先生は家族の方へ座り直す。そして真面目な顔つきで話し始めた。


「処置は終わりました。ひとまずこれで症状は落ち着くでしょう」


 その言葉に家族一同は皆ほっとした顔つきをするが、先生だけはこわばった顔のままだった。


「ですが、エフィムさんは厳しい状態にあります。このままいけば、本日中……長ければ明日明朝に息をひきとる可能性が高いと思われます」


 突然の余命宣告。状況が飲み込めない。意味も分からぬまま先生の動きと言葉の続きに耳を傾ける。先生は先ほどから見ているエキ姉の腕を差し出して家族に見えるようにする。


「こちらをご覧ください。この腕にある黒く紫のようなあざ。これはぶつけた際にできるあざとは全くの別物です。この黒く紫がかった特徴のあるあざが生じる病気は一つしかありません。『魔暴性黒紫症』です」


 聞いたこともない病名だ。他の家族も知らないと行った雰囲気だ。


「この病気は体内の魔力が暴走して身体を蝕む病気とされています。原因は分かっていなく、現在では治療法が確立していない不治の病です。村ではこう言った方が馴染みがあるかもしれません。『死神の求愛』。」


 その言葉を聞いて、ここにいる全員が戦慄し、同時に理解した。『死神の求愛』は古くから伝わる呪いの一種とされている。村や小さな街などではその呼び名の方が馴染み深い。小さい頃から昔ながらの伝承物語でよく聞かされるのだ。僕も両親から聞いたことがある。


 内容はこんな感じだったはずだ。



 

 それは昔、ある村に一人の少女がいました。その少女はとても優しく、美しく、誰からも好かれるとても可憐な少女でした。少女は花が好きで、いつも頭には一輪の花を飾りつけていて、村人達からは『花の少女』と慕われていました。


 ある夜更け、そんな少女の元に一体の死神がやってきたのでした。それは、大きな体を持ち、全身を真っ黒なボロボロのローブを纏い、手には大鎌を携え、顔は骸骨のような姿をした恐ろしい存在だった。


「お前は美しい。俺のもになれ」


 少女は首を振って否定します。


「私には愛する家族と村の仲間たちがいます。あなたと一緒にはいけません」


 死神を前にしても臆さずにはっきりと意思を伝えることができる人間は珍しかった。死神は驚き、さらに少女が愛おしくなります。なんとしてでも少女が欲しくなり、こんな提案をします。


「お前が俺についてこなければ、その家族や仲間たちを一人ずつ殺していく。お前は人殺しとなるのだ。それでもついていかないというのか?」


 少女は困り果てます。みんなと離れるのは嫌だ。しかし、離れなければみんなが死んでしまう。悩み抜いた末に少女はこう答えます。


「1日時間をください。みんなとお別れをしたいのです」


「よかろう、ただし、私のことは他のものに話してはならぬ。さもなくば……」


 少女は無言でうなづきます。


「では明日の明朝、夜が明ける直前にお前を迎えにくる。それまでは、お前に逃げられぬよう目印をつけさせてもらう」


 死神の手が不気味に黒く光ったと思うと、少女の腕には黒と紫色を混ぜたようなあざができていました。その後、死神は空気に解けるように消えて行きました。


 翌朝、村人たちは急に少女の腕にあざができたことに驚いていましたが、そんなこと気にしている余裕はありません。少女は急いでお世話になった人や仲の良かった人たちに感謝や楽しかったことなどを伝えて回りました。そして困っている相手には些細なことでもその手伝いをして過ごしました。


 気がつくと、夜も更け遠くの空が白み始めていました。


 少女は思いました。なぜ私が、死神の呪いにかけられないといけなかったのか。こんな理不尽が今後も仲間たちを襲って行くのか。そう考える悲しくなってくる。


 空を見ると一筋の流れ星が明るみ掛かった空を泳いでいく。少女は初めて他人の不幸を願いました。願わくは理不尽な死神には相応の罰をお与えください。私の家族が、仲間達が、恐れなくても良い世界に……。


 そうして、朝方になると少女は忽然と姿を消したのであった。少女の好きだった一輪の花を残して。


 おしまい




 皆が戦々恐々としている中、エキ姉は静かな呼吸を取り戻して眠りについていた。先生も無言の空間に耐えるように、いや、唇を噛み締めながら悔しそうにしているのがわかる。



 そうは言っても現在はまだ早朝と言っても良い時間だ。他のものは仕事がある。これ以上ここに居続けても仕方がないということになり、バラバラと皆仕事に向かっていった。しかし、僕だけはエキ姉が心配で離れたくなかった。それを見て察したのか、メルケルさんが今日の仕事をお休みにしてくれた。


 その言葉を聞くとエキ姉の両親(この村の村長夫妻)も僕に「何かあったらすぐに呼んでね、私たちは一旦冷静になってくるから」と言い残してその場を後にした。今残っているのは僕とエキ姉の先生だけだった。


 僕はエキ姉の手を握って必死に祈っていた。何もできない自分に自己嫌悪をしながら、ただただ祈るしかなかった。


 そんな僕に先生が話しかけてきた。


「君は、エフィムちゃんの恋人?」


 いきなり聞かれたものだから、びっくりしてぽかんとしてしまったけど、すぐに「違います」と否定する。


「じゃぁ、エフィムちゃんの大切な人だ。前に話を聞いたことがあるんだ。エフィムちゃんには大切に想っている男の子がいて、私はその子のことを家族のように思っているんだってね。きっとその子は君のことだってすぐにわかったよ」


「……」


「私はね、前にもこの『死神の求愛』を受けた患者さんを見たことがあるんだ」


 僕はその言葉を聞いて、バッと顔を上げる。もしかしたらまだ残された可能性があるのかと思って。


「もう何十年も前の話だけどね。その時はまだ医者になってもいなかったから。ただ苦しむ姿を見ていることしかできなかったんだ。そして、たぶん今回も……」


 その後に続く言葉は聞きたくなかった。僕は少し遮るようにして、お医者さんに尋ねる。


「先生、さっき先生はこの病気は魔力が暴走して体を蝕むって言ってましたよね?」


「そうだよ」


「それじゃあ、死神は関係ないってことですよね?」


「私たち医者の中では死神との関連性は否定されているよ。あくまで病気の一種だからね。ただ、数少ない症例の中でも、一時的に意識を取り戻した患者さんの中には『死神に会った』と話している人がいるのも事実なんだ」


「なら、魔力の暴走を抑えるか、死神を殺せばこの病気は治る病気になるってことですよね」


「……まぁ、そういうことになるね。ただ魔力に関しては、それを一時的に落ち着かせる程度の薬草しか見つかっていないし、外科的方法も確立していない。死神に至っては目に見えないから、そもそも存在しているかも謎だしね」


 先生はそう言って、自嘲気味に笑う。自分で言っていて、何も解決策がないことをわかっているんだろう。僕はその話を冷静になって聞いていた。どうにか解決の糸口がないか頭を回転させて思考を巡らせる。


「……先生、それなら、魔力を体の外側から意図的操作してに落ち着かせるってことはできないんですか?魔法を使うみたいに」


 ……しばしの沈黙。先生もその考えはなかったのか、考え込んでいる。


「そうだね、考えたこともなかった。それができれば、何か糸口がつかめるかもしれない。けれど、その方法は今の私にはできない」


 先生は「だから」と続ける。


「やるとしたら、君がやるんだ。やり方は私も一緒に考える」


 僕は希望を見た気がした。それと同時にすごく重たい責任を背負ったような気持ちになった。エキ姉の命は僕にかかっている。僕が失敗すればエキ姉は……。


 嫌な予感を振り切って僕は決心する。必ず成功してみせる。絶対にエキ姉を助けるんだ。


 先生も僕の意気込みを見て決心がついたのか真剣な顔つきになっている。


「さぁやってみよう」

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