89 可憐な人
長めです。(普段が短い)
「……おはようございます、先生」
自室に何故かいる彼女。けど、まぁいいか、今は。その言葉で、悪い夢から目が醒めたのだから。……今度は夢を覚えてる。
起こしてくれた彼女は、かわいい女の子だ。
いつもニコニコしていて、誰からも好かれる良い子。
虫も殺せない、か弱くて優しい子。
だから私は今まで、この子のやり口に気づけなかった。黙殺していたとも言える? いいや、忘れていたと言うのが正しいか。
―――悲しいな。
忘れていたという事実が胸に刺さる。いっそ泣けてきてしまうくらい、かつて私には彼女しかいなかったのに。
………どちらかといえば加害者の私が、その言い草はおかしいか。
それにしても人間の記憶は、紙の記録に比べて儚すぎる。
だから忘れてはならないことも忘れてしまった。
「―――この辺りは昔、伝染病が流行ったそうですね」
聞かせるともなく、呟く。
「嫌なもので、人と人とを渡り気をつけててもすぐに広まる、致死率はかなり高く後遺症も残りやすい、そんな伝染病が」
忘れていたかつての私は、今以上に視野が狭かった。
何もかも極端で、それこそ子供のよう。
それは恵まれた今と比べれば、仕方のないことだろう。
生を繰り返す苦悩も、ほんのすこしだけ思い出した。
「はじめはとっても恐怖していました。けれどあるときとうとう、感染者の共通点がわかりました。それは、菓子。みんなみんな、ある女性からその菓子を貰って食べていたそうです」
私は、志は大きかった。
たくさんの人を巻き込んで、爆弾のように派手に散った。
報いはあっただろう、あんなに有名になれたのだし。
「それがわかったとき、彼女は既に国外に出ていました。誰も捉えることはできない。そのまま協力者と世界を渡り、手を変え品を変え人を殺し、世界を震撼させた――」
でも、失敗ばかりだ。
たくさんたくさん、犠牲にしてしまった。
彼女のように、味方してくれた人までも。
「人々は彼女を畏怖し嫌悪し、恐れをこめて『魔女』と呼んだそうです」
―――もちろん彼女は。少なくともその頃の彼女は、懺悔も同情も、何も望みやしなかっただろうけどね。
「……唐突な講釈ですね」
くる、と彼女の方を向いた。
彼女は少し困った顔をしていた。
「……魔女の協力者は"かの"有名な伝説の聖女でした。そして彼女もしまいに死んだ。だから誰もが、魔女は無垢な聖女を呪い殺したと思い、そう伝えました。
しかし一部ではその魔女を称えた者もいたと聞きます。異端な彼らは土地を奪われ身を寄せ合い、ただ寂しく北の国へと集まった。そこは奇しくも、伝染病で人の死に絶えた魔女の故郷………」
私は、彼女のことがわからない。
「悪しき考えを持つ彼らは、闇の力を手に入れた。それは魔女の支配による聖女への復讐のため。
彼らの望みは教会を滅ぼすこと。完全に聖女を殺すこと。
…彼ら彼女たちが全てを知っているとは思いません。けれどあなたはきっと私の勘のとおりなら、可憐なだけではない人です」
「…………」
魔女を称えた彼らはわかる。彼らが怪しげな彼女に魅入られたのは、きっと私の敵対者だろう。殺したことで味方と思ったのかもしれないし、歴史通りの思想に惹かれたのかもしれない。
けどどうしても、"彼女"がわからない。
「教えて下さい、レミさん。いいえ、『魔女』の気配を持つアモルさん。
あなたは一体、誰ですか?」
行き当たりばったりなのが持ち味、と思って書いてます。気になる矛盾点等があれば、お気軽にご一報を!




