95 まだやります?
私のテストが、ちょうど開始された頃。
以前閉じ込められた資料室に私はいた。
カツ、とけして大きくはない音が、開け放したドアの向こうから聞こえた。
「"招かれざる客"………というわけですか」
私の声は殊の外よく響いた。
「この身が安くないことは重々承知ですが………こうも容易に釣れてしまうと、悲しくなってしまいますね」
「―――なんのことですか?」
「勝負はついた、ということです。レミさん」
彼女の目的はわからない。
"アモルサラン"を名乗って影から人を操り、その一方で私に近づく。しかし友好的に見せかけ、幾度か寝首を掻きに来た。
しかし関係はない。
「『北の土地の人間』に『勝利』………あやふやな条件でしたが、私は今満たしたと考えているんですよね。どうかあなたのこと、知る限り話してくださいませんか?」
「何を根拠にそのような………」
「ほらほら、これです」
ピッ、と紙を見せた。
冒頭に『なんでも言うことを聞くことを約束する』なんて馬鹿げたことの書かれたこの国の王族・トップ貴族たちからの誓約書だ。
「な"ッ…………なんですかそれは!!」
「うーん………私、これでも腕の立つ方なので………闇討ちに来た方々をお迎えして、お土産をお渡しした上でお帰り願っただけなのですが」
あの"何でもする宣言"は思いの外魅力的だったようで、あれから連日テストの回答を盗みに来る輩が訪れた。
しかしお生憎さまだが、私は箱入り令嬢では無い、結構なお茶目さんだ。本物の奇襲攻撃ならともかく来るとわかってたものを迎え撃てない訳がない。きっちりふん縛り、貰うものを貰って来たという感じか。
「にしてもおかしいでしょう! なぜそんな大それたことに……!」
「うーん、そこはまぁ………とにかく、私は楽しく迎え打たせていただきましたので………まだやります?」
話すこと話すか、またなにかするか。
――いいよ、何でもおいで。この経験がまた、私を強くするから。
私は不敵に笑う。
『それとも、終わらせる?』
愕然とした様子だった彼女は一瞬呆け、そして呟いた。
「――わ、わたし、は」
幼子のような、たどたどしい言葉だった。
「もう無力じゃない筈なのに。
何でも持っていて 何でもできる筈なのに……」
らしくない、頼りない声。
なにか、危なげな様子だ。
と思うとギリッ、と顔を上げ私を睨んだ。
「―――わたしは あいつとはちがうんだ――あのまけいぬとは ちがう………なのに、なのにまた 邪魔をするのか!
アモルサランッ!」
―――え?
驚いてられたのはつかの間。私の肩口が、突然燃えだした―――違う、刺されたんだ。
状況を把握した頃には
血が噴き出す。
目が霞む。
痛みは無い。ただ熱く、緋い。
不明瞭な視界と思考はまるで非現実的で、少し高揚していて。だからこそ私は呑気で、妙に落ち着いていた。
(あーあ。怪我までしたら、あの伝言が……怒られるなぁ)
○
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○
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暗 転




