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閑話 それを知る者


『伝説の聖女』


帝国出身。歴▲▲年、没。


彼女に、名前はない。

家もない。家族もない。金だって、ない。


響きだけは良い彼女の実態は、とても空虚なものだった……。






「――――何を見ているんだ?」



声がかかると、本を読んでいた筈の目はドアを向く。まるで気づいていたかのように振り返るその優雅さは、流石の一言に尽きるだろう。



「お伽噺、かな。ふと思い出して、調べただけ」


「『伝説の聖女』か。まぁ確かに、もはや童話のようなものだな」


「こういう存在はとくに、情勢によってガラリと色を変えるからね。でも、ただ他人事とも言い切れないでしょ?」



意味ありげに微笑む男。そのいらずらを好みそうな顔をみて、彼ははぁ、と溜め息をついた。そうだこいつは、こんな男だった。



「俺たちの不便な性質を、まるで野次るようにでも言うのはやめてくれ」


「そう? 捉えようによっては、良さそうな気もするけど」


「端から見てればな! まったく、今回のことだって、何度もヒヤリとしたんだぞ?」


「ごめんごめん、冗談が過ぎた」



冗談、冗談。昔からよく口癖のように言うが、ならばこいつは、いつその本音を溢しているのだろう、と彼は首を傾げた。


そしてこうも思う。こいつはその笑顔の奥で、一体どれだけの悲哀を知ってきたのだろうか、と。



そう、例えば。

かのビリジアン伯爵と、王妃のような。

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