92 これは譲れない。
「…………相も変わらず勝手な人ですね。昔からそうです」
「あぁ、何か蒸し返す気かな? 僕らは協定を結んだんだ、決裂は本意でないけれど………言わせてもらうなら、僕も君の独善的な動向はどうどうしても好きになれない。出たとこ勝負もやぶさかではないよ」
「なるほど、ここにはご自慢の姫君がいらっしゃいます。彼女に決めてもらうのはいかがでしょう」
「いいね、趣旨にも合ってる」
二人ともニコニコ笑ってるくせに、コート羽織りたいくらい寒い。お忘れかもしれないが、ここは私の寝室なんだが………知らないうちに巻き込まれている。
「さ、と言うわけで先生。私たちは離別することにしました。あなたはどっちについてきますか?」
………全く意味がわからない。
「………ええと。質問の意図が分かりませんが、何故二人が既知の仲なのかも図りかねますが。お話から推察するに、長い間それなりに上手くやられてきたのなら、関係を修復する方が賢明かと思います」
「でもねぇ、もう仲違いしちゃったし。そうなったらアルルをここに置いておく訳にはいかないし。アルルももう、帰りたかったでしょ?」
バレている。いや、でも。
「私はまだ、ここでやり残したことがあるんです」
これは譲れない。
しっかりとお父様の目を見つめて言った。するとお父様は私の知る通りの甘い顔でふ、と笑った。
「―――そっか。じゃあ仕方ないね」
フラレちゃったなぁ、なんて言いながらお父様は懐からキラキラと光るペンダントのようなものを出した。
「ロケットペンダント、てやつだよ。本当に困ったとき開けてご覧。もちろん困っているなら、今開けてもいい」
「………はい」
開けてやろうか、と思った。実際困っていた。
お父様はきっと、私が残ると言うのはわかってた。だからこんなものをわざわざ用意した。ここがどんなとこで、どんな目にあって、どう考えたか。かなりのところまでもわかってそうで、困っちゃうし、かなり癪だ。
けど、まぁいいか。慣れない"ひとり"でかなり脆くなっていた。お守りも、悪くない。
そう思って首から掛ける。そう重くもなく、中身の謎は深まるばかりだ。
「じゃ、僕は行くね。これから彼等のとこへ行くけど、何か伝えることある?」
「では一言、『こちらは上々』と」
「あはは、わかったよ」
じゃあね、という言葉と同時にお父様の周りだけ霧が舞った。やがてそれが晴れると、そこには誰もいない。…………なんで? いやもう、理解する努力はよそう、疲れるだけだ。
「………強情なひとですね」
ポツリと彼女が呟いていた。




