太陽系に憧れて
「今日の探査はここまでか、地球に行けたらいいんだが、まあ、テラフォーミング可能惑星は今日も外れだな」
肘掛け状の左サブモニタを拡大表示させ岩石惑星のデータを一瞥する。
炭素とをベースに、アルゴンにカルシウム、マグネシウム、そしてその他遷移元素類がほどよいバランスを保っている。
だが肝心の地表には大気はほぼ存在せず、磁場も微弱にしか検知されなかった。おかげで昼夜の温度差は200℃を超え、どう考えても人類が入植するには大気の組成から始めなければならず、割に合わないだろうと突っ返されるのが目に見えていた。
とりあえず観測結果を纏めて母港に戻り、依頼主に報告しようと、巡航速度から超光速に加速し、ハイパースペース空間に突入する。
「アリス、トリオン星の母港へ帰投準備。星系間跳躍システムスタンバイ、シミュレート開始」
「了解、星系間跳躍システム起動シーケンスに入ります」
船のAIが聞き慣れたいつもの女性の機械音声で僕に返事をする。一息ついていると小さな警告音が鳴った。
「アリス、今の警告音はなんだ?フライトプランに問題でもあったのか?」
「いえ、失礼しました。船長が事前に登録していた航路の1つが使用可能になりました。帰投を優先いたしますか?」
慌てて左肘かけ上のサブモニタに表示されている航行システムを拡大し詳細表示に変える。
そこには、今まで地球星系軍の妨害で行くことのできなかった太陽系への跳躍がワープリストのトップにのぼっていた。太陽系外の船を受け入れないはずの設定だったはずだが、イベントか何かなのだろうか。
「アリス、ここから太陽系に跳躍するとして到達時間はどのくらいになる?」
「目標星系までの予定時間は6時間23分81,56秒かかります、船長」
手元の置き時計を見る。針は3時を半ばまですぎており今からだと確実に到着は10時を過ぎる。
「しゃーねーか。アリス、フライトプラン変更。母港に帰るのはやめる。星系間跳躍システム。目標は太陽系。何かエラーが起きたら起こしてくれ」
「了解しました、船長。5,4,3,2,1星系間跳躍突入成功です」
船が無事に跳躍空間に入る様を横目に見ながらかけ布団と毛布をしきなおす。目覚ましはいつも通り朝8時にセットしてあるし、あとはPCをスリープモードにして寝るか。おやすみアリス。起きたら今度こそテラフォーミング可能な理想の惑星をみせてやれるぞ。そう呟いて僕は眠りについた。
――――
目覚ましの音がうるさい。背中と腰が痛い。僕は布団で寝ていたはずじゃ……。どうやら布団に入って寝たとおもっていたのに椅子に座ったまま寝落ちしていたらしい。5分たっても10分たっても目覚ましのアラームが鳴り止まない。今何時だ……?っていうかいい加減目覚ましうるさいよもう、なんかいつもと違う音だし。耳まで惚けたか。
「現在時刻は09:04です。おはようございます船長」
ん、なんでアリスが答えてるんだ?パソコンはスリープモードにして置いたはずだよな。椅子の座り心地もいつもの椅子とは感触が違うし、なんだ、これ?夢、か?
「いいえ、夢ではありません、船長」
寝起きでぼやけていた視界が広がる。眼前にはとても大きな恒星が赤々と浮かんでいた。パソコンや机は?布団は?っていうか僕の部屋は一体どこにいったんだ。
「Lv3緊急です。星系間データリンクシステムにアクセスできません。ただいまオフラインで独立航行中です。船長、指示をお願いします」
緊急レベルというのは1,2,3段階あり、レベル1は燃料不足や、船内システムの故障等でそのまま飛ぶ分には影響はないが、なるべく早く最寄りのステーションに行くことを推奨されるような状況のことを指す。
レベル2は、コアブロックにダメージが入りハイパースペースシステムの起動ができない状況か、コクピットが損傷し、パイロットの生命が危機に陥っている状態。この場合、救難信号を出し最悪、船から脱出しポッドでステーションか、現在の星系のワープポイントビーコンまで宇宙漂流する危険があることを示す。
レベル3というのは、未知の敵生命体に会敵した時や艦が轟沈寸前で脱出ポッドの用意が間に合わなかった時や、船のコントロールを奪われ、無抵抗になっている状態等、AIのサポートが一切受けられない状態を指す。ここまでくると生存は諦めて船を自沈処分し、データをリセットして母港で出発前にセーブしたところからやりなおした方が早かったりする。
「あらゆる通信が遮断されています。救難信号は優先順位順に定期的に発信していますが受信確認ログが返ってきていません。現在座標が取得できません。現在の星系及び、その周囲2跳躍間の星図データは存在しません。航路の安全性が不明です。星系ジャンプ及び、ハイパースペース空間への突入ができません。船長の指示を求めます」
なんだって。自分が自室ではないところにいることも忘れて画面越しではないリアルなモニターを確認していく。ほとんどの項目がN/A(使用不能)になっており、警告表示で埋め尽くされていた。
「確認するが、現時点で船及び生命維持装置には影響はないんだよな?」
「バイタル確認、船長の生命活動に異常は見られません。現在、ワープ先の恒星の周回軌道上と思われる軌道を回っています。現在の船の残りエネルギーは53%です。約94時間後には残量が0となり、その後の船長の生命の保証はできかねます」