56 ……初耳ですが。
「まぁでも、婚約の解消はあんまり好ましくはないかもね」
そりゃあそうだ。
一度した婚約、つまり結婚の約束を蔑ろにすることが推奨される訳がない。
しかも、この婚約は特大級な政治的な話の一つや二つ、余裕で絡んでくるのだし。
「公爵家の外聞にも、関わりますしね………」
「いや、それはどうでも良いけど」
………お父様、まがりなりにも当主なのにその発言はどうかと……。
「そんな顔しないでよ。言っておくけど、ウチだって噂くらいで傾くほど耄碌してないよ?」
「それはそうかもそれませんが、どちらにしろ問題は………」
「それにほら、このルラーナ家は世界中に点在してるんだよ?」
「………え」
「この国と関わりのある国には、だいたい親戚はいるよ。海の向こうの国では、国王をしている奴もいたはずだ」
………初耳ですよ、お父様。
ていうか、私は一応社会科を教えているのに聞いたこと無い………どういうこと?
「だから別に、そんな細かいことはどうでも良いってこと」
細かい………王子との婚約が………。
「…………では何故、私と殿下を婚約させることにしたのですか?」
昔は男避けだの何だの言っていたけど、そんなに家が落ち着いているなら、それこそユウラムたち親類の誰かと婚約すれば良い話。
わざわざ競争率の高い、王子妃にさせなくたって。
「んー、それは色々とあるけど……まぁ、一言で言えば、この国はなかなか良いところだからかな」
「……」
「でも、婚約はして良かったと思ってるよ? 殿下はなかなか、君にゾッコンだしね。好ましくないっていうのは、そこ」
……もう今日のことも、知ってるらしい。それとも、もっと前から気付いていたとか?
直球でそう言われると、流石に少し恥ずかしい。
というか、ゾッコンといっても、好きなのは顔だけで………。
ああ、これは少し置いておこう。
「………えっと、つまり?」
「うん、婚約の解消は殿下が可哀想だなって。昔を思い返して、そう思ったのかな」
「………それは」
お母様の、話?
聞き返そうとしたところで、お父様は口に人差し指をあて、深く笑った。
「よくよく考えてあげてね。………貴族の世界は、いろいろあるから」
おやすみ、微笑んだお父様はもう、いつもの甘いお父様だった。
………んー、しょうがない。
お父様に免じて、もう少し、考えてみようか。
騙されたような釈然としない気持ちを抱えながら、私はそう思った。




