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~”聖なる乙女”は必ずしも女性とは限らない~

大好きな異世界ざまぁ! 小説を初投稿させていただきます!


ざまぁ&悪役の容赦ない末路が表示されておりますので、苦手な方はご注意ください。



 






 ゴルト国最大の大宮廷、ゴルドール宮殿の大広間にて。

「“聖なる乙女”ソフィ!! 貴様をこれより、“聖なる乙女”の称号をはく奪!! すぐにでもこの宮廷を出ていくがいい!!」

 現“聖なる乙女”、ソフィは、いわゆる断罪劇に巻き込まれていた。

「偽物“聖なる乙女”よ、貴様の悪行はすでにこの私には筒抜けだ!! 貴様は“聖なる乙女”という本来誉ある地位を偽っただけに飽き足らず、こちらの麗しく心優しき絶世の美女ショワル・バズーレア嬢を虐げ辱めた!! よって、貴様を断罪する!! このゴルト国王太子ザフールの手でな!!」

 そして、ブロンドの長い髪に豊満な肉体を孔雀のようにさらす女性を守るように仁王立ちをするのは、この国の王太子ザフール。

「ザフール様…さすがにかわいそうですわ。あの醜い容姿のソフィは偽物といえど“聖なる乙女”として長年王太子に仕えてきた少女。此度の嫌がらせも貴方様の王太子妃セレスティーヌ様の命令故とお聞きしますわ…ここは王太子妃とソフィによって虐げられた被害者であるこのショワルに免じて…」

「おお、我が愛しいショワル。案ずることはない、あの傲慢で醜い馬鹿なソフィはいますぐ牛裂き、我が卑しい王太子妃セレスティーヌは追放処分にする。いやまて、あの子供もろくに孕めぬ役立たずはそうだなぁ…貴族専用の娼婦としておくのもいい。貴族の…それも王家に連なる血筋の女となれば、男も次々とセレスティーヌにのしかかることだろう。ひゃっひゃっひゃ、普段お高く気取るあのセレスティーヌが代わる代わる…想像するだけでよだれがでてきそうだ」

 吐き気を催す言動に失神する女性貴族もいた。しかし、王太子ザフールは続けた。

「そうだ、ショワル。そなたを真の“聖なる乙女”にした暁には、あの偽物ソフィを火あぶりに後晒し刑、オレサマの王太子妃は死ぬまで次々と罪人の慰み者にされる様を民衆に披露する、というのはどうだ!!」

 金髪碧眼の美青年ザフールは、ショワルの腰を撫で徐々にその手は上に登っていく。たっぷりとした乳房を隠すドレスに対する手つきのいやらしさに、周囲の女性らは眉をひそめる。

 王太子にあるまじき言動の数々に、

「あのソフィ嬢がショワル・バズーレアに嫌がらせ?」

「ありえませんわ! ソフィ嬢がいかに宮廷に尽くしていたか! 6歳から10年間、あの祈りの塔で“聖なる乙女”としてのお役目を果たしておりたのよ?」

「馬鹿な…あのショワル・バズーレアと言えば、既婚者の伯爵の愛人だろう? 婚約者がいる王太子に見初められ、公妾となってから王太子妃セレスティーヌ様を押しのけて正妃のようにふるまい贅沢のし放題ではないか」

「公爵家から王太子妃になられたセレスティーヌ様は夫の不倫に耐えられず、そのお心を崩されてしまったとか…」

「侍女から聞いたが、セレスティーヌ様は王太子からバズーレア嬢への恋文の指南だけでなく、夜伽の場を設けるよう強いられたとか…」

「おぞましい…しかし、次期国王の後継者はザフール様だけ…国王夫妻も王太子様には強く出れないのをいいことに、好き勝手ばかり…」

「王家と対等の立場ともいわれる“聖なる乙女”のソフィ様だけが、婚約者様をおかばい王太子の言動をお咎めになっていたのだぞ? 王太子はソフィ様を失墜させようとしているのは明らかだ…」

 そう周囲がヒソヒソと耳打ちをしあい哀れむも、誰も表立ってソフィをかばおうとする者はいない。

 相手は王太子様だ。“聖なる乙女”といえど、ソフィはいわば平民出身の卑しい身分からのし上がった成り上がりと聞く。まして、この場に居合わせていないザフールの王太子妃セレスティーヌ様は気が弱いことを利用されショワルによって、正妃の寝室を追放され質素な部屋に追いやられた。

 自分の立場を脅かしてまで、平民上がりの…それも今にもその地位をはく奪されそうな“聖なる乙女”、そして使い物にならない王太子妃をかばおうとする勇敢な貴族はいなかった。結局、みな自分の屋敷と宝石、あとドレスがかわいいのだ。


「ザフール!」

 先ほどから沈黙を守っていた国王が声をあげた。

「さきほどからの言動、決して見過ごすことはできぬぞ!! 王太子としてあるまじき…」

 直後、国王は胸を押さえせき込んだ。

「陛下!!」

 王妃が国王を支える。国王は王太子がショワルを宮廷に入れる前から、突如体調を崩し病に苦しんでいた。王太子ザフールは、元々知性があまりないといえど次期国王としての教育は周囲が認めるほど進んでいたはず。しかし、ショワルという女と出会ってから、ザフールの性格の悪さは加速し…。

 国王の体調不良をいいことに、悪行三昧を繰り広げ続けたのだ。

 本来ならば、このような事態になる前に国王だけでなく王家に進言できる権利を有する元老院が決断しなければならぬところ、悲劇的なことに男子のみが国王になるこの国で、王太子の権利を得ているザフールのみ。ザフールには年の離れた弟がいるが、生まれてきたときから病気がちであった。

 無念であるが、ザフールがいなくては、王家は存続できないのだ。

 ゆえに、ザフールの暴挙を見ているしかできなかったのである。

「国王陛下、お体のお具合がすぐれぬご様子」

 ザフールは父親である国王を見下すように睨んだ。

「ご安心ください、このオレサマがこの国の王として君臨した暁には、初代より貫いた下らぬ制度…そうですなぁ、一夫一妻などという夢物語を打ち砕きましょう。多くの女どもへオレサマの子を孕む名誉を与えるべく、後宮制度を設けてやりましょう。ショワル、お前が第一王妃にして、後宮の主だ!」

「ザフール! 口を慎みなさい!!」

 王妃が怒鳴る。

「お前は昔から、生まれついて思いやりに欠けた子でした!! それでも、王家に生まれたからには民を愛し思いやりを持つように教えてきたつもりでした!! それなのに、このようなことになるなど…お前は王家の恥です!!」

「おぉ、我が母上!! そのような乱暴な言葉をいってよろしいのですか? オレサマがいなくては、この国は? 王位継承者をひとりなくすことになれば、周辺国が黙っていないでしょう?」

 この息子は、母を脅すのか。

「わが弟は常にベッドの住人…、オレサマなくして、王家は存続できない。ほうれ、いかがした? 顔が真っ青のようですね。 ほうれ、ほれ。言い返してもよいのですよ?」 

 挑発する物言いをするザフールに、王妃はこぶしを震わせ立ち上がった。

「いやあ、ザフール様! 王妃様のあの表情、まるで悪の化身ですわ!」

「愛しいショワル。大丈夫だよ、オレサマがいなけりゃあ、王家は成り立たない。なにもかもがオレサマの奴隷になるのさ」

 ザフールは嘲り笑った。



「……ゴルト国王太子様」

 先ほどからずっと沈黙を貫いていた“聖なる乙女”ソフィは、ようやく口を開いた。

「なんだ、せっかくよいところであったのに。ふん、まあいいさ。オレ様が王太子であることをようやく理解し、ひざまずく決心がついたらしいな。どうだ、偽物“聖なる乙女”のソフィ、命乞いをすると言うのならば、火あぶりは勘弁してやろう。あの幽閉の塔だけで済ましてやるぞ? ちょいと暗くて臭いだろうが、豚畜生という平民が大好きなお前にとっては、家畜小屋は立派で素敵な豪邸であろう」

 ひゃっひゃっひゃ、と最上の貴族ではありえない低俗下品な笑い方を披露するザフール王太子に、元々彼に嫌悪感と失望を抱いていた周囲の貴族は落胆の目で彼を見る。

 先ほどからの身の毛がよだつ言動の数々。とても、王家の者が出す言葉ではない。しかし、法が…国が…彼を王太子と認めている以上は…。

「その必要はございませぬ」

 “聖なる乙女”という称号を持つソフィは貴族中の注目を、こんな形で受ける羽目になったにもかかわらず、その恥辱に嘆く表情さえ見せなかった。

「“聖なる乙女”の称号は、本日をもって返上いたします」

 ソフィは首飾りを迷うことなく外した。

 金剛石がちりばめられたこの首飾りは、初代“聖なる乙女”ラ=シンセリーテが当時の国王夫妻から与えられたもので、以来“聖なる乙女”の継承者の証となった。

 そして、姿勢よく静かに歩み寄る。

「ゴルト国王両陛下、わたくしソフィ・ラ=シンセリーテは本日をもって“聖なる乙女”をあちらの淑女ショワル・バズーレアに継承することを認めます」

 ゴルト国王両陛下…特に王妃が突然の出来事に呆然とする中、ソフィは静かに首を垂れると、

「本日、この社交パーティにご出席の皆様方、皆々様がご覧いただいた通り、本日よりこちらの淑女ショワル・バズーレア様が“聖なる乙女”となりました。以後、彼女の御心に従いくださいませ」

 落ち着いた口調で、周りの貴族に教え説くように伝えると、ソフィは大広間を出ようとした。

「まて、この偽物!!」

 それを止めたのは王太子ザフールだ。

「貴様の罪がまだ償われていない!!」

「罪…はてさて、罪とはまさか、さきほどの反論する気すら起きない事実無根で…それも知性を感じられない陳腐な妄想のことですかな?」

 ソフィは心底つまらなそうな嫌悪感丸出しの表情で王太子を睨んだ。

 そのいかにも人間臭い表情に、王侯貴族らはぎょっとする。


 “聖なる乙女”とは、つねに慈母の笑みを浮かべ、いついかなる時も罪人にさえも平等に愛情を示す、理想の女性である。


 そう教えられた彼らは、長く“聖なる乙女”という女性にとって王族に等しい誇り高い称号を持っていたソフィが、まさかあのような平民のような表情をなさるとは!

「愚かでみだらな王太子殿、いっときますがね。おれぁ、そこのドブ川みたいな阿婆擦れにゃ、なにもしてやしませんぜ」

 さきほどの気品あふれる落ち着いた口調から百八十度変わったしゃべり方に、王太子は硬直した。

「お、おれ…!?」

 …おかしい、目の前にいる馬鹿女は誰だ? ソフィだ。さきほどまで“聖なる乙女”を名乗っていた、あの糞生意気な女だ。いつもいつも、オレサマに対して「王太子たるもの」と口うるさくオレサマの言動に難癖付けてきやがる…ツンツンとした貴族口調の傲慢ちきな女だ。

 オレサマの妻…王太子妃にばかり甘い顔を見せて、オレサマの言うことなんざ聞きもしねぇ…。

「おい、聞いてんのか? こちとら、おれ…おっといけねぇ、あたしが“初代聖なる乙女・ラ=シンセリーテの子孫”てぇ理由だけで、しょうがなく“聖なる乙女”やってやったってぇのに、ずいぶんな恩の返し方されて、頭に血が上ってんだよ。わかってんのが、この尻軽野郎!」

 ソフィは腕を組んで、どうしようもない馬鹿を見る目で王太子をにらみつけた。

「このあたしが? そこの王侯貴族を目ざとく見つけてはさっさと股をパッカパッカ開く阿婆擦れを人格化したような女に? わざわざ“聖なる乙女”の務めをほっぽいて、いびったってぇ? てやんでぃ!! 馬鹿も休み休みいえ、こちとら一日の大半をあの祈りの塔で過ごしてンでぃ!!」

 ソフィはべらんべぇ口調のようなしゃべり方で、祈りの塔を指さした。


 祈りの塔は、“聖なる乙女”が一日を過ごすために設けられた建物だ。

 第一に民の平和、第二に国の平和、第三に王家の平和。

 この順番に“聖なる乙女”は祈りを捧げてきた。

 この順番には意味がある。当時の国王ルイスは、純朴な性格で民を愛しており「王は民の盾であり矛、民を愛する権利は王にのみ与えられる最大級の特権なのだ」という心情のもと、彼は民を愛し守りたいという祈りを込め、初代“聖なる乙女” ラ=シンセリーテにそう伝えたのだ。

「朝から晩までせっせと働く平民様のついでに、馬鹿みてぇに毎日舞踏会で踊っては不倫だなんだと明け暮れる王侯貴族の皆々様の平和も祈ってやってきた。こんなクソを詰めたような能無し野郎のザフールが次期国王のしりぬぐいをしてやってたってのに、なにが侮辱し辱めただ!? それはこっちのセリフだぃ!!」

 のっしのっしと大股でソフィは王太子の前に出た。

 赤毛に緑色の目をしたソフィは、そばかすが特徴の顔をさらに真っ赤にしている。

 よく見るとかわいい顔立ちをして…うん? のど…ぼとけ…!?

「お前、まさか…おと…!?」

「王太子妃様の仇でぇ!!」

 そして、ソフィは思い切り王太子の股間に思いきり膝蹴りをかましたのだ!

 グシャッ!! とすさまじいと音が鳴り響き、

「~~~~!?」

 口から泡を吹き無様に転げまわる王太子の醜さに、周囲の貴族女性らは扇で顔を隠しながら、こぶしを強く握りしめた。ちなみに、男性貴族らは思わず股間が冷たくヒュンとなったという。

「ご先祖様のラ=シンセリーテ様によろしくな!! 」

 ペッ!! とのたうち回る王太子に唾を吐くと、ソフィは大股で再度大広間を後にしたのであった。


 大広間を出たのち、待ち構えていた近衛兵らを、ソフィは見た。

 そして、近衛隊隊長の男性が剣を構え、

「こちらです、王太子妃がお待ちです」

「おう!」

 王太子の守るはずの近衛隊隊長に連れられ、ソフィは走り出す。女性の走りではない、それは男の動作である。

「ソフィ!」

「セレスティーヌ!」

 ソフィは案内された部屋にいたセレスティーヌに駆け寄り抱きしめた。

「さあ、脱出するよ!!」

「ええ!」

 ソフィはセレスティーヌの手を取り、近衛隊隊長に警備されながら脱出の準備をする。

「隊長、敵が来ます!」

 控えていた近衛隊員がそう言うと、向こうからドタバタと声がする。

「さすがに腐っても王太子、自分の身を守らせるだけは一級品だな!」

 近衛隊隊長は構えた。

「よし、隠し通路があるからそこへ行こうぜ」

 ソフィは近衛隊隊長の前に出た。

「ソフィ! 俺の後ろにいろ!」

「よせやい、もうその名は捨てるさ。もう、“聖なる乙女”じゃねぇしな」

 ガシガシと頭をかいたソフィは、近衛隊隊長の短剣を借りると、腰まで伸びるその長い赤毛を思いきり切り落とした。

「ソフィ!」

「よし、いこうぜ」

 ソフィを名乗る短髪の子供に、王太子妃セレスティーヌは近衛隊隊長を見た。彼もまたセレスティーヌを見る。

 二人が、セレスティーヌが王太子妃として無理やり宮殿に入れられる前からの恋仲であったこと、当時“聖なる乙女”になったソフィはずっと知っていた。

 二人の愛情を守るため、“聖なる乙女”であり続けた。己の本心さえ隠して。

 “聖なる乙女”の衣を脱ぎ捨てたソフィは、上半身をさらけ出した。

 女性の柔らかさなど一切ない、男の肉体だった。

 ソフィは“聖なる乙女”の力を持つ、男だったのだ。

「きゃあ!」

「おい!! おれが“男”だってのは最初から知ってただろ!?」

 ソフィはわざと自分の胸を叩いた。

「ソフィ!! セレスティーヌ様に向かってなんということを!!」

「うるせー!! 時間がねぇんだ!! さっさといくぞ!!」

 ソフィは近衛隊隊長の背中を思いきり蹴り上げた。そして、セレスティーヌの部屋に隠していた男物の使用人の服を大急ぎで着込んだ。

「ソフィ…」

「ほら、あそこの本棚が隠し通路だ。そこから外に出られるンだ」

 “聖なる乙女・ソフィ”を名乗る少年は、セレスティーヌの背中を押した。

「ソフィ」

 近衛隊隊長は言った。

「せめて、君の本名が知りたい」

「忘れたね」

 ソフィ少年はセレスティーヌと近衛隊隊長、彼の忠実な部下数名を本棚の向こうの廊下へと一緒に入り、隠し扉を閉じた。


 その直後、王太子直轄の兵士らが王太子妃の部屋に殴りこんでくる。

 王太子妃のベッドには誰もいなかった。

「ちくしょう、あの死にかけセレスティーヌはどこだ!!」

 王太子ザフールがわめく。

「どうやら、逃亡した模様です」

「ふん、あの貧相な体つきの女が、そんな根性があるものか。オレサマに平伏する以外の知能がないんだ。どうせ、かまってほしくて隠れているんだろうさ」

「しかし…」

「探せ!! 見つけて素っ裸にしちまえ!!」

 ザフールはそばにいるショワルの胸元を見た。ふっくらとした健康的な血色の乳房に鼻の下を伸ばし、先ほどまでの股間大打撃は別の方向へと進もうとしいている。

「おい、お前らはセレスティーヌとソフィを見つけたらさっさと始末しろ…いや、女と縁がないお前らに、あいつらをくれてやってもいいぞ。ついでにその様を見せてくれ。そのほうが興奮するからな」

 ひゃっひゃっひゃ、と下衆な笑い声をあげながら王太子はショワルの胸を見続けた。


「………」

 その下品な笑い声を聞き続ける隠し通路からソフィと近衛隊隊長。セレスティーヌの耳は近衛兵がしっかりふさいでいた。

「斬り殺してきてよいか」

「戻るか」

「それはあとにしましょう」

 近衛隊隊長とソフィに近衛兵が突っ込みを入れた。



 抜け道をたどり、ソフィらは馬車を見つけた。

「セレスティーヌ様、近衛隊隊長! ソフィ様!!」

「おお、お前達!!」

「さあ、脱出を!」

 近衛隊隊長はセレスティーヌを馬車に乗せ、ソフィに手を伸ばした。

「さあ、ソフィ」

「………」

 ソフィ少年は動かなかった。

「わり、わすれもんした」

「え?!」

 セレスティーヌが顔を出す。

「首飾り、あの糞王太子が身に着けてる。取り戻さなきゃ」

 嘘だ。セレスティーヌはわかっていた。

「…わたくしたちを逃がすために、自分がおとりになるつもりなのね? させないわよ。一緒に来て」

「わりぃな。さすがに、置いていけないんだ」

「ソフィ!! お願いよ!!」

「近衛隊隊長、セレス頼むわ」

 近衛隊隊長はソフィ少年を見た。

 ここまで共に来たのは、セレスティーヌを馬車に無事乗ったのを見届けるためだったのか。

「あとで会おう」

「おぅ」

「ソフィ!! ソフィ!! いやよ!!」

 近衛隊隊長はセレスティーヌの口をふさぎ、

「出せ!!」

 そう叫ぶ。赤毛の少年は馬車を静かに見送った。

「あとでな、セレス」

 やがて、隠し扉に気づいた兵士らの声が迫ってくる。

 ソフィ少年は勝利を確信した笑みを浮かべ、自分に槍を向ける兵士どもを見た。


 その後、王太子ザフールは王太子妃セレスティーヌを廃し追放、セレスティーヌ派であり偽物と断罪された“聖なる乙女・ソフィ”は幽閉塔にて生涯を終えることとなり、新たな“聖なる乙女”にして新王太子妃ショワル・バズーレアが誕生した。


 そして、その数年後。民衆は彼らが愛したセレスティーヌとソフィを失い失望する中、ザフールは国王となり、妾ショワル・バズーレアは王妃となった。

 新国王ザフール即位のわずか半年後、彼の悪逆非道に耐え切れなくなった民衆は暴動を起こし、やがてそれは革命へと発展。

 多くの貴族がギロチンへとかけられる中、“聖なる乙女”が断頭台の露へと消えた。

 その号外が隣国にもばらまかれたのであった。







 ある港町にて。冬だというのに、町は活気だっている。

 その食堂にて。

「ゴルト国革命により、王家はみな処刑が確定する。すべての元凶・ザフール新国王、誠実可憐な王太子妃と真の忠臣ソフィ様を追放し妾と快楽三昧。即位半年後の革命で失墜。幽閉の塔にて連行されるだろう…」

 三流ゴシップ紙を片手に、赤毛にそばかすの青年が魚料理をほおばっていた。

 うん、さすがは港町。魚がうまいこと!

「初代“聖なる乙女・ラ=シンセリーテ”の末裔とされた“聖なる乙女・ソフィ”を幽閉の塔に監禁し死に追いやったことで国民の支持を失った王家は、以前より反王制派であった活動家ド・レヴォルシオンを中心とした民衆が宮殿に押し寄せた。王家は捕縛後幽閉の塔にて監禁。なお、ザフール新国王の弟は行方不明…」

「食堂で読む内容ではないな」

 ふと、赤毛の青年の前の前に一人の大男が経っていた。

「よぅ、近衛隊長さん」

「もうその地位は無意味だ。シュヴァリエルという名で呼んでくれ」

「んー」


 活気づく食堂の中で、元ゴルト王家近衛隊長シュヴァリエルは新聞を両手に広げていた。

「ゴルト国革命後から、もうひと月が経つのか」

 大柄で筋肉質の青年が、料理をむさぼるように食う行儀の悪い赤毛の青年の向かいに座った。

「おやっさん、俺にもこの青年と同じモンを」

「あいよ」

 しばらくして、おやっさんが赤毛の青年が食べている料理と同じものを運んできた。

「うまそうだ」

「だろぉ? あのゴルト国が革命で滅んだっちゅうからどうなるかと思ったが、結局はよその国のこと。ワシら平民には無関係さ。まあ、最近じゃあ亡命してきた貴族らの首を狙った賞金稼ぎがあっちこっちにいるって聞くがね」

 ふと、此処から少し離れた場所で、「ゴルト貴族の馬車だ!!」「引きずり降ろして金品を奪っちまえ!!」という大騒ぎが聞こえた。

「ああいうのを見ると、革命が起こっているのだと実感させられる」

 ゴルト国元近衛隊隊長シュヴァリエルが、相手の馬車の家紋を見て、平民を戯れに殺した輩の者だと知るとそのまま無視をした。

「あの活動家…ド・レヴェルシオンだっけ? あいつの力添えで隣国に逃げれたのは運が良かったぜ。ご丁寧に名前までくださってよ」

 ソフィこと赤毛の青年ルミエール…はそう言った。



「ぶひぃー、食った食った」

「豚か、お前は」

 赤毛のルミエールと飯代を全部出した元近衛隊長シュヴァリエルは雪が静かに降る外を歩いていた。

「元豚野郎だもーん」

「嘘こけ、元“聖なる乙女”が」

「それ、もはや黒歴史」

 はっはっは、とシュヴァリエルは軽快に笑った。

「今頃、王家はギロチン台か」

「あのバズーレアも?」

「民衆からあれほど憎悪の目を向けられていた女だ。民衆はこぞってバズーレアの首が飛ぶ瞬間を娯楽として見届けるだろうさ」

「うえ、食ったモンが腹から出そう」

 この二人がそんな会話をしている丁度その瞬間、新王妃ショワル・バズーレアが迫りくる死に泣き叫び新国王への罵詈雑言を吐きながら断頭台に乗せられていたことを、彼らは知ることはない。


「さて、おれはアパートに戻るよ」

「まったく、そろそろ俺達と暮らすとは言ってくれないのか?」

「馬鹿言え、新婚夫婦の家に入る野暮な真似はしねぇさ」

 ルミエールはヒラヒラと手を振りながら、シュヴァリエルと別れた。


 やがて、ひとりになったシュヴァリエルはとある一軒家につく。

 平民が暮らす小さな家だが、それでもあったかい。

「おかえりなさい、シュヴァリエル」

 銀髪の美しい女性がエプロン姿で夫を出迎えた。

「ただいま、セレスティーヌ」


 ここは、小さな港町。

 こんな辺鄙な田舎町に元王太子妃と近衛隊長、そして“聖なる乙女”だった青年が呑気に暮らしているなど、歴史書には記されるはずがなかった。











 それから。

 ゴルト王国革命後、ゴルト王国最後の国王ザフールがある場所にいた。

「ひゃっひゃっひゃ、オレサマは国王様だ。豚小屋の民衆共!! オレサマにひれ伏せぇ!!」

 蝋燭一本すらなく、寝る場所と言えば藁が申し訳程度にばらまかれている。

 家畜が逃げないように設置された鉄格子。まさしく豚小屋だ。

「おいおい、あの王様気取りの囚人はまだ言ってるのか?」

「ほんの少し前までは本当に国王だったからなあ。夢の中でも王様やってんだろ」

 見張りの兵士らは豚小屋に入れられた哀れな男を見下ろしている。

「最初にぶち込まれた日は泣き叫んでいたがよ、しばらくしたらあの調子さ」

「けっ…あの美しく聡明な王太子妃セレスティーヌ様を虐げ追放し、俺達を大事にしてくださった“聖なる乙女ソフィ”様を死に追いやった罰さ。処刑すら生ぬるいと満場一致で豚小屋送りとはな」

「俺達を豚小屋の畜生と罵ったこいつが、まさか自分が豚小屋で人生を終えるとは皮肉なもんだ」

 その辺に捨てられたひもを頭にのせて王冠を気取る元新国王ザフールは、もはや逃げる心配さえないと判断され放置された。その後飢餓に飢えた獣に食い散らかされた状態で発見され時、見張り兵は「やっと終わった」と息を吐いたという。


 王太子時代より虐げられた民衆のほとんどは彼の死を喜び、その亡骸を観賞するためにやってくるものは後を絶たなかった。

 さすがに哀れに思った者もいたようで、せめてもの情けにその地に墓標は建てられたというが、長い歴史の中で人知れず消え去っていった。


 王太子という立場を悪事に使い、妻を虐げ妾にうつつを抜かし、“聖なる乙女”をも侮辱し追いやったザフールは、その名の通り愚か者としての人生を全うしたのである。


初なろう小説投稿させていただきます。アサヒノデと申します。


以前よりざまぁ!な小説が好きで読者側でしたが、様々な歴史漫画を拝見させていただき衝動のままに書かせていただきました。

二番煎じもいいところであり、かつ様々なところで突っ込みどころ満載ですが、ゆるくまったりとした気持ちで読んでいただけると嬉しいです。


主人公ソフィの他にヒロインであるセレスティーヌ様やそのほかのキャラも番外編も書いていきたいと思います。

よろしくお願いいたします!

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