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覚醒都市  作者: ムクイ
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04. < 柊木沢 啓人に与えられなかった選択肢 >


04. < 柊木沢 啓人に与えられなかった選択肢 >





そうだな。

少しだけ昔の話をしよう。




幼い頃の俺はまるでお城のような豪邸に住んでいた。

どうしてかは聞かないでほしい。

俺の親は裕福で、そんな風にしか金の使い方を知らなかった。


バラや石楠花しゃくなげが咲き乱れる庭。

庭師を何人も雇って丹念に調和されたその空間。

母はいつも寝室の大きな窓から微笑みを絶やさず、花々の育みを見守っていた。

そして俺は、そんな母の横顔を眺めることが何よりも好きだったのだ。


俺の母は美しい人だった。

父との仲も睦まじく、二人が寄り添っている姿を見ると、使用人たちは感嘆のため息を吐いた。

彼らは俺の自慢だった。

世界は一寸の綻びも無く完璧で、俺の目には全てのものが光り輝いて映っていた。


今だから言える。

そんな世界はどこを探しても存在しない。



父はよく怪我をした。

乗っていた車が整備不良で事故を起こし入院するなんてことは、日常茶飯事だった。

怪我だけじゃない。

同じものを食べているのに何故か父だけが食中毒になったり、急に具合が悪くなって寝込む姿を何度も目にしていた。

その都度、母は食事も摂らずに父の傍らで看病を続けた。

それは甘えた盛りの俺としては、あまり喜ばしい状況じゃなかった。


また父が体調を崩し、母が付きっきりで面倒を看ていた。

普段なら寝る前に母が読んでくれるはずの物語もおあずけで、就寝時間になるとメイドや執事がやってきて簡単な挨拶をするだけの夜が続いた。

ある晩、俺は真夜中に目が覚めてしまった。

子供用にしては広すぎた部屋はしんと静まり返り、どこまでも濃厚な暗闇に俺は怯えた。

夜中に出歩くことは禁止されていたにもかかわらず、俺は母の温もりを求め部屋を抜け出した。

ぎしぎしときしむ床を踏みながら息を殺して歩いた。

両親の寝室前に来ると、ようやく安堵に胸を撫で下ろしつつ、その扉に手をかける。

扉は開いていた。

ほんの僅かな隙間から覗き込むと、蝋燭の明かりの中、何かの作業をしている母の横顔が見えた。

その顔はオレンジ色の炎に照らされて怪しく歪んでいた。

手に握った袋には何か白い粉のようなものがある。

父はベッドの上でぐったりと眠っていたようだった。

母はその白い粉をコップの水に混ぜると、寝ている父を揺り起こし、額の汗を拭きとりながらそれを飲ませた。


俺は何もかも見なかったことにして、自分の部屋へと戻った。


次の朝、いつもの通り微笑む母と顔色の良くなった父を見て、本当に夢だったのではないかと錯覚した。

しかし背中に感じた冷たい汗の記憶がそれを強く否定する。

もしかするとあれは父の為に用意された薬だったのかもしれない。

俺は自分自身に言い聞かせ、しばらくすると本当に納得してしまったのか、その夜のことはすっかり忘れてしまっていた。


あの日、母が父を窓から突き落とすまで。


それは本当に一瞬のことだった。

寝室の窓辺に座っていた母が父を呼び寄せ、何かを指差し見せようとしていた。

身を乗り出して目を細める父の背後に立つと、母は何の躊躇いも無くその体を突き飛ばしたのだ。


悲鳴を上げる間もなかった。


父は頭から落下。

寝室は三階にあり、何かが潰れる嫌な音を聞くまでも無く、父の存命は絶望的だった。

それでも俺は窓に駆け寄って地上の惨事を見とどけた。

問いただすように母を見上げると、彼女は今まで見たどの顔よりも嬉しそうに笑っていた。


( しかたのないことだったの )


母は言った。


( わたしはさいしょから あの人のことなんて 愛していなかったから )


その後、駆けつけてきた使用人に母は取り押さえられ、どこかへと連れて行かれた。

見たことも無い親戚と呼ばれる人から、母は警察に引き渡されるわけではないと聞かされた。

理由が分からなかった。

母は天井裏の鉄格子に囲まれた部屋に隔離され、誰との面会も許されなくなった。

俺は一度だけその部屋に入ったことがあるから分かる。

その部屋の窓からはあの美しい庭を見ることができない。

それはあまりにも可哀想だと俺は知らない親戚の人に懇願した。

するとその醜い顔をした男は、

―― お前の母さんは狂ったんだ

家の名前に泥を塗るようなキチガイになっちまったんだ、と忌々しげに吐き捨てた。


そうか。

俺は頷いた。


心は穏やかだった。

妙に納得し、全てを理解した俺は ――



だから同じように 狂って やることにした



そのとき俺は十三歳。

幼かった両手では何もかも呪うように破壊することしかできなかった。





** *





七時を少し回った頃、十字のビルからミーナちゃんが出てきた。


「ごめんなさい!お待たせしてしまって、」


息を切らしながら走ってくる彼女は白衣ではなく、淡い水色のシャツと白いフレアのスカート姿で、昼間とはまた違った印象だった。

「全然。いま来たところ」

地面に散らばった吸殻をさりげなく足で隠しながら、俺は彼女に向かって微笑んだ。

途端に頬を染める姿は、俺にとって久しく新鮮だった。

「じゃ、どこかご飯でも食べに行きますか」

「はいっ」

彼女に歩調を合わせつつ、俺たちは夜の東京へと繰り出していった。



食事は無難にイタリアンをチョイスした。


フレンチだとそれはそれでお洒落なのかもしれないが、堅苦しすぎて俺は好きじゃない。

それにこてこての三ツ星レストランよりは、少しフランクな雰囲気のほうが色々と聞きやすいだろう。


「私も大久保おおくぼさんについて、そんなによく知っているわけじゃないんです」


ペペロンチーノをフォークで巻き取りながら、ミーナちゃんが言った。

ちなみに大久保というのが例の被害者の名前だった。

「確かに研究寄りの方だったので多少面識はありますが、研究チームも違いますし、お見かけたしたことも少なかったですから」

「何でもいいよ。人柄とか、趣味とか。何なら噂でもいい」

「そうですねぇ」

ミーナちゃんは困ったように眉間に皺を寄せて、ガーリックブレッドを掴んでいないほうの手で眼鏡の傾きを補正した。

「えっと結婚しているってことと、お子さんがいらしたって事。あとは、そうですね。とても几帳面な方でした」

「ほお」

正直、最後の“几帳面である”ということ以外、全て存知の情報だった。

「すみません、あまりお役に立てなくて……」

マルガリータピザのトマトソースを口の端につけながら、小さい体をもう一回り縮めてしゅんとする。

「別に気にすることないよ」

「ひゃっ!」

それを指先で拭うと、ミーナちゃんは見ているこっちが恥ずかしくなるくらい取り乱し、危うくグラスの水を倒しそうになる。

こんなに純情だとそれはそれで手が出しにくくもあった。

…… なんか俺、いけない人みたい

心の中で苦笑しつつ、俺はハウスワインを呷った。


「―― あ、そういえば、」


デザートのティラミスを口に運んでいる最中、ミーナちゃんは思い立ったように顔を上げた。

「これは本当に噂なんですけど、大久保さん、もしかすると何か変な宗教に関わっていたかもしれません」

「宗教?」

意外なワードに、俺はダブルエスプレッソのカップを置いた。

「ええ。何か最近よく名前を聞く、ええっと、後世会とか創世会っていう名前の宗教があるみたいなんですけど、それがうちの会社でちょっとしたブームになってるんですよね」

私は知らないんですけど、と俺のエスプレッソに添えてあったビスコッティを摘む。

「何でも人間本来の能力を取り戻してくれる教祖様みたいな人がいて、信者になるとその教祖様の恩恵が受けられるようになるんですって」

「へえ」

「なんかどこにでもありそうな感じですけど、うちの部署内に随分と熱心に布教してくる男性がいて。私の友達もしつこく勧誘されて、困ってました」

「そうなんだ」

少し気にならないこともなかった。

とりあえずその何たら会の事を明ちゃんに報告して、今度はその男に直接話を聞けばいい。

「―― 不思議ですね」

「ん?」

見れば、目の前の彼女は優しく微笑んでいる。

「私、アキさんのこと何にも知らないのに。今日会ったばっかりの人なのに、こんな風にお話して、ご飯を一緒に食べて。こんなこと、いつもなら絶対しないのに」

フラグが乱立していた。

今なら少し甘くお誘いの言葉を掛ければ、二つ返事でお家にティクアウトできそうな雰囲気だった。

「でも、俺にするのはやめておいた方がいいと思うよ」

「どうしてですか?」

適当に誤魔化したつもりが逆に真剣な面持ちで問われ、俺は返答に詰まった。

そして悩んだ挙句、


「俺は ―― 悪い男なんだ」


…… 相当バカみたいなことを口走っていた。

「ああ。それは分かります」

しかしミーナちゃんはさっぱりと明るい口調で同意した。

「だってアキさん、受付の女の人たちにもちょっかい掛けてたし」

「いや、あれはだから取材というか、調査というか、」

「いいですよ、別に。やっぱりアキさんて、どこか私の兄に似ている気がします」

「お、お兄さん……」

ティラミスのスポンジを一片も残さず綺麗に完食してしまったミーナちゃんは、スプーンを銜えたまま笑った。

その顔を見て俺は改めて心に決める。


―― この子に手を出すのは止そう、と。





「今日は有難うございました」


食事を終えて、俺とミーナちゃんは彼女の寮の前に立っている。

女子寮に住んでいる彼女には門限があるのだそうだ。

それを聞いて、俺は残念なような良かったような気持ちになっていた。

いざそういう事に発展したとして、「私、実は初めてなんです」なんて言われたりしたら、二度と立ち直れそうにも無い。

そんなことを思われているなんて露知らず、ミーナちゃんは申し訳なさそうに俺を見た。

「対してお役に立てなかったのに、ご飯までご馳走になって」

「ああ、そんなことは別にいいんだ。あれは俺の気持ちだから」

それにどうせ経費で落とせる金なのだ。

「でもほとんど私が食べたのに ……」

「あれくらい気持ちよく食べてくれるとこっちとしても奢る甲斐があるよ」

しかし確かに予想の三倍は上回る食べっぷりだった。

この小さな体のどこに溜めておけるというのだろう?


「じゃあ、私はこれで」

こんなこと昼間も言いましたよね、と門の前で笑う。

「また何か分かったら連絡してくださいね。私も興味有りますから」

「ああ」

「それから、雑誌。私これから毎週買いますから、頑張ってくださいね」

「…… 別に無理しなくてもいいよ」

仕方がないとはいえ、俺は彼女に嘘を吐いているのだ。

仄かな罪悪感に胸が痛む。

「では、おやすみなさい」

そう言って、彼女が門を潜ろうとした時、


「きゃっ!」


突然反対側から歩いてきた男にぶつかった。

小柄な体はいとも簡単に弾き飛ばされる。

「おい、大丈夫か?」

とミーナちゃんを助け起しつつ、俺はぶつかってきた男の方に意識を注いでいた。

黒いキャップを目深に被りその上サングラスまで掛けている。

寒くも無いのにダウンジャケットを羽織っていたのは、さしずめ体格を隠すためだろう。

そこに居たのはAランク級の変質者だった。

「くそ、」

舌打ちをした男は激突の衝撃に悪態を吐いた。

ふとその声に、ミーナちゃんが目を見張った。

「え、藤沢ふじさわさん ……?」

「っ!」

男はその名前に一瞬動揺した素振りを見せ、まるで全力で肯定するように走り去って行った。

「何、あれが彼氏?」

「ばっ!違いますよ!同じ部署にいる人です。あ、そうです」

ミーナちゃんは男が消えた方向を指差す。

「あの人がさっき言ってた、宗教の勧誘をしてくるっていう人です」


聞くが早いか俺は駆け出していた。

確証は無い。

例の宗教に傾倒していただけで、事件とは何も関係もないのかもしれない。

もしかすると本当に変質者だという可能性もあった。

しかし俺の直感は、あの黒帽子をかぎりなく濃厚な真っ黒だと告げている。


何度かあった別れ道を感覚だけで選択し、ひたすら走った。


すると、

繁華街に出た道の片隅で呼吸を整えている男の姿があった。

好都合な事に、夜の街ははしゃぎたい盛りの若者たちで埋め尽くされている。

その影にうまく隠れつつ、俺は男のすぐ脇まで接近し、その襟首を掴んで素早く細い路地まで引きずった。

「な、!」

サングラスが落ちる。

その奥に控えていた両目が驚愕で見開かれる。

血走ったそれが瞬くのを待たずに、俺は男の腹を目掛けて右フックを繰り出した。

「か、はっ」

唾液が飛び散る。

男は抵抗することなく壁にもたれ、ずるずると下がり落ちていった。

その頭に片足を置き押さえつけると、俺は男を問いただす。

「あそこで何をしていた?」

「…… お前は、誰、だ?」

「質問には簡潔に答えような」

靴先で頬を蹴った。

少し力を籠め過ぎたのか、男の唇から血が滲み、頭からキャップが転がり落ちた。

どうも加減がうまく出来ない。

さっきのアルコールのせいだろうか?歳のせいにできるほど俺は老成してはいなかった。

「ああ、すまない。悪気は無かった。けど俺は男には容赦がないんでね、」

逆らわないでくれよ、といいかけて、俺はそれを止めた。


全神経という神経が研ぎ澄まされる。

「おまえ、」

俺は露になった男の頭髪を見て、瞳孔が急速に開いていくのを感じた。


その髪は安っぽい電灯の光を浴びて張り詰めたピアノ線が如く、煌いていた。

俺よりも少し年上くらいの男の頭は、歳には似つかわしくない白髪だった。

専門的な知識がない俺にでも、完璧なその白は人工的には作り出せそうもないと理解できた。


「その髪はどうした?」

聞こえていないのか、男は必死にどぶをまさぐり落ちたキャップを探している。

その口は小さく、けれど忙しなく動いて何かを呟いていた。

俺は聴覚を集中させてみる。

「…… まった。晒してしまった。曝してしまった。見られてしまった。視られてしまった。観られてしまった」

「見られることがそんなに不味いのかよ」

「お前のような下賎の者に説明する義理は無い!」

突然、男は前歯を剥き出して糾弾した。

「お前のように真理を理解しない者がっ、“あの方”の恩恵も得られないような下等な人間がっ、私のように選ばれた存在に意見を求めるなど論外だ!ただ腐り廃れ朽ちていくだけの劣悪な生命のくせにっ!」

「…… そういうセリフって小物っぽいぜ?」

口ではそう言ってみたものの、ムカついていないわけではなかった。

俺は男と視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。

そして、


「俺さ、このまま行くと ―― あんたのこと、殺しちゃうかも」


思ったことを口にする。

「っひ!」

「何だよ?選ばれた存在のくせに俺が恐いのか?」

俺の中の血流が瞬間冷却されていくのを感じた。

あの時と、同じ。

このまま行くと壊れてしまう。俺が、狂ってしまう。

だからその前に、こちらが壊さなければ。

「……」

俺は男の首筋に手を掛けた。

そして徐々に力を入れていく。

「が、はぁ、あ、ぐっ」

「大丈夫。苦しいのなんて一瞬だ」

俺は男の瞳を覗き込んだ。

「すぐに ―― 何も分からなくなる」

「っ!!」


硬くなった肉塊。

血の河は黒ずみ、温もりは失われていく。

誰も動かない、何も息をしない静寂を、俺は知っていた。



「…… なぁんて、な」


俺はパッと手を離した。


「俺もさ、あの頃よりは大人になったってことかな?」

誰に向かって言っているというのだろう。

恐らくは自分自身、今の「俺」ではなくあの日の「俺」へ。

「さて、」

俺は立ち上がって、男の姿を見下ろした。

意識が飛んでしまう間際に失禁したようで、ズボンの前が濡れている。

「これを運ばなきゃならんのは、さすがに抵抗が ……」

どうしたもんかと思いつつ、俺は携帯電話を取り出して、慣れた手つきで明ちゃんの短縮を押していた。





下着を剥き出しにした男を抱えて本部に辿り着く頃、明ちゃんは既に到着していた。

何事も迅速に、を心がけているだけはある。

個人的な話としてはパジャマに寝ぼけ眼でやってくる姿を期待していたが、昼間の完璧さはどうやら夜も乱れることは無いらしい。


「これが先ほどお話にあった男ですか」


汚れたズボンは申し訳ないが脱がして捨ててきた。

赤くなる様子も照れる素振りもなく、ただ淡々と現状を視認する明ちゃんに俺は苦笑するしかない。

「創世会、と仰いましたね」

「ああ。確かミーナちゃんはそんな名前だって言ってたな」

「私も聞いたことだけならあります。確か丸の内の一等地に建つビルを買い取ったという話題が、数ヶ月前の新聞に掲載されていました」

「へえ。お布施でがっつり儲かってんのか」

「それとも、どこか大きなスポンサーがついているのか」

明ちゃんは目を細めた。

「とにかく男が目覚め次第、尋問の必要性があります。質問事項はこれから私が作成します」

「んじゃ、俺はそれまでこいつを見張りながら眠るとするぜ」

さすがに朝から活動していた為か、体が休息を要していた。


「柊木沢さん」


「…… はい?」

そんな折、改まって名前をよばれた俺はなんとなく背を正す。

「私は一言も“貴方に尋問をお願いする”と申してはおりませんが」

「え、いやしかし、明ちゃんには少し不向きな仕事かと、」

「私が行うとも言っておりません」

「じゃあ ……」


三七三は人体実験ができると喜びそうだったが、それでは尋問にはならない。

第一この男は三七三が一番毛嫌いしているタイプの人間だった。

瑕奈は考えるまでもなく論外。

だとすると。

いや、まさか。


「―― アイツ を呼ぶのか」


明ちゃんは無言のままだった。

それが何より肯定を裏付けている。

「本気なのか?」

「そのために彼はここに居るのです」

抑揚の無い声。

「なあ、そんなことしなくても俺がうまくやるからさ。何もアイツを使わなくても、それに、」

「叶もそれを望んでいますから」

「……」

俺を黙らせるにはそれだけで十分だった。


「分かった。でもあいつに連絡するのは夜が明けるまで待ってくれ。朝になったら俺から電話してみる」

「いいでしょう」

短く言い残すと、明ちゃんはピンヒールの踵をカツカツと鳴らして自室へと引っ込んでしまった。


「まいったなあ」


俺はソファーに深く腰掛けながら、明日の朝が永遠に来ないことを祈った。





それでも繰り返し日は昇る。

灰色の厚い雲の中、確かに太陽それはそこにあるのだ。



俺はとりあえずあいつの携帯に掛けた。

四回ほどの着信音の後、いつもより擦れた声であいつが応じる。

「どうしてこういう時に限って出るんだよ?」

『…… はい?』

「いいや、こっちの話」

俺は手短かに用件を伝えると、すぐに来るようにとだけ告げると会話を終えた。

これからあいつに課される事を思うと本当はもっとなにか言うべきことがあったようにも思えたが、それは俺にとって些か荷が重かった。

「……。」

何だか自己嫌悪に陥る。

イライラしたので、三七三も叩き起こしてやることにした。

開口一番、いつもよりも随分と男らしかったのでそれを指摘すると、あいつはすぐに出来損ないのオカマみたいな声を出して俺を罵った。

…… 呼ぶんじゃ、なかった。

さらに疲れることとなった俺は、とりあえず“尋問”に使用されるであろう一室に男を運ぶことにした。



「おはようございまーす」


最初に現れたのは、呼んでもいない瑕奈だった。

英文字の入ったトレーナーに短いスカートを履いた姿は、いつもならそれなりに和みを与えてくれるのだが、今日だけはお呼びじゃなかった。

「…… お前、何でこんなに早いんだよ」

「ほあ?だって三七三さんが面白いことがあるから来いって」

「あのオカマ」

舌打ちを漏らした俺を、瑕奈は心配そうに見る。

「あの、あたし邪魔でした?」

「いやそういうわけじゃないんだが」

「そうよ!一人だけ仲間はずれにしたら可哀想でしょう?」

俺の疲れを増幅させる奴が来た。

三七三は色つきのサングラスに胸元が深く開いた黄色いシャツを着ていた。

「なんだお前は。リゾートにでも行くつもりか」

あまりに場違いな格好に、俺は思わず叫んでいた。

それを受けた三七三は、

「何よ、一晩中汚い男の股間ばっかり見てたんでしょう?だからちょっと潤いを提供してあげようと思ってねぇ」

無駄に肢体をくねらせて、色気を演出していた。

瑕奈は既に放心状態である。

「こ、股間 ……」

「誤解するな、俺はだな」

「百聞は一見に如かず、よ。実際に見てみれば分かるわ」

にやりと怪しい顔でそう言うと、三七三は瑕奈の手を引いて一番奥の小部屋へと入っていった。

刹那、


「にぎゃああああーーー!!!?」


瑕奈の悲鳴が響く。

勢いをつけて飛び出して来た瑕奈は、半分涙目で俺のシャツを掴んだ。

「ひ、柊木沢さんっ!お部屋の中に、なんか縛られてパンツ一丁で頭に黒いビニール袋を被せられた人がいるんですけど!!!」

「ああ。見たまんまだな」

「あの人、何なんですか!?」

俺が答える前に、三七三が実に苦い顔をしてこちらへ戻ってきた。

「想像以上の汚物ね。見るに耐えないわ」

「その割にはじっくり見てたみたいじゃねえか」

「あれ、あんたが縛ったんでしょう?無粋だからあたしが直々に芸術的、かつエロティックな束縛を試してあげようかとも思ったんだけど、結局汚くて触れなかったわ」

三七三はブランド物のハンカチで両手を拭った。

「それはそうと、随分犯人が早く見つかったわね」

「まだ犯人だと決まったわけじゃねえよ。ただ怪しいってだけだ」

「ま、それは本人に聞いてみれば分かるでしょう。で?あんたがやるんでしょう?」

「それは ……」


「すいません、遅れました」


まだ幼さを残した声。

青年と少年のちょうど中間あたりに属する奴は、寝癖なのか後ろ髪が跳ねていた。

皺のよったTシャツにジーパンと適当に着てきたことが丸分かりな格好だった。


「…… ?」


どうやら俺の視線に気付いたようだ。

その異様さに鞄の紐を持ったまま、入り口付近で停止する。



「ちょっと、ちょっと!まさか例のアレをやるつもりじゃあないでしょうね?」


やっと事の重大性を理解した三七三が耳元で俺に囁きかける。

俺は無言で頷くことしかできなかった。

「うっそ!え、本気で?今から?どうしましょう、まだ心の準備がっ!」

「…… 何でお前が赤くなるんだよ」

「だって滅茶苦茶好みだもの、アノ子。ドSだし!」

「あのー、何のお話ですか?」

三七三の痴態を横目で捉えつつ、瑕奈が俺に尋ねた。

「今から誰か来るんですか?もしかして、ドクター、とか?」

「いや、それはないから心配するな」

とりあえず不安そうにしていたので、その小さな頭を撫でてやった。

とは言ったものの、できることならこいつには尋問の様子は愚か、アイツの存在すら知ってもらいたくはなかった。

何か理由をつけて追い出せないものか考えてみたが ―― 少し遅かったようだ。


「 いらっしゃって頂けたようですね 」


明ちゃんが手に質問事項を記した紙を持って現れる。

「あ、明さん。おはようございます」

「おはよう、明」

「おはようございます」

義務的に口にしたものの、明ちゃんの視線は完全に奴へと注がれていた。

そしてそのまま奴に近づくと、

「これが今回の尋問に際する質問事項です」

「はい?」

受け取ったものの、よく状況が掴めていないのか奴は目の前の人物と紙とを交互に見比べていた。

「これを、僕が?」

「正確には“あなた”ではなく、あなたの中にいる“もう一人”に、です」


「―― ああ」

その言葉の中に落胆や困惑の類は一切含まれていなかった。

ただ周りを眺め、自由な方の自分の手を見つめ、そして顔を上げる。

「昨日も言いましたが、僕は僕の意思で 『彼』 と通じているわけではありません」

「分かっています。でも、やってみてくださいますね?」

「…… はい」

そう呟くと、奴はそのまま深く目を瞑った。



部屋全体に重い沈黙が降りる。

「ちょっとあの、柊木沢さん?三七三さん?」

状況がみえていない瑕奈だけが、きょろきょろと辺りを窺っていた。


明ちゃんは奴から離れ静観中。

興奮を押し殺すことでいっぱいなのか歯を食いしばっている三七三。

何も分からない瑕奈と、密かに右手を忍ばせポケットナイフの柄を握っている俺。


その中心に ―― 奴 が居る。


ふいに閉じられていた両眼が開かれる。

思わず身構えるも、ぼうっとした表情であること以外、変化がなかった。

微妙に火照った顔を明の方へ向けると奴は、


「…… すいません。やっぱり駄目みたい、です」


些か申し訳なさそうに呟いた。

しかし、



「、あ。」



瞬間、

すとんと何の前触れもなく頭が後ろ向きに落ちた。

それに続くように体がぐしゃりと床に崩れる。

「せ、先輩っ!」

瑕奈が思わず駆け寄った。

力の無い肩を揺すると、奴はその顔をまるでスローモーションのようにゆっくりと持ち上げ、

そして


「…… まあそう慌てるなって。別に出ないとは言ってないだろうが」


片方の唇だけを吊り上げて、凶悪に笑った


「せんぱ、い?」

「ん?」

驚いた瑕奈は反射的に後ずさる。

そんな様子を見て、


「お前は見たことのない顔だな」


奴は、

いや ―― 『 終児しゅうじ 』 が、瑕奈の頬に手を掛けた。





「先輩、ですよね?」


まだ理解できていないのだろう。

頬に添えられた手に困惑しながらも、瑕奈はそいつに向かって微笑みかけていた。


「どうしちゃったんですか?そんな、見たことない、とか」


対して 『終児』 は、

「お前は初めて見る。だから見たことがない顔だと言っている」

「そんな、じゃあ、えっ?」

「…… しつこい」


『終児』 が、動いていた。


そう脳が認識する頃には既に 『終児』 は両手でがっちりと瑕奈の頭を捕縛していた。

そして俺を含む誰もが行動に移る刹那 ――



『終児』 が 瑕奈の 中 を覗きこんでいた。



「あ、あ、ああ、あ、」


瑕奈がぶるぶると痙攣を始める。

俺はナイフを取り出そうとするも、両腕が動かなかった。

それどころか体中の筋という筋がまるで糸に絡められたかのように凍り付いていた。


『 まだ始めたばかりだ、邪魔をするなよ 』


脳内に直接伝達される声。

「く、そっ!」

見えない壁に立ち向かうように足掻く俺の目の前で、瑕奈は両眼から大粒の涙を流し、口元をわななかせながら、確実に壊れていく。

最悪の結果が脳裏にちらつく中、


「やめなさいな」


『終児』 と瑕奈の間に三七三が割って入った。


「お前に用は無い」

「ええ、分かっているわよ。けれどこれ以上この子を虐めるのはやめてちょうだい」

「どうせ俺が手を下さなくとも」

「―― だからそれも分かっているわ」

『終児』 の言葉を遮るように三七三は瑕奈を抱きしめた。

「分かってる。分かってるわよ、だからもうやめてちょうだい」

「…… ふん」


つまらん、と間の抜けた声がした。


そしてその瞬間、俺の体は自由になり、瑕奈は三七三のほうへと倒れこんだ。


「っ、お前は」

「ただ遊んでやっただけだろう」

不服そうに呟くと、『終児』 はくるりと明ちゃんを振り返った。


「お前とも久しいな」

「…… 何のことでしょうか」


瑕奈が侵食されている間、明ちゃんだけはただじっと成り行きを見ているだけだった。

『終児』 はそんな彼女の反応を鼻で笑って一蹴する。


「 で、俺は誰を “尋問” すればいい? 」


「…… こっちだ」

これ以上こいつの好きにはさせないよう、俺は案内役を買って出た。

しかし、

「ああ、別にいい。俺は俺の勝手にやる」

言うが早いか、『終児』 は教えられてもいないのに勝手に奥へと進んで行った。

「って、おい!」

慌ててそれを追うと 『終児』 は男のいる小部屋へ入っていくところだった。

中では既に男の目隠しが外されていた。

突然の光に眼を細めながら、それでも男は唾を飛ばしつつ 『終児』 に食って掛かった。


「な、お前は誰だ!?ここはどこだ、これは暴行監禁罪に問われるぞ!」

「そうだろうな」


言い終わるが早いか、男の体は縛り付けられている椅子ごと壁へ叩きつけられる。

「がはぁっ!」

男は激しく呻いて血を吐いた。

「おい、殺すなよ」

「そんなことはしない。人は “生” という苦しみをもっと存分に味わうべきなのだ」

怯える男に近づきつつ、『終児』 は涼しい顔でそんな事を呟いた。


―― 成程、それがこいつの哲学ってわけ、か


俺がどうでもいいことを悟っている間に、『終児』 は先ほど瑕奈にしたように男の顔を掴み、その瞳を覗き込んでいた。

「ひ、やめろ!何をする!」

「今度は止めるなよ」

始める前に 『終児』 は俺を見て、にやりと笑った。


そして、『終児』 は 男の 内部 へと介入を開始する。

もちろん俺が止めることはなかった。


男の絶叫が、高く部屋中にこだました。





奴 ―― カイ と出会ったのは二年前。


俺がこの得体の知れない集団の仲間入りをしてから、初めての新入りだった。

最初の印象は“普通の子供”だった。

少し話してみても必要最低限の受け答えをするだけで何の面白みも無い。

三七三はやっと若い子が来てくれたと大喜びだったが、俺には表情も乏しいつまらない奴だという認識しかなかった。



そんなある日。


カイが通うようになってから数日、たまたま俺と奴だけが残されたときがあった。

特にこれとった共通点もない相手と会話が弾むわけがない。

何もすることがなかった俺は、ソファーにふんぞり返って昼のワイドショーを見ていた。

しばらくして奴がいたデスク方面に目をやると、奴は腕枕をつくって静かに寝息を立てていた。


「んだぁ?一応、仕事中だぞ」


自分の事を完全に棚に上げた俺は、カイに近づいていった。

この数日の間でこいつについて学んだことといえば、人並みに電脳パソコンが弄れるという事くらいだった。

もしかすると何か特別な才があるのではと大分探ってみたのだが、一般的な少年の枠から外れるような片鱗はどこにもない。

余程疲れているのか、カイは本格的に寝入っているようだった。

もしかすると夜の営みが忙しいのだろうかと下世話なことを考えながら、俺は何も考えずにそいつの頭に手を伸ばした。


が、寸前でそれは止まる。


勿論意図的にではない。


「な、なんだ?」


突然のことに警戒を強めていると、寝ていたはずのカイが伸びすぎた前髪の隙間から俺を見ていた。



「勝手に触るなよ。変態か、お前は」


今までにきいたことの無い口調。

表情は愚か、その瞳の色さえも完全に別人のものだった。

伸ばしたまま停止状態の俺の腕を掴んで起き上がったカイは、俺を覗き込んだ。


そこに芽生えるのは ―― 微かな恐怖。


「別人だろ思うのはしょうがない。実際に“別人”だからな。そう、俺は」


『終児』 だ


そう告げると同時に、奴は俺の 中 を無理やり抉じ開けた。



あの感覚は体験してみないと分からないだろう。


言葉で説明するには

それはあまりにも暴力的で抗いがたく、

拒みたいと思う精神とは裏腹にどこかで全てを投げ出してしまいたいという願望があったのも事実。


『終児』 は俺が生まれてからの記憶をまるで玩具のように扱った。


土足で踏み入られ、生の手で触られるたびに、俺の内部は悲鳴を上げた。


幾千もの触手に絡めとられるような感覚。

そしてその無遠慮な手は、


―― 母を殺したあの日 の記憶をも 引きずり出そうとしていた


それだけは、と

俺は必死に叫んだ。


それは駄目だ

それを止めろ

それに触れるな


それ以上進むと、俺 が 壊れ て しま う か ら ――




『終児』にとって、それは無いにも等しい抵抗だっただろう。

それなのに ―― 記憶の蹂躙は唐突に終わった。

しかしそれで全てが元通りになったわけではない。

海の波が浜辺の砂を攫って行くように、俺は俺の中にあった名前もない何かを、それまでそこにあったことすら気付かなかった何かの一部を永遠に失っていた。


それでも俺はそこにいた。


自分の足で立ち、ひとつの存在として、世界の中に在った。



「なかなか重たい過去を背負っているみたいだな」


動けるようになっていたにも関わらず、俺はただそいつの顔を凝視していた。

言いたいことも聞きたいことも色々あった。

何の権利でお前はあんなことを、と力任せに殴りつけその首を切りつけて、殺してしまいたかった。


俺がそうしなかったのは、

目の前に居た カイ ではない 何か が、とても人だとは思えなかったから。


人ではない何か。


異形の存在、見てはいけない暗部、覗き込んだら二度とは戻れない深淵の果て ――


「そんな大層なものではないさ」


それ はそう言って哂う。


「本質は極めてお前たちに近い。ただ、ここに至るまでの過程が少々複雑でな」


カイの顔を使って、そいつはにっこりと笑った。

「だからお前も俺に、というか こいつ に手を出そうなんて思うなよ。そのときは、」


―― 今度こそ確実に、お前を壊すからな



次の瞬間、俺の前に居たのは寝不足な目をした子供だった。

カイはぼんやりと俺を見上げ、

「何か言いましたか?」

と、首を傾げた。




後に明ちゃんから聞いた話だ。


カイの中にはもうひとつの別人格、自らを 『終児』 と名乗る者がいるそうだ。

そいつは時々表層に現れては勝手気ままに行動し、人を壊して遊ぶのだ、と。

それは確かに危険極まりない存在ではあったけれど、圧倒的な力 ―― もはや俺には超能力のようにしか思えない力は使いようによって役に立つ。

故に叶のじいさんはこいつを引き入れて、それを有効利用しようとしているのだ。


ただ、カイは 『終児』 を自分とはまったく違う概念だと言う。


「うまくは言えないんですけど、“彼” の体はどこか別のところにあるんです。でも今はそれが動かせなくて、たまたま精神だけが僕を器として利用することを思いついたんじゃないか、と」


本当によく分からないんです。

説明の終わりにカイはそう呟いた。

何にせよ当の本人が分からないものを、他人の俺に理解できるはずもない。


あれが二重人格の産物なのか、誰かが憑依している結果なのかはこの際もうどうでもいい。


俺はあれを認めることができない。

認めたくは、なかった。





「―― 終わった 」


そう呟かれるまで五分もかからなかった。

しかしそれは一人の人間を壊すには十分すぎる時間だった。



男の目は宙を見ていた。


時折何かを追いかけるように動いてはいたが、そこに生気ない。

口端から涎を垂らし、意味を成さない言葉を紡ぐその姿は、完全に廃人そのものだった。


「お前やあの娘の時よりも長く覗き込んでいたから、しかたがない」


当たり前のように呟いて、『終児』 は男の足を蹴った。

「こいつは幸せだ。これから起こる何もかもを知ることも無く、平穏に生きられるのだからな」

「…… お前が何かするのか?」


「いや」


男の見ている先を眺めながら、『終児』 は微笑んだ。

全てを飲み込んでしまう最悪な笑顔でもなく、感情という感情を喪失した冷たい笑みでもない。

しいて言うならば ―― 人のような顔をして、微笑んでいる。


「俺は何も望まないし、何も起さない。ただ俺は俺として、創造された意味を補完するだけだ」


「意味がわからんな」

「そのうち分かる時が来る。お前も、俺も、それから こいつ も」

そう言うと 『終児』 は人差し指と親指を鉄砲に見立て、自らの頭に突きつける。

「俺は戻る。報告はこいつの口から聞け」


ぱん、と撃ち抜いた仕草を見せた後、その体は力なく崩れ落ちた。


「―― ご苦労さん」

俺は床に激突する前にカイの体を掴みあげる。

完全に気を失っていた。

無理も無い。普段のこいつからは考えられないような力を使うという事は、こいつを精神的にも肉体的にも疲労させる。

俺が初めて 『終児』 の存在を感じたときも、こいつは連日のように 『終児』 の意識を浮上させられていたことで疲れていたのだ。

男にしては酷く軽い体を担いで、俺はその小部屋を後にした。

後々、椅子に縛られた男をなんとかしなければいけない事は分かっていたけれど、今はとりあえずカイを休ませることが先決だ。



「…… 何なんですか、アレは」


カイをソファーに横たえる。

部屋の隅では瑕奈が目を見開いたまま、同じ言葉を繰り返していた。

「あれは、何ですか。何ですか。アレ、あれは」

どうやらそうとう堪えたらしい。

ぼろぼろとただ零れるだけの涙を、抱いている三七三が懸命にせきとめようとしている。

大丈夫だからと告げられる言葉も瑕奈には届かず意味を成さずに消えていく。

焦点の合わない視線がふいに俺へと向けられた。


何なんですか、あれは。


そう、問いかけられたような気がした。



「―― さあ。俺に分かるくらいなら苦労しねえよ」


俺は眠るカイの額に手を置いた。

このまま首を絞めてしまえばこいつは楽になれるだろうか。



と、そんな事を 思った。














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