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100 はじめまして


生まれてきた日のことを覚えていない。

劣悪な環境で育ち、十六の今日までなんとか生きながらえた。なのに必死に生きようとすればするほど、心が離れていく。世界を知るほど、成長するほどに。



「教会? なんだそりゃ。確かにこの国の数少ない貴族と王族は頑張ってるさ。けど、仕方ないんだよ。土地ごと貧しくて、子供も大人もバタバタと死んでいくんだから」



体中に走る、この激情はなんだ。

嬉しさとも哀しさとも感じる、救いようのない野心は。



()()。おまえは汚いガキのくせに、なかなか頭が良いじゃないか。どうせどこも手は足りてない、折角だから活かす仕事をしたらどうだ」 



そう進められて勉強し、片田舎の教師になった。なんとなく感覚がわかって、私はソツなくこなすことができた。



「―――視察?」


「ええ。今度新しく即位した王様が、このあたりを視察するんですって」


「なぜこんな片田舎を………?」 


「さぁ」


「あぁ、王様はなんでも"結婚相手"を探してるらしいですよ」


「………はぁ? 即位なさったということは、お相手もいらっしゃるのでは?」



自分でそう口にして、なぜか引っかかるようなものを感じた。

なぜだろう、私は王様のことなど知らないのに。



「そうそう、愛らしいと評判の聖女さまが。でもねぇここだけの話、上手くいってないらしいですよ」 


「許嫁のお嬢様が亡くなって、政略で結婚したという噂もありますからねー………」


「案外、元のお嬢様を未だに想っていらっしゃるのかも!」



高貴な方の物語のような想像に同僚が浮き立つ中で、私はなぜか一人話を飲み込めず、いや納得出来ずにいた。


―――なんで?


ザワッ、と不吉な何かが頭を過ぎった。思い出したくないものまで、思い出してしまいそうな…………。


首をふる。私は堪らず、逃げるように外へ出た。


















「…………仕事、サボってしまいましたね」



まぁ、もう授業も終わって自分の研究をしてたから、融通は効くけど。

フラフラとアテもなく、春の澄んだ空気を吸いながら、小川に沿って歩く。気持ちが浮上して、スッキリして、研究の気分転換になりそうだ。



「構想は纏まってるんですがね―――"転生"の本質と効能」



それは学者の末席に名を連ねてから、ずっと惹かれて止まないテーマだった。


今や廃れている教会という組織には、古くから伝わる伝説の女性がいるらしいが、なんでもその人は過去の記憶を持ったまま転生を繰り返していたらしい。長い間、その存在は謎に包まれてたが―――手記に近い、聖女による日誌の中から、私は独自に結論を出した。

近代の聖女によって殴り書きのように書かれたそれが、ずっと私の目に焼き付いている。




――――


 私は後悔していない


 聖女も神も 人の手にいる

 終わらせるのも 人の手でなければいけない


 私と彼女の手で

 聖女は人に変わったことになる

 後悔はない ない




 聖女は望んでいた


――――



かつては善行をし、教会の教えを広める者を"聖女"と呼んだが、今ではその名は特殊な能力に秀でた者の呼称となっている。所謂"魔法"を使える者が、それに分類される。


―――しかし、こうは考えられないだろうか。

 "魔法"を使えるから"聖女"は"聖女"なのではなく、"聖女"だから"聖女"は"魔法"を使えるのだと。

 "聖女"は教えを広めるため、世界を保つために自ら伝説を造り、そのために"魔法"の力を得、代償として彼女らは過去の過ちを覚えていたのだったと。


これが教会の、ひいてはこの世界のからくりだったんじゃないか?




「なら…………ぜったい世の中、間違ってますよ。もうちょっとなんとか、ならないもんですかねー…………」



ふと、後ろに気配を感じた。何となく、懐かしい気配だった。



「―――耳に痛い言葉だな。でもたしかに、この国はもっと良くならなきゃならない」



振り返るとそこには、男がいた。


若いとは言えないが、整った顔立ち。ひと目で私にも上等とわかる服を身に着け、拗ねたような表情でこちらをまっすぐ見ている。


知らない人なのに、なぜかまた懐かしいと感じた。と、同時に初めて見るほど整った顔立ちとこちらを見るまっすぐな目に、頬が熱くなるのを感じた。



「アルル…………失礼。君は、あの学校の先生か?」


「ええ…………そうですが」


「ちょうどよかった。このあたりで迷ったから、助けてくれる人をさがしてたんだ」


「あぁ、なるほど。この辺りは道が複雑なので、わからなくなりますよね。どこまででしょうか、ご案内しますよ」


「助かる。えっと―――」


「あ、ご挨拶が遅れました。はじめまして私、アルと呼ばれています」


「呼ばれている?」


「ええ。正式な名前はわからないんです。小さな頃から、ただアルと」


「そうか―――じゃあ俺のことは、()()()と呼んでくれ」


「ロード様、ですか」


「ああ―――今まで一番、呼ばれて嬉しかった呼び方なんだ」



男―――かつて殿下と呼ばれていた彼は、そう言って幸せそうに笑った。





  ―――[了]―――



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