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シャークファイト  作者: 奥森 蛍
2章 森山亮・奈津美
7/40

1 家宅捜索

 曇天の広がる住宅地に狭いアパートをノックする音が響いた。


「坂本さん、坂本哲二さん」


 中から返事はない。刑事はそばに控えていた大家の女性に目配せすると場を譲った。

 解錠して安っぽいドアが開くと刑事2人で中へふみこんだ。中に危険人物が隠れている恐れもある。警戒しながらゆっくり進んだ。


「坂本さん」


 小声の呼びかけが伸びる。1DKの小さな部屋にはカビ臭さが充満していた。玄関付近には住人が出そうとしていたのだろう、自治体の半濁のゴミ袋がいくつかあって、その奥に青い明かりが見える。

 布団が敷きっぱなしの雨戸が閉まった薄暗い一室で、デスクトップパソコンだけが静かに起動していた。

 イスには誰もいない。

 スクリーンセイバーはメーカーの初期設定のまま。手袋をはめて、そのパソコンをそっとワンクリックすると、画面が暗転して動画投稿サイトの編集画面が表示された。



       ◇



「部屋は空だったそうです」


 電話を受けて、後輩のインテリが神妙な顔つきでいった。それを聞いたベテランの浅井刑事もまた唸った。

 先日から追っている元俳優高木勝利の行方がこれでまた分からなくなった。

 浅井は目をつむると事の詳細を思い出す。


 世間を騒がせた動画投稿サイトで配信されたサメによる惨殺事件。


 本来、警察は彼の事件に対して日和見主義だった。あくまで海外のケージダイビング中の事故。ところが動画への世間的関心が高まるにつれて、無関心ではいられなくなったのだ。

 極めつけは高木の親族による捜索願いの提出。


 事態が事態だけに捜査一課が担当しているが、皆目分からずまるで雲をつかむような事件だった。

 彼は殺されたのか。事故だったのか。五里霧中、世間では様々な憶測を呼んでいる。


 はっきり分かっているのはFreeという動画投稿サイトで、撮影して配信した側の人間がいるということ。動画のIPアドレスをたどったところ、数年前に老人ホームに入居した男性の部屋につながったので、今朝ふみ込んだところ、もぬけの殻だった。


「パソコンを押収して調べます」

「合成している可能性もあるけどな」

「老人はぼけていますよ」

「それもそうだ」


 脱力気味に浅井はイスにもたれて髭をさすった。当人としては当初、あまりやる気の出る事件ではなかったのだ。世にはおもしろ動画なんか、山ほど流布していて、それを楽しんで見ている人間はそれ以上の数存在するからだ。

 今度は偽物をつかまされた、先日まではたしかにそう確信していた。


「大体、高木は死んどんのかなあ」


 突発的な方言にインテリが神妙な顔をした。


「ま、そもそも死んでないという可能性もありますよね」


 それは画像を解析してみないと分からないことだが、真剣に彼の死を疑っているものはむしろ少ない。彼は数百万の借金を背負っていた。都合のよい合成動画を作成して蒸発したのかもしれない。


「日本でケージダイビングやってるとこあんのかな」

「ないですよ。アメリカだとありますけどね」


 出たアメリカ、と揶揄する。インテリはアメリカの某有名大学の法学出身である。


「日本の可能性の方が低くないですか」


 そういって彼は動画を止めつ進めつしながらを指さした。


「これがホワイトシャーク、これもホワイトシャーク、これがイタチザメで、これもホワイトシャーク、これがハンマーヘッド。日本近海にこんな大型のホワイトシャークが都合よく何頭もいますかね」


 ホワイトシャークとは英語でホホジロザメのこと。そう呼ぶのはアメリカ留学の名残りだろう。


「日本近海にはね、イタチザメやらヨシキリザメはいますけど、大型のホワイトシャークはそうそういないんです。集めてくることの方が難しいですよ」

「さすがインテリだな。サメの種類なんか分かんねえよ」


 浅井は頭の後ろで手を組むと背もたれを揺らした。鼻の下にペンをはさみ考えた。

 目を閉じると沈黙した画面の向こうに透明のさざ波が静かに立つ。

 波音が耳の奥を奏でていった。


「海外ってことか」


 そう呟くと同僚がパソコンを見せた。


「そう思って外務省にあたったんですけど、彼には近々の出国記録がないんですよ」


 すでに調べているとは、インテリは仕事が早いなと思った。


「頼りになるのはこの動画のみ」


 マウスで動画を再生するとけたたましい叫びが聞こえた。


『ぎゃあああああああああああ』


 何度聞いても身を裂かれるような心地がする。これをくり返し聞いているからどこかで諦められないのかもしれないと思った。


「とどのつまりはインターポールって話にならないだろな」

「性急すぎますよ」


 海外、今はまだその段階にはない。日本でできることは山ほどある。


「取りあえず、真偽を確かめて。それからだな。海上保安庁に連絡して近海で捜査するしかないだろうな。あとはこの檻。こんなでかいもの作ったなら形跡がそれなりに残るはずだ。都内の溶接工場を当たるか」


 立ちあがった浅井刑事の鋭い目線は動画を追っていた。映っているのは第2回シャークファイトの告知、どこかですでに進行しているというのか。

 これが真実ならば、真実ならば警察はどうするというのだろう。

 浅井は親指で首を切る仕草をした。


「首を洗って待ってろよ、サイコ野郎」


 コートを羽織ると静かに席を立った。


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