05 どこの"おうじ"さんですか?
五歳になりました。
…うん、この五年は幼児だけあってつつがなく平和だったね。
お父様ともお母様とも上手く馴染んだし、お手伝いさんたちの顔も覚えた。
みんな私に甘くて、優しい。
そりゃあもう、私に前世の記憶がなかったらとんだわがまま娘になっちゃうぞってくらいに。
ちょっと喋ったり、走ったりしただけですごい誉めてくれるんだもん。
"天才だ"とか"将来有望だ"とか。
おかげで、無駄に自信家になったような気がするよ。
まあ、とにかく私は大きな事件もなく過ごしていた。
…あのときまでは。
「アルル、今日から君は王子の婚約者だよ」
「…はい?」
んんん?空耳かな?
「アルルは王子の婚約者に内定したんだ」
お父様の書斎に呼ばれたと思ったら、突然、大変なことを言い出された。
「おうじって、あのおうじですか?」
「どの王子かな?」
「えっと、お城にいて、国王様の子供の…」
「他に王子っていたかな?」
「誰かの、人名とか?ですかね?」
「うーん、そんな人はいないと思うけど…」
ですよねー。
「何で、そんな突然決まったのですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
お父様が立ち上がった。
「僕の可愛いアルルを、どこの馬の骨とも分からない輩に奪われる訳にはいかないだろう?でも、アルルはどんな男の目をも奪う美しさだ。そう、君の母様と同じで!」
うーん、結局おのろけにいくのね。
「えっと、それで何故王子殿下との婚約に繋がるのですか?」
「そう、アルルはいつ変な男に目を付けられるかわからないんだ。
そこで、予防線を張ることにしたのだよ。」
お父様はもう一度息を吸って言った。
「ただ公爵家の令嬢というだけでは、アルルは可愛いさのあまり連れ去られてしまうかもしれない。その点、未来の王妃ともなれば流石に思いも胸に留めるだろう。それに、王子ならこの国で一番身元がはっきりしている。アルルを国外にやるつもりはないから、王子がこの世で一番アルルの相手にふさわしい!」
お父様は言い切った。
…お父様は思い付いたら突っ走る所があるんだよね。
仕事では冷静らしいのに。
「お父様は、私に結婚相手を決めさせてくれないのですか…?」
貴族に生まれたからには、と思っていたけど現実を目にするとやっぱり悲しい。
「い、いや、そうじゃない!絶対に結婚しろという訳じゃない!
そう、あくまで選択肢だ!うん、アルルが気に入らなかったら、こっちからそんな男願い下げだよ!」
王子様をそんな男呼ばわりは、どうかと思うけれど…。
「勝手に決めてごめん。な、何なら今から取り止めるけど、どうする?」
お父様は捨てられた猫みたいにしゅんとした。
つい、クスッと笑ってしまった。
「いえ、良いのです。私のことを思って頂き、嬉しいです。
とりあえず、殿下と会って、話してみてから決めようと思います。」
「アルル…!」
お父様は感慨深まったようで抱きついて来た。
…お父様って、まだ若いし、こうしてると子供みたいね。
正直、王子と公爵家の婚約はそう簡単に決められるものじゃあないと思う。
それに、子供の私に話した時点でもう正式に決まってるのだと思う。
だから私がワガママを言って、偉い人たちを困らせるのはよくない。
まあ、恋愛はしてみたかったけれど、それはじゃあ婚約者の王子様とすれば良いものね。
うん、大丈夫。前向きにいきましょう。
「あ、それで明日王子と顔合わせがあるからね。」
…お父様ぁー!?