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第一話 婚約破棄


「サファイルーズ姫、あなたと私では到底幸福な結婚生活など送れそうもない。いまこの時をもって婚約を破棄させていただく!」


王都に集まる貴族たちが集まる立食パーティーで、第一王子ジルコニードは突然声を上げた。

パーティーホール全体に響く朗々とした声。談笑していた人々がみな口を閉じ、ジルコニード王子とサファイルーズ姫に注目する。


「ジルコニード殿下、いったい何を……?」

「わからないのか? 周りのご令嬢のドレスを見てみろ、流行りのリプチェ産シルクで仕立て、一点の曇りもない輝き。それに比べ、君のドレスをパーティーで見るのは何度目だ?初めてのパーティーからずっと使い通しじゃないか」


「ちが、います、このドレスは母が贈ってくれたもので、」

「会話は貴族らしく洗練されているべきだ。相手に届きやすいようはっきりと発声しなさいと、家庭教師に習わなかったのか」

「……」


サファイルーズ姫は黙り込んだ。はきはきしゃべりなさい、ウィットもユーモアも苦手ならせめて話しぶりで人を引き付けるのです、と王都の家庭教師に言われたことがあるからだ。

温厚で言い争いなどしたことのないサファイルーズ姫はうつむいて黙ることしかできなかった。


「サファイルーズ様、わたくしあなたのこと実はちょっとだけ尊敬してたんですのよ?」


リプチェ侯爵の娘であるマルギット姫が進み出て、ジルコニードの横に立つ。女性としては背の高い彼女は、サファイルーズ姫を気の強そうな釣り目で見降ろした。


「小さいころにお父上同士が結婚相手を決めて。初めて会ったのはもっと後で。未来の王妃様になるためにさぞいろいろお勉強されたんでしょうね? でももう、そんなことなさらなくて結構ですわ。王子殿下と心で通じ合っているわたくしが代わって差し上げます。あなたは晴れて自由の身ですわ。うれしいでしょう?」


投げつけられる言葉に内気なサファイルーズ姫は言い返せない。マルギットが言っていることは事実だ。顔も知らない相手と結婚を決めたのは父親であるアマローネ辺境伯ピアゴス・アルマンディとウヴァロフ四世王だし、ジルコニードと初めて会ったのは婚約の3年後だ。

それでも彼女はこの婚約相手のことが嫌いではなかったし、政略結婚だとしても悪くないと思っていた。彼に好かれるよう努力もしてきたのだ。


ジルコニードはチラと横目でマルギットを見てから、サファイルーズ姫を正面から見据えた。


「重ねて言うが婚約は破棄だ。私はこのマルギットと結婚するし、王陛下の了承も得ている。……これは親切心から言うが、もう出ていかれるがいいだろう。このパーティーも王都も、もう君には居心地が悪いだろうからな」


踵を返してパーティーホールを去るジルコニード。


涙をこらえているサファイルーズ姫を、駆け付けた姫付きの侍女が付き添い、速足で退出させる。

マルギットはサファイルーズ姫が去った扉が閉まると、笑みを浮かべて勝者の気分でホールを後にするのだった。


◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


(胸糞の悪い芝居だった……)


王族だけが持つパーティーホール横の応接室兼休憩室で、ジルコニードは姿勢悪くソファにもたれかかっていた。


(王都の貴族たちに知らしめるためとはいえ、あの優しい姫の欠点をまくしたてて一方的に婚約破棄を言い渡すのは……)


溜息を吐き、体を起こす。


「だが、やらねばならないことだった。リプツェ伯爵率いる王国北東派の力をつかって権勢を握り、私の名で立太子式を執り行う。あの女と結婚すれば北東派を味方につけられる。父上のご病気も少しずつ悪くなってきている……」


王権継承に混乱を起こすわけにはいかない、とつぶやいて水差しから水を継いで飲み干した。

脳裏に、うつむいて押し黙る元婚約者と、勝ち誇った笑みを浮かべる新婚約者を思い浮かべる。

正直なところ、結婚相手ならマルギット姫よりサファイルーズ姫のほうがいい。感性的な部分ではそう思っている。だが、第一王子としての政治的な理性は、マルギット姫との婚約が権力争いに必要だと言っている。


(必要なことだった)


ジルコニードは立ち上がり、脳裏のサファイルーズ姫の姿を振り切った。


◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


パーティーホールから侍女に連れられて屋敷に戻る途中、侍女たちにずっと慰められた。


「姫様は何も悪いことをしてません!」

「あのマルギットとかいう北方貴族の娘が王子殿下をたぶらかしたんです!」


わたしそんなにかわいそうに見えるのかなあ、とサファイルーズは思いつつも、気遣ってくれる使用人たちには感謝した。

夕食はパーティーで食べるはずだったから食事の用意などしていなかっただろうに、すぐに竈に火を入れて暖かいミルクポリッジと干し鱈の南東風を作ってくれたこと。

湯を沸かして湯浴みさせてくれたこと。(王都では領地と違って水が貴重なので毎日入浴はしない)

すぐに寝着に着替えさせてベッドに押し込んでくれたこと。


「私の方が現実感ないのよねぇ……」


周りは慌てふためいたような様子なのに、逆に渦中の私が落ち着いているのがおかしくてクスッと笑ってしまった。

あのパーティーでの場面を思い出す。突然婚約破棄などとのたまうジルコニード様。数回しか顔の合わせたことのないリプツェ伯の娘、マルギット。昨日までの現実とはかけ離れた出来事で、自分のことなのに自分のことのように受け止められない。

いつもならまだ起きている時間にベッドで寝ているので、目が覚めて全然眠れない。


「こういうときは……これよね」


小型のランプを付け、ベッドから手を伸ばせば届くところに置いてある、物語本を手に取り読み始めた。


様々な物語を読むのが好きだった。古代の英雄が邪竜を討ち果たす物語、王国の建国神話と初代王に付き従った最初の貴族たちの功績、平民たちが寝物語に語るようないたずら好きの妖精の滑稽話。物語と名の付くものならなんでも集めた。

領地のお屋敷にはサファイルーズ姫の部屋が2つある。一つは姫の私室、もう一つは集めた物語本で埋まっている書庫だ。今読んでいるのはその中から王都に行く際に厳選に源泉を重ねて選んだもの。姫にとって物語とは、人生で最も楽しいもので、物語を読んでいるあいだは貴族としてのなにもかもを現実に置いて、夢想の世界に意識を飛ばすことができた。


何度も読み返した本を読んでいるうちに心が落ち着いてきたので、ランプの灯を吹き消してベッドにもぐりこんだ。

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