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シャークファイト  作者: 奥森 蛍
1章 高木勝利
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2 仕事の誘い

 2ヶ月後、頼みにしていたバラエティが番組改編で終わる。その事実をマネージャーから聞かされた。

 切り離された大海に浮かんだ小舟のような気持ちになる。

 たぶん人気者の石井とも縁が切れるのだろう。彼は昇ってゆく人、オレは堕ちてゆく人。

 また飲みましょうね、という最後のあいさつも信じられなかった。


 仕事は途絶え、9割フリーター状態。定食屋で働いたがうわさが立って辞めてしまった。中途半端に顔が知られ過ぎていた。


 所持金3000円、貯金はもう少し。借金も少しある。手持ちで楽しめる場所を思い浮かべてつい原宿にきた。古着ばかり漁っていた学生時代が懐かしい。あのころは何でも似合ったなあと浮かべながら。

 馴染みだったはずの店は店員が代わり憶えていてはもらえなかった。


(変わったんだよ、オレも。店も)


 鏡に映る自分は好みの格好も似合わなくなっていた。

年代物の映画のTシャツを2枚買って通りを歩いていると後ろから声をかけられた。


「高木勝利さん」


 ふり向くとスーツの上に黒いチェスターコートを着たサングラス男がいた。


(やべえヤツ)


 関わりたくねえなと思いながら一般用の顔を作った。


「そうです」

「お仕事の話を持ってきたんですが」

「仕事?」


 基本仕事はタレントに直接頼むものではない。当然事務所を通してのこととなる。

 変なヤツだと思いながらも今日はひま過ぎた。チャンスに繋がると信じて「いいですよ、話だけなら」と応じた。


 近くの喫茶店に入り、一番奥の席でコーヒーを注文した。運ばれてきたものをブラックで飲む。

 相手は紙を広げながら明晰に話した。


「サメのケージダイビングってご存知ですか」

「ああ、あの餌でホホジロザメを呼ぶヤツ。サメ映画で良くあるヤツですよね」

「その動画を取ろうと思うんです」

「動画?」

「動画サイトFreeってご存知ですか」


 動画サイトFree、著作権も怪しい若者たちの間で大流行の動画サイトだ。既存のサイトに比べてずいぶん規制があまく、倫理的に問題であるチャンネルも数多存在している。

 お世話になることもあるが、あくまで一観覧者として。高木のなかにそれ以上の情報はなかった。


「Freeに載せるって、たぶん動画の仕事の話ってことですよね。いくら貰えるんですか」

「お好きなだけ用意しますよ」


 好きなだけ。話が漠然とし過ぎているが、今さら保身に走ることもないだろう。


「例えば1000万とか?」


 吹っかけたつもりだったが、相手は動じなかった。考えたように慎重に口を開く。


「このたびシャークファイトっていうチャンネルを用意するんですね」


 そういって男は紙を指差した。企画『shark fight』と明記してある。


「具体的にいいますと申告いただいたサメの匹数×逃走時間(分)×100万円の賞金をこちら側でご用意します。したがって1000万円欲しければ、2匹のサメから5分、檻のなかで逃げ回っていただければチャレンジ成功となりまして賞金を差し上げます」


「逃げるって。ケージダイビングじゃないんですか」

「酸素ボンベを背負ってサメと同じ檻に入っていただきますが、内部は迷路になってましてね。サメが通行不可の安全バーもたくさんご用意しておりますので、そちらで回避なさってください。例えば」


 男が紙をめくると次のページには迷路が簡素に描かれていた。


「人間がすり抜けられるのはこの行く手を塞ぐ安全バーのみ。迷路の壁はパイプでサメの姿はのぞけますが、すり抜けられる構造ではありません。その安全バーを利用してサメの追尾をかいくぐり、時間いっぱい無事であれば賞金を差し上げます」


 無事であればという前提が大きく引っかかり、思考がつと停止した。


「無事じゃないってこともあるんですよね」


 そうすると男は次のページをめくった。


「サメには腹部に電極を埋め込んでます。その電極を作動させればサメはショック状態になりますので、ゲームを中止させることはできます。もっともその場合賞金は差し上げられませんが」


 1000万か。少し考えた。


「僕ら事務所を通してもらわないと仕事はできないんです」

「事務所は辞めてもらいます」


 一瞬思考が停止した。目を白黒させる。


「辞める? 冗談でしょう」

「いいえ、冗談ではありません」


 そういう男の態度には凄みがあった。最後のページの契約書を見せるとボールペンを置く。


「仕事を決めるのはこの場で。これは機密を漏らさないというお約束です。当然誰にも知らせずにご参加いただくことになります」

「そんな怪しい話乗れないでしょう」

「じゃあ、話はなかったことにしてください」


 男が立って去ろうとしたので、「待って」と呼びとめた。伸ばした指先に1000万円という大金が引っかかっていた。


「どうしました」


 指をこんこんとテーブルに打つ。こんな美味しい話2度と無いだろう。好きなだけ用意するっていってんだぞ。一生働かなくて済むじゃないか。それに。


「みんな見ますよね」

「当然ですよ。人気者です」


 口を2、3開け閉めして乾いた水で喉を潤した。それでも乾いていた。


(このままFreeterに転身するか、それも悪くないだろう)


 これまでの積んできた経歴を思った。成し遂げられたことより叶わなかったことの方が多かったじゃないか。

 後輩に叩かれ続けた肩がうずく。屈辱は十分に味わったんだ。


「……いいですよ」


 ふっと男が見下ろしていた。


「ご用意いただけるのであれば参加します。でも例えば2億とか」


 男は無表情で応じた。腹の底では何を思っているかしれないが。


「上にかけ合ってみます。たぶんご用意できるでしょう。わたしは鬼島きじまといいます。詳細は一週間後ご連絡します」


 いわれるままにサインして約束を取りつけると、男は店を出て原宿の雑踏に消えた。それをガラス越しに流し目で見ていた。


「事務所辞めないと。そんなに簡単な話かな」


 聞く者もないのにひとりでに喋っていた。吐息して乾き切ったコーヒーカップをなめる。心臓が轟いていた。

 高木勝利は2ヶ月後に事務所を退所する。愛情もないケンカ別れだった。20年働いてきたというのに。最後に副社長いわれたことがまるで頭から抜けない。


 お前の扱いはとても大変だったよ。


 マネージャーは引きとめたが一身上の都合により、というところで了承された。


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