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シャークファイト  作者: 奥森 蛍
3章 永山堅持
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3 太古の幻影

 これまでシャークファイトにトライした人間はほとんど無策のうちに死んだ。高木勝利、しかり森山夫妻しかり。サメの特性を知っていたとはとてもいい難い。


 ただここから永山堅持の挑戦は違っていた。

 自身の生き残りをかけて、ネットを駆使してサメのあらゆる特性を調べ、気がついたことはすべてスマートフォンのメモにして持ち歩いた。


 A級B級関わらずあらゆる映画、生態調査のドキュメンタリー、ネットに転がるサメ愛好家の情報、海難事故調査、手に入れられる情報は何でも臆さず触れた。

 永山は理論で生きてきたタイプの人間だ。だから、理屈で対処する。

 そう心に決めて恐怖に蓋をした。


 出立が数日後に迫った通勤電車のなかで、唐突な学生同士の会話が耳を打った。


「アレ見たかよ」

「見た見た」

「シャークファイトのな」


 自身のトライアルの告知がすでに流れていることは知っている。おそらくその話題だろう。


「メガロドンってやばくねえか」

「10メートルくらいあんじゃねえか」


 心拍が急に高鳴った。まさかという懸念が湧きあがる。

 世間にはシャークファイトマニアというものがあって、彼らの解説サイトによると、導入されているサメはすべて4~5メートルサイズ。それ以上のものは例外としてない。

 スマートフォンをカバンから取り出して、イヤフォンをつけた。


 Freeにアクセスするとトップにシャークファイトの新たな告知が表示されていた。公開されたのはほんの3時間前だ。知らない動画だった。

 クリックするのも怖かった。恐る恐る再生すると警告の電子音が鳴った。いつ聞いても神経を逆なでする耳障りな音だ。



――今度の刺客はメガロドンだ。太古の昔より蘇りし、怪物の猛攻をかわして生き残れるか。巨大の海へ泳ぎ出せ。シャークファイトは勇気ある挑戦者の登場を待っている!



 映像にはヒレの一部や肌の断片が映りこんだが、カメラですべてを捉えきれていない。たぶん全形が入り切らなかったのだろう。生きたマグロを豪快に噛みちぎる姿がある。血みどろになりながら大きなマグロは八つ裂きにされた。


 静かな恐れが心臓を縛りつけた。動悸が激しい。電車に乗った乗客の姿がゆがんで見える。本を開いて、新聞を読んで、スマホを見て、退屈そうにしている彼らの姿が。

 その耳へ学生の言葉が差しはさまれた。


「サメってでも人そんなに襲わないらしいぞ」


 調べたサイトにもいくつかそのようなことが書いてあった。当然、知識にはある。


「アザラシ食べるから、ダイビングスーツが似ているから襲われるんだ」

「人喰わねえのか、本当に」

「喰わねえんだろうな」

「じゃあ、なんで襲うんだよ」


「決まってる。飢えてるのさ」


 次の駅に到着すると、学生2人は電車を降りていった。

 残された永山の耳の最奥に若い声が渦巻いていた。


 その日から永山は眠れなくなった。

 寝ようとしても眠れない。睡眠薬を飲んでも、2時間と少し。神経が逆立ってどうしようもなかった。

 悪夢にうなされて、ひどい汗を掻き、夜中目覚めると3時だった。


 狼狽を洗い流すようにシャワーを浴びる。

 黒い水が排水溝に吸い込まれていく。禍根を道ずれに、静かに飲みこむように。見つめていると足元に大きな口が開き切った。瀑布のように落水していく。


「ひっ」


 浮き立つ感覚に苛まれて、しゃがみこんだ。シャワーが薄い頭頂部を打つ、流水音だけが響いていた。

 ただの浴室にはなにもなかった。


「くそっ」


 壁を叩くと手のひらが痛んだ。流水音のなかにはっきりとした幻聴が紛れた。



――飢えているのさ。



 暗殺者の乾きはやがて渇望に変わるだろう。自分は喰われるためにゆくのか。喉の奥に得もいわれぬ惨めさが湧きあがった。


「畜生!」


 日程は明日に迫っていた。家族に別れは告げないつもりでいる。




 深夜、約束の場所にいくと鬼島は待っていた。


「逃げなかったな、永山堅持さん」


 嬉しいのだろう、サングラスの向こうで笑っているようだった。


「車のなかで注射する。暴れる参加者が多いんだ。今回はよしてくれよな」

「なんでもやるさ。無駄に死ぬよりずっといい」


 本心ではサメに対する恐怖はぬぐえないでいる。それでも弱さは口にしない。


「すごい演出をしてくれているな」


 そうこぼすと鬼島は一瞬、口元を止めた。


「現場のことは知らねえんだ。8メートルって聞いてるが。おっと要らない情報だったか」


 8メートル、やはり化け物だ。告知を疑ったわけではないが、想像していたよりはるかにデカイ。


 品川ナンバーのワゴン車に乗りこむと二列目の座席に座らせられて、注射を打たれた。なんてことない。麻酔だ。意識は途切れゆく、次第に鬼島の顔が遠くなった。


「目覚めた時はあんたは海にいる。忘れるな、サーカスより面白いショーにするんだ」


 サーカスなんて観たことない。生まれたときからこうなんだ。

 心地よいまどろみが訪れて、永山はようやく2週間ぶりに深く眠った。



       ◇



「お父さん帰ってこないんだけど」


 都内の自宅で息子の涼太は母に問いかけた。


「いつも遅いじゃない。そのうち帰ってるわ」


 でももう10時。毎夜のことだが心配でそのたびに母にいっていたが。母は特に気にしていないようだった。


 父の借金のことはそれとなく知っている。給料日には取り立てがきたこともあった。

 だからなお、心配なのだ。


 気になることはそれだけではない。父はこのところ、何かに憑りつかれたようにぼんやりとしていた。

 熱中して、スマートフォンにかじりつき、ノートになにやらメモをして。

 資格の勉強でも始めたか、と思ったがいささか悲愴過ぎる。頬はコケ落ちて少し痩せたようだった。


「ごめん、ちょっとパソコン借りるから」

「はーい」


 台所仕事をする母に断って、父の部屋に入るとパソコンを起動した。

 ロックはかかっておらず、トップ画面が表示された。

 父はインターネットの履歴を検索する癖がない。以前いかがわしいものを見ているのを見つけてしまって気まずい思いをしたが、今回は違った。


「え……」


 表示された言葉に息をのんだ。


『サメ 鮫 メガロドン 人を襲わない 下から襲う 夜行性』


 そして。


『シャークファイト 動画』


 涼太は目を閉じた。なにかの間違いだ。

 そう、間違いだろう。

 おそらく借金のことでひどく悩んでいた。だから興味があって調べた。それだけのこと。


 だが、イヤな予感がしてならない。本当に興味を持っただけなのだろうか。

 キーの上で指をタップして、パタパタとするが焦燥感でなにも打てなかった。


 涼太はすぐさまシャットダウンして、立ち上がりノートパソコンを抱える。

 そして、急き立てられるように台所へ向かうと母の背に言葉を投げかけた。


「お母さん、今すぐ警察に行こう!」


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