バレンタインSS 冬の終わりのチョコレート
SSを書いてみたかった。長い。ちょっとネタバレ。ほんわりです。
「ちょっと先生! なに呑気に寝てんのよ、起きて!」
「まあっ、先生に何て無礼な! 退きなさいませ! 先生はわたくしが、カーテンを開けて優しい日の光で起こして差し上げるのですわ!」
「カーテン!? このお嬢ちゃん! この部屋のどこにカーテンなんかあるってのよ! だいたいこの非常時ならたたき起こして構わないわよ!」
「だから、たかが平民が無礼ですわ! カーテンは無理でも、優しく敬意を持って………!」
なにやら喧嘩する声が聞こえてくる。なーんか、既視感があるような。………ていうかもしかして、“先生”って私のことか?
やけに身体が痛い。普段は大抵ベッドで寝てるから、目覚めが悪いことは珍しいのに………何て考えながら起き上がると目の前に………
「………ああ、目覚められました?」
………レミさんがいた。
え? ここどこ? というか、この大地から地平線を跨いで空まで全て真っ白い空間は一体……。
「嫌になりますよね、こちとら若くはないのに女の子がいないってだけで引っ張り出されて………」
「へ?」
何の話? と聞こうとしたところで、言い争っていた二人………カペラさんとザストリアさんがこちらに気付いた。
「先生! お目覚めになられましたのねっ!」
「あんた、寝すぎよ! とゆーか何だってこの人がここに………っと」
「………あら? ただの少女がそんなに珍しいですか?」
「……いや、あんた……………まぁいいや、とにかくそれより今は………」
カペラがこちらをぐるっと向いて私を指差した。
「さっさとチョコ作って、この部屋から出るわよ!!」
「………はい!?」
状態が全く飲み込めない。
「………つまり? この白い空間に異様に溶け込んだあの調理台でチョコを作ればこの部屋から出られる、と」
「その通りですわ」
「ええ、そんな感じです」
「…………何で?」
「さぁ?」
「嫌がらせでは?」
三人で首を傾げていると、突然怒号が飛んできた。
「あんたたちは、何もわかってなーーいっ!」
どうやら聞くところによると、広いこの世界にはちょうどこの日に女性が男性にチョコレートを渡すと告白と同義になる国があるらしく、こぞってチョコレートを渡す………らしいとか。
「………なら、ただ告白すればいいじゃないですか」
「………どうしてチョコレートなのか意味不明ですわ」
三者三様の意見が出た。私としては、何でその国は女性から限定なのか気になる。
「まぁ近年はいろいろ問題が出てるみたいだし? 結局イベントにかこつけて、好きな人に告白したいとか? ま、まぁ私は友だちにしか渡したことないからわかんないけどねっ!」
真っ赤な顔で一息にそう言ってまとめた。ふーん、なるほど。………で? この部屋から出られない理由は? というかここはどこなんだ。
「さぁ理由がわかったところで、美味しいチョコレートを作るぞー!」
「「「………………」」」
………ま、作ればわかるか。
「…………といっても、みんな料理なんかしたことないでしょ? とくに先生とアトリアは」
「呼び捨てはやめてくださいまし!」
「えー? ………っても同い年だし。あんたもメルサって呼んで良いわよ」
「………っ、しょうがないからそう呼んで差し上げても良いですわ!」
「………なんですかね、この甘酸っぱいやり取りは」
……というより、論点がズレてる。うん、仲良くするのが一番だけどさ。
「私は家庭料理なら一通りできますよ。先生もアトリアさんも、別に不器用ってわけではないでしょう?」
「器用でも無いですがね……………ザストリアさんは? 慣れてるんですか?」
「あんたに心配されるほどじゃないわよ! レシピだってあるんだから!」
「「「レシピ?」」」
「読もうか? ①切る、②溶かす、③混ぜる、④固める、⑤飾る、⑥冷やす、だって」
「ざっくりしてますね」
「粗雑が過ぎますわ!うちのシェフはもっと時間をかけていましたわ!」
そもそもこれ、本当に私たちに出来るのか? いや、できまい。
「そんなわけで、出来上がったのがこちらになります」
「えぇえ! 今作ったんですの!?」
「流石…………えっと、レミさん?」
「名前も知らないで“流石”と言うのはおかしいですわ!」
「うるさいわね! 口をついて出たの! いちいち揚げ足とらないで!」
「……そこに置いてありましたよ?」
ポツリと呟かれたのは私にしか聞こえなかったみたいだ。本当にあの二人は水と油なんだな………と遠い目になりつつ、答える。
「そうですか………まぁ何にしてもこれで、帰れるんでしょうか」
「いえ、ここからが本番です」
「………え?」
「ほら見てください、この辺りにチョコのペンや飾りになりそうなものが置いてあります。きっとこれでメッセージを書くんですね」
メッセージって…………ひょっとして、例の告白?
「ふん、メッセージ書くのなんて常識よ。アトリア、あんたはあのモブ婚約者に書くの?」
「あなた、敬いなさいませ! あの人は本当に素敵な方なんですわよ!」
「あーはいはい…………さて、私は殿下に書いて渡そうっと!」
いつの間にか喧嘩をやめてメッセージに熱中してる。…………なんで、そんなにサラッとかけるんだろう。
「……レミさんはどなたに?」
「ああ、私ですか…………そうですね、せっかくですからアルル先生のお父様にでも」
「…………へ?」
「うん、面白いですね。“北の国の女生徒より愛を込めて”………書けたらお父様に渡して頂けます?」
いや~………その書き出しはかなりまずいのでは………というか、なぜお父様に?
「………私は今はお父様に会えませんし、無理ですかね」
「そう、残念です。じゃあ自分で向こうに送り付けておきます」
「えぇぇ………」
住所知ってるんですか。私でも知らないのに。
………というか、面識あったのか?
「「「………で?」」」
気づいたら四人の目がこちらに集まっていた。………で、とは?
「先生はどなたに?」
「ちょっと、私の印象が薄れるから殿下へは止めて!」
「………私にくださってもいいですよ?」
じっ、と見つめられる。真っ直ぐな目が………痛い。なんかムズムズするんだけれど。
「…………わ、私は」
…………告白するのは、婚約者がいるから却下。でも、殿下にあげるのも………お父様へは、レミさんがあげるみたいだし、ユウラムへ送るのは悪手のような気がするし…………。
………………………………………どうしよう…………。
「……………夢、か」
あぁあ、良かった。妙な決断をしてしまう前に目が覚めて。
よくよく考えればおかしなところはたくさんあったのに、気付かないのが夢の不思議なところだ。
『………好きな人に告白したいとか?』
……………。いやいやいやいや。私は好きな人も、告白したい人もいない。いるわけがない。
………けどもし、今のが現実だったら。私は誰を………?
「………おはようございます、アルルお嬢様。お目覚めですか? あら、これは……?」
「…………え?」
枕元に、チョコレートが四つあった。赤や白の文字が書かれ、金箔まで付いていた。
『また冬に』
寂しそうにそう書いてあった。堪らなくなって食べると、少し苦い。それは夢でないことがわかる味だ。
………冬ももう終わり、春が来る。それはきっと、あたりまえのこと。
でも私に春は、まだ早い。もう少しこの布団で、寝ていたい。
便利な言葉、「夢だから」。
バレンタインSSに男がでないとはこれいかに。