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落ちこぼれの神殺し  作者: 雲上常晴
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 僕は逃げてきていた。僕の家よりもさらに村から外れたところ。普段は誰も寄り付かない、森の奥の小さな丘だ。昔から何かあるとここに逃げ込んで来ていた。


 空を見ると、太陽はすでに沈んでおり、残光が空をかろうじて赤く照らしている。反対の空には、すでに満月が姿を見せ、その柔らかな月光を放っている。森の中は木々の影となり、すでに明かりは届いていない。僕のいるこの丘だけが、終わりゆく一日を見届けられるように、薄明るく照らされている状態だった。


 足元には春の花達が顔を出しており、優しい香りが時々鼻腔をくすぐる。近くの小川には、雪解け水によって、普段より水量を増した緩流がなんとも心地よい水音を立てている。そこを舞う光る虫の名前はわからないが、自由に揺蕩う姿を見て羨ましくなる。


 誰も居ないこの落ち着く空間は煩わしいことを考えなくて済む。


 「なにしているんだろう、僕は。」


 背の低い草に背中を預けて暁の空を仰ぎ見る。


 僕のために戦ってくれていたエキ姉すらもその場に置いてきて、逃げ出した。何もかもを見えていないことにして置いて来てしまった。


「エキ姉、怒るだろうなぁ…」


罪悪感が後になって僕を襲ってくる。


 けれど、目の前で繰り広げられた魔法(才能)のショーを見せつけられて、僕は耐えられなくなった。雑草のように何もできない自分が嫌で、いつも守られているだけの自分が嫌で、華々しく咲く花を見ているのが辛くなったんだ。


 だから、あの時、僕は僕自身からも逃げ出していたんだ。


 情けなくて、深いため息が出てくる。


 目を閉じて何もかもをなかったことにして、このまま永遠の眠りにでもついてみたい。全てを捨て去って楽になってしまいたい。しばらくそうやってぼーっとしていた。


 すると、誰も居ないはずの空間に走り寄るような足音が聞こえる。

 

 「ツキカ!……ハァハァ、やっぱりここにいた」


 目を開けると、息を切らしたエキ姉がいた。その表情は安心したような、怒っているような、悲しいような何とも複雑な様子だ。この表情を作り出しているのは間違い無く僕なわけだが。


 「ふぅー。あんた、いい度胸ね。気付いたら、庇った私まで置いて、こんなところまで逃げ出すなんてね……。私、何のために戦っているのか分からなくなっちゃったじゃない」


「……ごめん」


 その言葉に僕は何も言えなくなった。


「そう素直に謝られると、この怒りをどこにやったらいいのよ!んんんー!もう!大体ねぇ……」


 エキ姉はその後も、ひとしきり文句を僕に言いつけた。


 しばらく経つと落ち着いてきたのかこんなことを聞いてきた。


「はぁ、ツキカ。また魔法が使えなくていじめられてたんだって?」


「……うん」


 エキ姉は僕の隣にトスンと腰を下ろす。


「どうしてやり返さないのよ、普段から体を鍛えて素振りもしてるじゃない。棒の一本でもあればあんたなら負けないでしょう」


「あの時は授業が終わってすぐに両手捕まって、どうしようもなかったんだよ。仮に棒があったとしても、人数もいたし、魔法の前には僕の力なんて……。」


 自分の手を見て改めて無力さを感じる。




「……私、あなたが好きよ」




 あまりにも突拍子もない告白に空気が固まった。僕も何を言われているか分からなかった。いじめの話をしていたんじゃないのか。それでも、時間が経つにつれて言葉を理解し、体温が上がってくるのを感じる。顔を見られるのが恥ずかしくて急いで俯く。


「そ、それはどういう……」


「そのままの意味よ。私はツキカが好きなの。」


 まっすぐな目と言葉に僕がたじたじになっていると、エキ姉からさらに言葉が紡がれる。


「あっ、もちろん異性的な意味じゃ無くてね。人間としてのツキカが好きなの」


 またしばらくの硬直。言葉の浮き沈みに抑揚がありすぎる。理解に十分な時間を置いて、なぜか悲しい自分と安心している自分がいた。


「あれ、もしかして、私が『愛』の意味でツキカを好きだと思ってるって勘違いした?ねぇねぇ?」


 エキ姉はニヤニヤしながら、肘でぐりぐりと脇腹を突いてくる。


「う、うるさいなぁ。そんなこと思ってないよ」


「なぁーんだ。でも、安心して。私が恋愛的に好きなのは冷剣サテン様のような綺麗で強くて、かっこいい完璧な人よ。性別だけは難点ね。あちらも女性だから。あっ、でも今のご時世ならそんなことも関係ないか……」


 そんな恍惚した表情で語られても……。


「じゃなくて、何で私がツキカを好きって言ったかと言うとね……」


 もうさすがに話のスピードにもついてこれるようになった。エキ姉の話は昔からこんな感じだからそうと思えば理解できなくもないのだ。


「魔法がうまく使えないって世間ではあまり……というか、大分よく思われないじゃない。そんなことはツキカが一番よくわかっていると思う。でも、私が好きなのは、そんな状況でも諦めないで泥臭くてでも努力して、何とかしようと必死になって頑張っている姿なの」


 黙って話を聞く。

 

「私思うんだけどね、ツキカってある意味で天才なんだと思う。普通魔法っていう大きな事で挫折したら、諦めちゃうじゃない。でもツキカは生きる事を諦めずに他の道がないか探りながら努力して生きようとしている」


「でも、所詮僕は雑草だよ。」


「ん、そうだね。雑草だ。あんたいいこと言うじゃない。どんなに踏まれても立ち上がって、生きようとしている。私は雑草が好きなんだね」


 ニカッと笑うエキ姉を見ていると、なんだか悩んでいたことが大したことがなくなったようで、少し安心する。


「と言うか、雑草とは大きく出たもんだね、特別な雑草は、時には大木が必要な大地の栄養すら奪い取って枯らすこともあるらしいよ。自分が生きるために手段を選ばないって感じがするよね。」

 

 エキ姉はケラケラと笑いながら、少し意地悪く僕をからかう。


「ツキカはすごい。それはツキカのことを一番わかっている私が保証してあげる」


 ストンッ


 その言葉を聞いて、僕は心が落ち着くのを感じた。……そうか、僕は誰かに近くにいて欲しかったのか。理解してもらいたかったのか。……認めて、もらいたかったのか。


 そう考えると妙に納得できている自分がいた。そして自覚するのと同時に涙が頬を伝っていた。どんどんと溢れ出てくるものを止めようともしない。僕は嬉しかったのかもしれない。今まで家族以外に優しくなんてされたことがなかった。それこそ無償の『愛』のようなものに触れて、昔の両親を思い出しているのかもしれない。


「家族、か……」


 今はすでにいなくなってしまった僕の家族。もう数年は立って辛いことばかりだと思っていた。それでもしっかりと、ちゃんと生きていたら見てくれている人がいた。認めてくれる人がいた。これほど嬉しいことがあるだろうか。今の僕に家族がいたらこんな感じなのかな。姉がいたらこんな感じなのかな。僕の心の曇りが晴れていくのを感じた。


 一人で納得して、顔を上げると、なぜか顔を赤くしたエキ姉がいた。


「か、か、か、家族って、ツ、ツキカのお嫁さんってこと?あんた泣きながらなに言ってるのよ?あ、いやまぁ、でも悪くはないかなぁってか、嫌じゃないって言うか……」


「ぷっ、ふふふ、エキ姉?」


 何か様子がおかしいエキ姉に声をかけると、「ヒャい」なんて声を出すから、なんだかおかしくなって僕は笑ってしまった。こんなに楽しい気分になったのはいつぶりだろう。僕の笑い声がすっかり暗くなった星空に溶け込んでいく。


「ぷっ、あははは」


 その様子を見て、エキ姉も面白くなったのか僕と一緒に笑ってくれた。

 

 二人の笑い声がする暗い森なんて、外から見たら不気味かもしれないが、それでも僕たちは笑った。風も、空気も、緑も、花も、月も、全てが笑ってくれていた気がした。


 幸せって、自分の意識一つで変わるもんなんだな。これまでは全てが敵に見えていたから、こんなこと思いもしなかったけど、自分が幸せな時は自然すら味方になってくれたような感じがするなんて……。人間とはつくづく単純な生き物だなって感じる。


「はぁーおっかしー。なにに笑ってんだろうね私達。バッカみたい。あっ、そうだ、ツキカあの魔法見せてよ、前に見せてくれた綺麗なやつ」


「そうだね、今見たらもっと綺麗に見えそう。けど、あんまり期待しすぎないでよ?」


「大丈夫よ!明るい時に見てもすごく素敵だったんだから、今見たら絶対綺麗よ!」


「うん、それならやってみるね」


 僕は集中し始める。以前に見せた時はまだ原型ができたばかりで、うまく形が作れなかった。でも、あれから練習を重ねてかなり上達したと思う。


 僕は魔力を練り上げる。大事なのはイメージだ。頭の中で表現したい魔法を明確に形にしていく。魔力はできる限り優しく扱い、幸せな気持ちをいっぱい込めて、呪文を口にする。


「我求るは、火の力、()()()()【フラワートーチ】」


 僕の手から、練り上げた魔力に弱々しいが、灯火のような火を付ける。消えないように大事に手のひらで囲み、徐々に色をつけ、形を成していく。


 花弁の一枚一枚が形を成していき、折り重なって、一つの淡いオレンジ色の花を作り出す。、拳くらいの大きさになったところで、手の中から咲き誇り、フワフワと空に解き放たれる。


 仄かに灯された花弁は柔らかそうで、夜風に揺られても暖かそうで、自然のものだけどそうではなくて。あたりの暗さがその美しさと儚さを演出して、見ているものの心を奪っていく。


 次いで黄色、白色、水色、青色と変化した花達が次々に空へ解き放たれ、僕たちの周りを取り囲むように様々な色彩の灯火の花が舞っていた。


 それは、周囲の環境にも溶け込んだ。


 小川の水に浮かぶ睡蓮の花のように、悠然と揺蕩う花。その緩やかな流れの水面には、常世の世界にも現した灯火の花が咲き誇り、現世との境界を曖昧にする。その近くを悠然と舞う光る虫から、淡い光がゆらゆらと揺らめいている。


 少し視線をあげれば、夜風にそっと揺らされた木々の葉と共に佇むツツジような灯火の花。夜風に揺られながらもその存在に揺るぎなく、強く、したたかに咲き誇っている。小さく実り始めた赤い木の実と仲良く遊んでいる姿はまるで兄弟のようだ。


 星にキラキラと照らされて自身も星だと言いたげなスターチスのような花。大地に咲く現世の花と共に並んでいるとここが天なのか地なのか錯覚してしまうほどだ。


 それら全てが調和されていた。


 思わず僕たちは立ち上がって、その光景に見とれてしまった。自分でやっておいて言うのもおかしいが、ここはあまりにも非日常で、幻想的で、現実味がなくて……。まるで、御伽噺の中の世界のようだった。


「……」

「……」


 僕らの間は、静寂がこの場を支配していた。少し耳をすませば、葉と葉がせせらぐ音や虫の鳴き声、川の流れるとなどが聞こえてくるはずなのに、なにも耳には入ってこない。かすかに感じるのは互いの息遣いのみ。

 

 どれくらいの時が流れたのだろう。しばらくして、沈黙を破ったのはエキ姉だった。

 

「……やっぱり、ツキカは天才だよ。天才すぎるよ。村の誰でもこんな綺麗な魔法は使えない。私たちが使える()()の魔法なんて目じゃないよ。これはそれくらい常識はずれだわ。しかも、オリジナルで()()()の呪文なんて、まるで御伽噺の英雄みたい」


 僕はなにを答えるでもなく、その言葉を聞いていた。ずっと聞いて居たかった。


「私、たまに思うんだ。ツキカは神様の使いなんだって。時折、現実にいないような遠い目をしている時があるし、魔法が苦手かと思ったらこんなことができる。だから、今の状況は神様が与えている試練だって思ったらすんなり理解できたの。それくらい、ツキカは突拍子もなくてすごい」


「……」

 

「ツキカ……ツキカは魔法が好き?」


「……っ!」


 すぐに喉まで出かかった言葉が一瞬止まる。


 僕は魔法が好きなのだろうか……。今まで散々馬鹿にされてきたし、それが原因でいじめられてきた。使えないから生活だって大変だったし、仕事も遅いって何度も怒られた。


 けれど……。


 僕は魔法を嫌いにはなれなかった。僕の中にある魔法は、いつも僕と誰かを引き合わせてくれる。優しくしてくれる。両親との良き思い出もまた魔法の中にある。エキ姉も僕の魔法を認めてくれた。


 何より、僕にとっての魔法は特別に感じている。生活の道具としてじゃない。他人を傷つける手段じゃない。人を守って、癒して、人と人とを、心と心を繋ぐ。そんな魔法が僕はとっても好きになっていたんだ。僕はもう魔法に取り憑かれた哀れな生物なんだ。誰よりも魔法に魅せられて、こんなオリジナルの魔法まで作っている。我ながら極端だと自笑しつつ、このことに気づかせてくれたエキ姉に感謝の意を込めて答える。


「うん、僕は魔法が好きだ」


 今、自分の意思をはっきり感じた。これが僕の今の気持ちなんだって初めて認識できた。これ以上でもこれ以下でもない。これが僕なんだと、僕の輪郭がはっきりした気がした。

 

「私もツキカの魔法大好きだよ」


 それを聞いて、エキ姉はとびっきりの笑顔で答えた。


 そこはちょうど丘の真ん中で、エキ姉は月のスポットライトを浴びていた。あたりに満ちる灯火の魔法や虫の光、星々の輝き、そして揺れる白いリボン。これらの幻想的な景色に包まれたエキ姉を見て、僕は息を飲んだ。触れればすぐに壊れてしまいそうなほど儚くて、けれど身近な存在で、世界で一番可憐な花を見ているようだった。


 ……こんなにも美しい夜があったなんて。


 


「ツキカ、ありがとう……。大好きだよ」


 風に吹かれて飛んで行ったその言葉は誰に届くわけでもなく、夜闇に溶け込んでいった。

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