49 あやふやでややこしい世界
「……ここは?」
気づくと、知らない場所にいた。
……場所? いや、違う。
周りが白か黒か、自分が立っているのか座っているのかわからない。自分の言葉が、頭の中の言葉か話したのか、わからない。
こんな、全てがぼんやりとしている世界は一つ。
「夢?」
「さすが、伝説の聖女」
振り返ると、人の気配があった。
ただこれもあやふやで、男性か女性かもわからない。
「夢の世界は良いな。全てを忘れて、都合の良い幸せが手にはいる」
「……そうでしょうか?」
「まあ確かに、嫌な夢もある。だか少なくとも、君が夢を見ている理由は、現実逃避が理由だろう」
否定は出来ないので、私は黙った。
「せっかく、君みたいな綺麗な令嬢の夢に出してもらえたので、一つ良いことでも教えよう」
「なんでしょう?」
「君が前世を覚えているのは、君の徳が高いせいらしい」
「……へぇ」
「おや信じないか。まぁ良い。君の徳は、それは壮絶な量だよ」
「徳は、偽善もカウントされるのですね」
所詮、夢。
普段ならおくびにも出さない、皮肉めいた本心を晒した。
……自分ながら、醜い。
「そりゃあそうだろう」
「……え?」
「生き物が、自分の得を考えないなんてことは、あり得ない。生き物が何のために生きてるか知ってるか?」
「……いいえ」
「生き残るためさ。巧妙に、卑劣に。そんな先祖がいるから、君たちがいるのさ」
生き残るために、生きてる。
おかしな話だ。そんなこと、今まで考えてきてない。
「腑に落ちないか。君もまた、あのややこしい人間だものな」
「……」
「人生においての幸福と不幸や苦痛との、比を考えてみろ。綺麗事なんて、言えなくなるだろ?」
「……そうですね。死ねばどれだけ楽か、考えるだけで気が軽くなります」
「だから、宗教だの学問だの政治だのにすがって、そのさきに夢を見るのさ。”今頑張れば、ああなれる”ってな」
「結局、逃げるのですね」
「そうさ。酒も、夢も、希望も、神も、全部人間が作った、苦しみの麻酔だな」
麻酔。
苦しみを取り除くために、痛みを感じない状態を作り出すもの。
「……なるほど」
「納得、したか?」
「はい。ありがとうございました」
おかげで、調子が戻った気がする。
私は意識が浮上するのを感じながら、今世での初志を再び誓った。




