38 私は、知ってる。
「…いつから、ですか?…」
「…ほんの、数年前だ」
場が、シーン…と静まり返った。
しばらくした後、先に口を切ったのは、殿下だった。
「…まあ、決まった訳じゃない。あくまでも心当たりだ。」
「そう…そうですね。」
思ったことも、言いたいことも、沢山あったけど。
「そんなわけだから、俺はそのうち、忙しくなるかもしれない」
「分かりました。」
こうしてお茶会はお開きになった。
私は帰路につく馬車の中で、ぼんやりとさっきのことを考えてみる。
…国王様か。
私は、直接的な関わりは無いけど、お父様は昔から仲が良い。
苦労性で、みんなに慕われているイメージがある。
あの国王様が不正なんて、信じられない。
そもそも、どうして、カペラさんは関わりの無い国王様が不正をしているなんて思ったのだろう。
…そして、殿下は何故、国王様に不信を抱いたのだろう。
とりあえず、私の手には余る。
殿下は今回の話を、口止めはしなかった。
だから、誰か信用できる大人…お父様に報告を…。
「どうかしましたか、アルル姉上?」
突然の声に驚いて顔を上げると、ユウラムがいた。
…あれ? ここは…屋敷の庭か。
気付いたら家に帰っていた。
「風に当たりに来たのですか? 顔色が悪いようですが」
「…顔色、悪いですか?」
「ええ」
ユウラムが迷いなく頷いたのを見て、私は苦笑した。
でも、その言葉によって、私は少し気が緩んでしまったのだと思う。
「何か、ありましたか?」
「……貴方は、…身内に情がありますか?」
そんな言葉が口からポロリと出た。
敢えて、口にしないように避けていた言葉を。
「…ッ何でもありませ…」
「ないですね」
私は目に見えて動揺したのに、ユウラムは驚くほど普段と変わらない無表情のままだった。
「…僕がこの家に引き取られて来たから、家族というものがトラウマだとでも思ってたのですか?」
「…いえ」
正直、そうだ。
だって、彼の実家は、私も知っているような…。
「どうでも良いんですよ、倫理とか、常識とか。僕はただ、僕の目的の為だけに生きています」
「…!!」
吹っ切れているようなその言葉に、魂を揺さぶられた。
私は、その生き方を知っている。
何かに傾倒していないと、人格すら無くなりそうな感覚。
ただ息をしてものを食べる、人以外の何かになりそうな感覚。
背筋がゾッとした。
…私は、こんなふうだったのか…。