81 良かったのですか?
「……良かったのですか、旦那様?」
「んん? 何が?」
「姉上ですよ。溺愛している愛娘に、文字通り旅させて良かったのですか?」
そう言うと、この食えない人はニコリと笑った。
……この人の笑顔は、怖いな。
「そうだね………でも、そろそろ大丈夫。もうそろそろ馴染んだだろうし、あの人も、少しは往なせるようになったから」
……意味がわからない。
だが、恐らく説明する気もないのだろう。抽象的な発言は、この人の十八番だ。
養われの身であることは自覚してるが、それでも蚊帳の外は癪に触る。
「あなたは僕の恩人ですので今回は協力しましたが、あなたがそうなら、以降は姉上に付きますよ」
「………あー、ごめんね。怒らないでよ。でもね、今回のことはいろいろ、邪魔されてのことだからねぇ」
邪魔されて?
この人が?
「………誰があなたの邪魔をできるのです?」
「……あのね、ユウラムは僕を何だと思ってるのかな?」
世界の、影の王?
……いや、流石に大袈裟だがとにかく、この人を出し抜く人間なんて、想像も出来ない。
「………何考えてるかは、何となくわかったけどさ……」
うんざりしたような顔を見て、予測があながち間違って無いのだと確信する。まぁ、只者じゃないものな、この人は。
「………僕はただの人間なんだよ、昔も今もね……」
「? よく分かりませんが、畏怖されるのが嫌なら、普通に生きれば良いと思います」
普通の人間は、こんな大袈裟に里帰りしない。
「………それができれば、苦労しないよ………」
やや悲嘆に暮れたような、旦那様に似つかわしくない言葉だった。
どうしたのかと尋ねようとしたところで馬車が止まった。
「……着いたようだね」
国教、スクリーム教の聖地、南の国へ。




