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98 あたしは非常に傷ついたわ。

今回は本当に長いです! なんたって書くのに、いつもの五倍はかかりましたので。 ………実態としては他所様と比べると俳句と短歌みたいな差ですが。


「……………な"っ! 何をやってるんですかっ!!」



悲鳴のような声が上がった。

当然である。唐突な刺殺を目撃したならば。


対して当の本人は、血の滴る手を適当に降って払いどこまでも呑気な声を上げた。



「…………ん? あれ? あんた戻ったの?」


「………は」 



遅れて彼―――ユウラムは、自らがもとに戻ってることに気づく。



「………本当だ」


「驚かして戻るなんて、しゃっくりみたいな魔法ねー。意味有りげなこと公爵サマが言ってたけど、やっぱりハッタリだったのかしら?」



あまりにあっけからんと言うので、ユウラムは思わず硬直してしまった。



「あぁビビんなくていいわよ、あの人の気配もうしないから」


「………何よりですよ。まぁそれより………」



ユウラムは目を一瞬よそへ向けた。それに彼女が釣られたスキに、襲いかかって拘束した。



「な"っ…………何よっ! レディに優しくって概念そのものがないの!? キャーっ! 助けて誰か! チカン!」


「誰がチカンだ、この人殺しが」



倒れた殿下は、生気の無い顔をして倒れてる。

本来なら介抱すべきなのだろうが、ユウラムはそれよりも己の身を優先し犯人を束縛した。



「はぁ!? 何言ってんの!?」


「殿下を殺しただろう」


「……ああっ! いや、したけど! アレは意味があるんだってばぁっ! ―――そもそも殺してないし!」


「…………どういうことですか」



ユウラムの拘束が少し緩んだ。



「あぁもう…………いい? あたしたちはさっきまでアルルに殺られそうになってたの。ヤバかったの。ここまではいい?」


「………それで」


「殿下を乱すならアルル、アルルを乱すなら殿下。間違いないでしょ? だから殿下を死なない程度に攻撃したの。現にほら、アルルと公爵サマが姿消えたでしょ? 殿下の負傷は三人に任せとけばまぁ、たぶん大丈夫よ」


「………あなたという人は」



ユウラムはどっと疲れたような顔をした。仮にも王子を殺したことになったら、どうするつもりだったのだろうか。それを言うなら、ユウラムも何らかの罪を問われそうだが。



「なんて無責任な………」


「ふふん、伊達に人生2回目じゃないわ。―――私は今度は、余計なものは背負わないの。使えるものは使って、好きに楽しく生きるのよ」


「……………」



そう言った彼女の笑顔は、珍しくも憂いを帯びていた。



「そうそうちょっと、前のことを考えたんだけど」


「な、何ですか」


「あんたの言うとおりかもね」


「…………は? 何が」


「あたしが殿下に利用されてたってこと」



ユウラムはまた硬直した。


そんなことを、確かに言ったかもしれない。媚びて使われて、そのくせ愛される愛されてると勘違いしてる姿が、あまりに馬鹿らしくて、目障りだった。


でも、とユウラムは思う。

公爵に蛇にされ、不本意ながらも一応恩人となった。そんな彼女は、思っていたほど馬鹿ではなかった。

恋に浮かれ、盲目な女は見てきた。現実逃避しかできない愚か者を眺めてきた。それと彼女とは確かに違っていて、無謀で、強欲で、おまけに下品だが。彼女にはブレなく、そしてかなり曲がった軸がある。


ならば…………そういう考えや生き方もあるのかもしれない、と考えたのだ。


………もちろんその能天気さに腹が立つのも、また事実なのだが。



「…………あのときは少し、口が過ぎました」


「ええそうね、あたしは非常に傷ついたわ。―――でも、あたしの考えも甘かった」



彼女はしっかりとユウラムを見据えて口火を切った。それはヒロインに生まれた彼女の見解だった。



「物語のヒーローやヒロインは、必ず不幸に見舞われる。それでも熱意を失わず励める人が、真の主人公。一方で生身のあたしは、ちょっと頑張れないことだってあるし、生きるのにも嫌なことだらけよ。ずっと真面目に頑張ってなんていられない。


 思うに、幸せは気持ちに報いるわ。努力して実ったら、頑張ったぶんだけ嬉しい。けどそれと別に、運命っていうリスキーで手が出ないものがある。これが私達を振り回すの。……猛勉強して大学に受かったら次の日猫を助けて死んじゃった、とかね。


 ―――死んだら繰り返せないけど。もしそんな不運が続いたら、努力が馬鹿らしくならない?

 ―――日常ですら、いつ努力し、なにを信じるか。まるでギャンブルみたいじゃない?


 賭け(状況)に張って手札を捨て努力した人は、勝った人が取り沙汰されるだけで、負けちゃうことも案外多い。乙女ゲームのヒロインにすら、バッドエンドがあるのよ。みんな薄々それをわかってるから、状況に立ち向かう(張る)人は少なく、勝てた人は偉いのよ。なにごとも努力できる人は強いのよ。

 誰だって主人公にはなれるけど、誰もなりたがらないのよ」



ニコ、と爽やかにわらった。



「あたしはね。人生を賭けた大博打なんかより、お小遣いでやるパチンコが好きなの。地道な努力ほど馬鹿馬鹿しいものはないし、現状だって満足してるから、変わる必要もないと思ってたわ。


 でも世の中には物好きもいるのよ。アルルたちみたいに、当たり前に困難に挑むやつが。本当に追い詰められてるやつが。だからあたしは本物の主人公たちに関われば、当たり前のように叶わなくて、あたしは便宜上のヒロインだと言って逃げることになった。………逃げ続けるのは、けっこう辛いわ。殿下と話すのは楽しいけど、後ろめたさがお互いに拭えない………」



―――どんな人生も、やってみれば楽じゃないものね。



「…………認めるわ。あたしはただの女だってことも、記憶を利用されてることもね。でも構わないの。利用されるってことは、あたしに価値があるってことよ。利用し返すことが、できるのよ。本気で頑張る人の傍で、甘い汁吸うことができるってことよ」


「………辛いと自白したことを、この先も続けるのですか?」



それはとても苦労なことだと、狡いとか卑怯だとかの前に思った。今度は挑発などではなく、自然と口から漏れた言葉だった。



「―――仕方ないでしょ? 世の中は理不尽で、『神も聖女もない』ユートピアには、成り得ないんだから」


「――――!」



それはかつての、ユウラムの言葉。



「―――あれ? また蛇に戻ったの?」



彼女の言葉は聞こえていなかった。ただユウラムは、世の中で一番嫌っていた人種の言い訳を、懸命に反芻していた。



「しょうがないわねぇ。ついでだから一緒に連れ帰って、戻るまでは世話してあげるわ―――」






















評価ポイント合計1,000ptと、文字数合計100,000字オーバーを達成してました! すごい!


評価ポイント、また感想やら何やらも含めて、心が折れかけたときにとても励みになってます。応援ありがとうございます。



あと、遅ればせながら………前々回は特に他所へ行った内容になってますが…………もしご不快な方いらっしゃったら大変申し訳ございません。タグや注意の不足等あればお知らせ願います。


これからもどうぞご贔屓に!

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