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落ちこぼれの神殺し  作者: 雲上常晴
2/7

 朝食を食べ終えて、向かったのは村の外れにある大きな畑だ。ここは村長管轄の敷地で、両親のいない僕が食い扶持に困らない様に仕事を分けて貰っている。


 畑が近づくと春の風の匂いと一緒に土の匂いが感じられ、一面に耕された土が広がっている。

 少し先には今日の仕事をするために何人かがもう集まっている。僕は急いで舗装されていない土の道を駆ける。


「おはようございます、今日もよろしくお願いします」


「おう! よろしくな!」


 ニカッと笑い、威勢よく返事をしたのは、村長の兄弟のメルケルさんだ。


 とても気の良い人で、この畑の責任者であり、畑仕事の指揮をとってくれてる。こんな僕にも気兼ねなく接してくれる数少ない存在だ。


「今日は教会塾の日だったか?」


「はい、15の刻からです」


「わかった、そうしたら……」


短いやり取りを終えるとメルケルさんはテキパキと周りの人に指示を出して行く。他にも5人の人達が汗水を流して働いている。


「ツキカは東の区画を頼む、今日から作付けだからハードになって行くぞ」


この村では稲作が盛んで、この時期からどんどん作業量が増えて忙しくなっていく。


「分かりました、空いてるところから作付けしていきます」


 踵を返して、作業場に行こうとした時に再度声を掛けられる。


「……ツキカ、大丈夫か?」


 心配そうに顔をして、メルケルさんが声をかけてくれる。心遣いに感謝しながらも、僕はやや苦笑いになってしまう。本当にこの人は気がまわる人だ。


「大丈夫ですよ」


 作り笑いで答えると、それを見かねたのか、メルケルさんは少しキョロキョロしてから、僕に耳打ちした。


「ここだけの話、お前の関わった畑だけ、作物が美味しくなるって、今うちの奴らの噂になってんだ。甘みが増すとか作物が大きくなるとか。仕事も丁寧だし、これからもよろしくな!」


 いつものトレードマークの笑顔を再度向けられ、悶々としてたのも馬鹿らしく思えてきた。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。では、行ってきます。」


 振り返るとメルケルさんが手を振って応援してくれていた。

 

 

 東の区画は畑の中でも一番大きい区画で、僕の他にも3人の人が先に来ていた。何やら話している様だが、いつもの事なので大体想像がつく。


「チッ、あいつもここかよ」

「ホント村長も物好きよね、こんな落ちこぼれなんか拾って雇うなんて」

「そんなやつに構ってないでさっさと作業進めよう、またメルケルさんにドヤされちまう」


 各々僕を睨め付ける様に一瞥して、それぞれの場所へ散って行く。


 こんな対応は僕にとって日常茶飯事だ。いちいち反応してられない。


「よろしくお願いします」

 僕は3人のいる空間に対して簡素な挨拶をし、作業を開始した。




 午後からの作業も、もう少しで一区切りの頃、メルケルさんが声を掛けに来た。


「ツキカ、時間だからそろそろ上がっていいぞ」


 太陽の位置を見ると 真上からやや傾いた所に位置している。春先のこの時間は少し肌寒くなり始める時間だ。


「わざわざありがとうございます。もう少しでキリのいいところまで行くのでそこまで終わらせたら上がらせてもらいますね」


「おう、無理すんなよ」

 また明日よろしくな、と言い残してメルケルさんも作業に戻って行く。


「さて、もう少し頑張ろうか」




 畑仕事を終えて、汗と汚れを拭いてから次の目的地である教会に向かう。


 この村では、言葉、読み書き、常識など、簡単な教養を身につけるため、5歳から週に3回教会で学び舎に参加する。教師役は村の教会に勤めている牧師さんで、時間の合間を見て教えてくれている。


 僕は通い始めてもう5年目になり、今年いっぱい通えば晴れて卒業となる。10歳以降は本格的に仕事を学び始めるのがこの村の習わしだ。


 そうこうしているうちに、教会が見えて来た。すぐ近くには、青空のもとに設置された机と椅子がならんでいる。5〜10歳程度の子供達がすでに席についており、牧師の話を聞いている様だ。来ているのは全部で20人くらいで、大体が農家の子息だ。ちなみに年長の10歳は僕を含めて3人だけとなっている。


少し駆け足で一番後方の机へと駆け寄り、牧師に声を掛ける。


「すみません、少し遅れました」


前を向いていた周りの目線が一斉に集まりチクチクと刺してくる。


「……早く席につきなさい」

少し訝しむ目を向けて牧師は僕に指示を出す。


 すみません、と小さく謝り空いている木でできたボロボロの椅子に着席する。周りは興味を無くしたのかすでに牧師へと視線を戻しており、すぐに授業が始まる。


「はい、今日は魔法について学んで行こうと思います。もう使える人の方が多いと思いますが、改めて基本的な内容を確認をして行きます」


 牧師がチラリと僕を流し目に見るのは気付かないふりをしてやり過ごす。


「そうですね……口で言うよりまずは実際に皆さんで試してみましょう。私に続けて…」


「我求むるは、朱の力」

「「「我求むるは、朱の力」


「【ファイアボール】」

「「「【ファイアボール】!!!」」」


 牧師と同じように皆で手を天に掲げて呪文を唱える。

すると、身体から魔力が抜けて行くのと同時に僕の手のひらから小指の先ほど火の玉が上空へ打ち上げられる。周りも同じように火の玉が上がるが、殆どが人の頭程度の大きさだ。牧師はその事には触れずに続けて話す。


「と、まぁこのように人の魔力と呪文によって魔法は発動します。そうしてもう一つ大事な要素はイメージです。曖昧な想像のまま魔法を使おうといても、曖昧な発動しかしません。魔法は使い手次第で人の助けになったり、傷つけてしまうことがあります。正しく扱える様に正しい知識を身につけましょう」


 そう言って牧師が基本的な知識を説明していく。


 魔法とは基本的な6つの位階が存在している。

火、水、風、土、光、闇 とあり、先に述べた順より徐々に習得する難易度が上がっていく。


 1番簡単なのは火の位階で大体は5歳頃から扱えるようになる。学舎が5歳からなのはそう言った意味合いが強い。


 そして水、風の位階までは一般人にもある程度扱えるようになることがほとんどだ。魔法はすでに生活の一部で、魔法の無い生活は今や昔の話。水を汲みに行かなくて良いし、火種はいらない。ちょっとした洗濯物なら風で乾かすことも出来る。魔法は日常生活の中で大きな役割をになっている。

 ちなみに、職業として魔術師になるには急に難易度が上がる土の位階以上が扱えなければならない。光の位階は魔術師の中でもほんの一握り、闇の位階に至っては、その中でも天才の部類にならないと使いこなす事が出来ない。


「ほとんどの人が風の位階までは遅くても8歳までに扱えるのが世間の常識です。この中にはまだ魔法を扱い始めたばっかりで火や水の位階までしか扱えない人もいるとは思いますが、その内に風の位階まで扱えるようになっていくでしょう」


 牧師が説明をひと段落すると、一人の男子から声が上がる。


「先生!10歳になっても火の位階もまともに使えない人はどういう事なんですかー?」


 あえて大きな声で質問するのは、この村でガキ大将をしている、同い年のオットソーだ。さっきの試し打ちの時からずっとニヤニヤしながら俺の方を見て続けている。


「そこのツキカ君は俺と同じ10歳になってるのに火の位階以外を使ってるところを見たことがありませーん。しかも火の位階もまともに出来ないみたいでーす。つまり人間じゃないってことですか?」


 そう言うと集まっている子供達は笑い始める。小さな子もガキ大将が言っているからか一緒になって僕を笑う。


「まぁまぁ、一応『ほとんどの人が』と言ったのは例外があるからなのです。極々稀に生まれ持ってして基本的な6つの位階以外に属性魔法という魔法を扱える人達がいます。」


「そうゆう特別な人達を『ユニーク』って言うんだろー?」


「その通りです。『ユニーク』の方達は例外なく強力な属性魔法が扱えますが、代わりに基本6位階を扱う事が出来ません。しかし、属性魔法は有用な事が多く、6位階魔法が無くとも国に貢献しています。有名なところでいうと、『戦神ナスタム』様は身体強化に特化した無属性魔法、『管理者フラウィー』様は植物を操る木属性、後は……最近名を上げてきた『冷剣サテン』様は氷を操ると言われていますね。

 そして、みな基本6位階の魔法は扱う事が出来ません。例外として、賢者オリーブ様のみ、ユニーク属性の『雷』と基本6位階魔法を扱う事が出来ますが、本人のみぞ知っている、未だ謎に包まれたことなのです」


 僕がそれを聞いていて思った事は、つまりユニーク持ちは基本6位階を全く使えない。だがツキカ、お前は火の位階が若干でも使えるから、ただすごく魔法が扱うのが苦手な『落ちこぼれ』だという事。


 そんな事は言われなくても痛いほど分かっている。この数年間何度同じ事を言われてきた事か……。8歳以上の子は牧師が言わんとしていることが分かっているため、ニヤニヤと僕を見て笑うか蔑む目で見るかのどちらかだ。


 そして、7歳以下の子にも分かるようにオットソーが得意げに説明する。


「じゃぁ先生!ここにいるツキカ君はユニーク持ちでも無いのに魔法がほとんど使えない無能という事なんですね!」


「…………」


 牧師は体裁を保つためか何も言わないが、見下すように僕の方を見ている。


 腹立たしいが事実ではある為、何も言い返す事が出来ない。僕も普通に魔法が使えてたら……。



 

 その後、基本的な魔法を確認して本日の講義は終了となった。僕としてはただただ不愉快な集まりだったので、さっさと帰り支度を済ます。


「よう!ツキカ、ちょっとツラ貸せよ」


 声を掛けてきたのは先程馬鹿にしてきていたガキ大将のオットソーだ。


「なに?僕もう帰るんだけど……」


 絶対に碌な事がないからさっさとこの場から離れたい。


「なんだよつれないなぁ、落ちこぼれのお前に俺様が直々に魔法を教えてやろうってのに。いいから来いよ!」


「なっ、やめろよ!そんなの頼んでないよ!」


 拒否して帰ろうとするが、取り巻きの男子3人に取り囲まれ、力ずくで少し離れた広場に連れてかれる。


 遠目には牧師がこちらを見ていたが、何食わぬ顔で教会の中に戻って行った。


「よし!じゃぁ始めるとするか!まずはお前が見慣れてない水の位階から見せてやるよ!」


 オットソーはそう言うと両手を胸の前に構え、集中し始める。


「我求むるは、水の力」


 数秒すると両手の間に水の球が生成されてくる。


「よし、出来た!いけっ!【ウォーターボール】!」


 両手を僕に向けて叫ぶと水の球が勢いよく飛んでくる。


「おい、離せよ!」


 両手をさっきの取り巻き達が離さないため、避けようにも避けられずそのまま水の球が僕に直撃する。意外と威力があり、僕は1メートル程勢いよく吹き飛ばされる。取り巻きはちゃっかり手を離していた。


「うぅ……」


「アッハッハー!直撃だぁ!ずぶ濡れだなぁ!ツキカ!これが水の位階の魔法だぞ!」


 そう言って調子に乗ったのか、オットソーとその取り巻き達は、次々とウォーターボールを僕にぶつけてくる。まだ体制を整えれていない僕はなされるがままになる。


 全身がずぶ濡れになり、もはや乾いている所がない。どれだけの時間そうしていたか……。1分にも感じたし、数十分にも感じた。


 なんでこんな事になっているのか、僕は僕を呪わしく思う。僕に力があれば、、、。魔法がまともに使えればこんなことにならなかったはずだ。僕に幸せなんてかけらもなかったんだ。


 体とともにどんどん心も冷め切っていく。頭が空っぽになっていき、心が徐々に崩れていく感覚がする。もうやめてしまおうかな、、、。なにもかも。


 そう考えた時、フワッと何かが頭から掛けられた。それはよく見るとタオルだった。そして、ぼやけた視界の目の前には、白いリボンを括った女の子の後ろ姿があった。女の子は僕とオットソー達との間に立ちはだかってくれていた。


「我求るは、地の力【アースウォール】」


 そのリボンと声は聞き間違えるわけもない。何度も何度も聞いた、紛れもなくエキ姉の声だった。エキ姉の前には土の壁が出来上がっており、オットソー達との間を分断していた。


「ツキカ、大丈夫?」


「う、うん、ありがとうエキ姉」


 そう言うと、エキ姉はホッとしたような悲しいような複雑な表情を浮かべていた。


「無事ならよかった。ちょっと待っててね、あいつら懲らしめてくるから」


 エキ姉は立ち上がると、僕に背を向けオットソー達と戦ってくれた。周りからはエキ姉が怒っているように見えるだろうが、凛とした声とその後ろ姿は、僕にはまるで騎士様のように見える。僕がいじめられているときは決まっていつも助けてくれる。僕だけの騎士だ。


 それと同時に僕はどんどん暗く、悲しい惨めな気持ちになる。僕はいつも自分一人すら守ることができない。もっと力があれば、もっと魔法が使えれば、エキ姉を心配させることもなかったのに……。


 ここまで生きるための努力はしてきたつもりだ。両親がいなくなってからは、生きるために働いた。両親と一緒にすんだ家が壊されないように、大人達ともたくさん話した。一人でも暮らしていけると証明するために必死になって家事を覚えた。魔法が苦手な分、剣の腕を磨いて体も鍛えた。いじめられないように気持ちを偽って性格を変えたこともあった。


 でも、結局は魔法だった。


 この世界は魔法が全てだ。魔法がなければ生活はまともに送れない。火の位階がちょこっと使える程度ではせいぜい火をおこすことくらいしかできないのだ。

 

 魔法が飛び交う中、僕の気持ちはさらに落ち込んでいく。


 仕事に関してもそうだ。他の人が魔法で水をまいたり、タネをまいたりしている時に、僕は水置き場からせっせと手作業で運ぶしかない。それもたったのバケツ一杯分だ。他の人が水をやり終わっていることには、まだほんの少ししか水やりができていない。


 そんな世界だ。ここでは魔法ができる人から出世していく。あそこにいるオットソーは僕と同じ年なのにもう風の位階まで完全に操れる。エキ姉に至っては、村で唯一土魔法まで扱うことができる。将来は魔術師になれるすごい才能の持ち主だ。


 そう考えると、エキ姉にまで嫉妬の目を向けてしまう。僕は最低な男だ。魔法で戦えていること自体が羨ましい。魔法で何かを守れるのが羨ましい。


 嫉妬、切望、落胆、希望、断念、不安、孤独、怒り、羞恥。


 複雑な感情が僕の中に渦巻いていき、僕という存在事態が希薄になっていく。体が回転するような酩酊感と全てを失ったような虚無感を感じ、僕が僕ではなくなったようだ。目の前の何もかもを見ていたくなかった。


 そして、気が付いたら僕はその場から逃げ出していた。

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