第8話 ドワーフの鍛冶屋
ダンジョン攻略の初日、俺たちは11階層まで進んだ。
ダンジョンは10階層単位でボス部屋が存在し、倒せば確定で魔力石を落とす。
俺たちがボス部屋に着いた時には、まだ先客パーティがボスと戦っていた。
だが心配はいらない。先客パーティがボスを倒しても、ボスはすぐに復活する。
ボスが復活する方法には2通りあって。
1つ目は、24時間経過後に復活する方法。
2つ目は、その日まだボスと戦っていないパーティが、ボス部屋に入る事により即時復活する方法である。
つまり冒険者同士でボスの奪い合いはまず起こらない。
もしボス待ちのパーティが複数になった場合は、マナーとして初見のパーティに譲るのがルールがある。
ボス部屋に入った時には、先客パーティの死体は無かった。どうやら無事クリアしたらしい。
代わりに現れたのは殺人植物マンイーター、10階層のボスモンスターだ。
俺が殺ると勝敗が微妙だし時間が掛かるので、魔導師のブルーナが火魔法で半殺しにした所を俺がサクッと倒させてもらった。
11階層に下りた俺たちは、11階層のスタート地点にある転移装置でダンジョンの出口に転移した。
ダンジョンの各階層には転移装置が備わっていて、次回は1度訪れた事のある階層のスタート地点から始める事ができる。
ただし、未経験者が経験者に転移で下の階層に連れて行ってもらうと言う技は使えない。
――ともかく。
初日を無事に切り抜け、俺は強くなった!
もうすぐ俺TUEEEEE!! ってなれると思うと、何だかわくわくしてくる。
10階層のボスを倒した、今の俺のレベルは既に12だ。
【名前】 山田さん
【種族】 ゴブリン
【ランク】 ゴブリン
【レベル】12
『スキル』
交渉術 1/3
【新】スタミナ 3/3
※1ポイントに付き瞬発力が100増加。
筋力 1/3 ⇒3/3
瞬発力 2/3 ⇒3/3
物理耐性 3/3
魔法耐性 3/3
『アビリティ』
ゴブリンフェロモン
『ボイント残』 2/3
スタミナにポイントを振ったのは、瞬発力が高い分すぐに息切れを起こしてしまったからだ。
残りのポイントは不足の事態に備えて残してある。
◆◆◆◆◆◆
「着いたわ」
「うわぁ、すごく大きな鍛冶屋ですね」
ダンジョンから出た俺たちが、次に向かったのが――この大きな鍛冶屋だ。
なんでもリオナが、ちゃんとした装備を俺に買ってくれるという……。
まあ契約獣として当たり前の待遇だと思うが――
――嬉しくて涙が出た。
きっと今までゴミ以下の扱いだったから……。
認めてもらえた事が嬉しくて、心が無条件で喜んでしまっているのだ。
――頭で必死に否定しても、心が泣いて喜んでしまう。
リオナに「バッカじゃないの」と言われても涙が止まらない。
そんな俺の頭をルチアが「よしよし」と撫でてくれた。
偽物でも聖女と言われるだけの事はある。
思わず「ルチア様ぁ~」と大きな胸に顔を埋めたら「殺しますよ」と冷え切った目で言われた――やっぱり偽物だった。
そんなこんなで――
この大きな鍛冶屋に辿り着いた。
ここはリオナの知り合いの店で、なんでも帝国随一の鍛治職人と言われる、ドワーフのジイさんがいるらしい。
聞いたところ、やはりドワーフは高度な鍛冶技術を持ち職人としての適性が高いらしい。
またドワーフは知性ある7種族と言われる、7つの種族の1つでもある。
知性ある7種族とは次の7種族を言い、それ以外は人権が与えられていない。
1人族
2エルフ族
3魔族
4ドワーフ族
5獣人族
6巨人族
7竜神族
基本的に人族も含め、商人以外が自分の種族の勢力圏から出ることはあまり無い。
まあドワーフは職人として優秀なので各地で引っ張りだこなので、出稼ぎのドワーフは珍しくはない。
ちなみにドワーフは地球で言うと、チベット自治区あたりを縄張りにしている。
なんでもアダマンタインやオリハルコンの主要な産地とかで、意外と重要な場所だったりする。
店の中に入ると東方女神の来店に気づいた店員が、奥に入りドワーフの爺さんを連れて戻って来た。
「おじさま、お久しぶりですです」
(えっ、何こいつ)
笑顔で愛想よく手を振るリオナを見て、俺はギョっとする。
本性を知らなければ惚れてしまいそうな、可愛いらしい少女を見事に演じている。
「おおっ、嬢ちゃんたちよく来たな。随分とご無沙汰じゃないか」
「おじさま、こんにちはでした」
「こんにちはなの」
「じいさん久しぶり」
ドワーフ然としたジイさんに、ルチア、ブルーナ、ミラの三人も愛想よく挨拶する。
「おじさまにお会いしたかったんですが、ダンジョンの攻略に忙しくて……」
「そうかそうか、それで今日は何のようじゃ?」
可愛い女の子たちにチヤホヤされて、ドワーフのジイさんが鼻の下を伸ばしている。
こいつらの本性を知ったらきっと気絶するな。
「契約獣のゴブリンの装備を作って欲しいの、アダマンタインで付与魔法付きでお願いできますか?」
「ゴブリンの装備だと! そんな雑魚の装備いくら嬢ちゃんの頼みでも断る!」
「待って下さい、このゴブリンは特別なんです! 力も速さもゴブリンロードを遥かに越えています」
(ちょっと待て、まだそんなに強くないだろ!)
「……嬢ちゃんがそこまで言うなら試してやろう。そうだな……そのゴブリンがあそこの像を持ち上げられたら作ってやってもいいぞ」
そう言ってジイさんが指差した先には、巨大な英雄らしき男の銅像が置いてあった。弟子が作った売り物か、依頼品かは分からないが――めっちゃ重そうだ!
(あんなのを俺に持ち上げろって……本気ですか?)
……そして。
東方女神の4人、更にジイさんとその弟子達や客に見守られながら、
俺の銅像上げへの挑戦が始まった。
「ふんがぁー」
俺は気合を入れて、精一杯の力で持ち上げるが――銅像はピクリとも動かない!
(こんなもん上がるかぁーっ!!)
ハアハア。
「やはり無理じゃたか……」
「待ってください! 僕はリオナ様の契約獣です!」
「……だから多目に見ろと?」
ドワーフのじいさんが目を細くし、侮蔑の眼差しで俺を見据える。
「違います! ゴブリンの契約獣は特殊で、主人の祝福を受けないと本領が発揮できないのです!」
「ほほう、それは初耳じゃな」
「山田、貴様それでどうしろと言うのだ?」
ジジイとミラたちは興味深そうに俺を見た。
「頬でいいのでリオナ様にキスをして頂きたいのです。そうすればこんな像、軽々と持ち上げてご覧に入れます!」
――もちろん嘘だ。
リオナのキスにそんな効果は無い。
だからと言って無茶を言い、うやむやにして銅像上げを止めさせる策でもない。
俺はそんな小細工をろうするような、小さな男では無い。
――そうこれは純粋に、リオナへの嫌がらせだ!
「ふざけないで! そんなこと出来るわけ……ない……でしょ……」
リオナの奴、声が先細りしているじゃないか。
やっぱり周りを気にしてるんだな――ふん、いい子ちゃんぶりやがってクソ女が。
「では騎士が姫の手にキスをする事を許すように、手にキスをさせてやったらどうだ?」
ミラはそう言うと「それでも効果あるんだろ?」と俺を見た。
「はい、それでもいいです」
いい訳はない、俺の唇が汚れるわ!
だがここはあえて、痛み分けで手を打つことにする――でないと今後の予定が狂うからだ。
「手はダメよ……あ、足ならいいわ」
そう言ってリオナは足を差し出す。
(どんなご褒美だよ!)
気づくと皆が俺とリオナに注目していた。
それは――とても足にキスするのはイヤだとは言えない雰囲気。
――え、マジで足にキスすんの……?
仕方ないのでリオナの靴を脱がせて、足の甲に顔を近づける――間違っても足裏ではない!
ん? リオナの脚が震えている……。
見るとリオナは目を固く閉じ、黒く長いまつ毛をピクピク震わせていた。
(か、可愛いくねぇぇー!)
この俺が屈辱に耐え、足なんかにキスをしてやるのに、何嫌がってんだこの女!
俺はチュっと彼女の足に口づけすると、
わざと舌を少し出し――。
「いやあぁぁぁぁーっ!! なんかヌルッてしたぁー」
リオナは俺を跳ね退けると、どこから持ってきたのかタオルでゴシゴシと必死に足を拭きだした。
(いや、いくら何でもそれは俺に失礼じゃなか……?)
「どうだ、行けそうか?」
「やはりキスをして貰う方が良さそうですが、多分大丈夫です」
ミラの質問にそう答え、俺は銅像の元へ向かう。
ここでスキルポイントを一つ使う。
獲得したスキルは重量挙げだ。
専門のスキルならきっと何とか出来るハズだ。
【名前】 山田さん
【種族】 ゴブリン
【ランク】 ゴブリン
【レベル】12
『スキル』
交渉術 1/3
スタミナ 3/3
筋力 3/3
瞬発力 3/3
【新】重量挙げ 1/3
※1ポイントに付き100%増加。
物理耐性 3/3
魔法耐性 3/3
『アビリティ』
ゴブリンフェロモン
『ボイント残』 1/3
…………
俺は再び銅像の腰に両腕を回した。
「ふんがぁー」
ゴゴゴっと銅像が少し動いた。
おおおっ!と歓声が聞こえる
よし、いい感じだ。
だが銅像はまだ浮いてはいない。
なんとか次のポイントで行けそうだな。
残っている最後のポイントを振る。
『スキル』
【新】重量挙げ 1/3 ⇒2/3
「おりゃぁぁぁあ」
「「「おおーっ!」」」
銅像は確かに浮いたが、足の短さが災いして少ししか浮いていない。
仕方ないので俺はいったん銅像を置き、横に倒してから「うりゃゃゃあ」とTの字で持ち上げた。
「「「おおおおおおおーっ!」」」
大歓声が上がり、客たちがしきりに俺を褒める。
「何と! 今度は完全に持ち上げよったわい。いやはやゴブリンの癖に誠に天晴れじゃ」
ドワーフのジジイの賛美をシカトして俺は――
「リオナ様、見てくれましたか! もしリオナ様にキスして頂けたら、この十倍は楽勝です!」
――リオナを挑発してやった。
。
ブリッ子だから人前で俺を殺す事は出来まい、クククッ。
「わっはっは、嬢ちゃんもまた、偉く頼もしいゴブリンを契約獣にしたもんじゃのう」
ドワーフのジジイの破顔とは逆に、リオナは顔が人に見えぬよう下を向き、プルプルと怒りに震えていた。
クククッ。
(ありがとうございます、その顔が最高のご褒美です!)
「良かったなリオナ、初めての男が初めて身体を許した男になってくれて」
――突如ミラが楽しそうにリオナを挑発してくれた。
(は? それはいくらなんでも……)
その瞬間バタンとリオナが勢いよく立ち上がり、俺と目が合う。
――それは仁王様のような恐ろしい形相でした。
あ、あかん、これはセーフティロックが解除されてるぅ。
「あんたなんかぁ、死んでしまえぇぇぇーっ」
高速の右ストレートが俺に向かって飛んで来た。
◇
「山田さん大丈夫でした?」
(……またこれかよ)
「大丈夫です、ありがとうございますルチア様」
くそっ、瞬発力3で避けられないとは――流石はリオナだ。
だがしかし、お前が俺に跪く日は近い!
なんぜ女神バンビがアンロックスキルがいっぱい有るって言ってたからな!
その後、ドワーフのジイさんに俺の防具と武器をオーダーメイドした。
完成予定は1ヵ月後。
両方ともアダマンタイトに付与魔法付きの一級品だ。
まあリオナたちの金なんで俺の懐は痛まないのだが――
――そんな金あるなら、俺にちゃんとした飯食わせろよ!
――いつも残飯ばっか寄越しやがって、ぶち殺すぞてめえら!
完成までの間は、既存の鋼の脇差しと鋼の鎧を購入してもらってやり過ごす事になった。
まあ、俺が払う訳じゃないからいくら無駄使いしてもいいけどな。
あとダンジョンでホブゴブリンの進化にポイントを振って大きくなった時のために、3つほどサイズの違う大きめの防具を買ってもらった。
◇◇◇◇
その夜、俺がゴリゴリと顔パックを作っていると――この仕事は止めさせるつもりは無いらしい――これからの俺の予定の話しになった。
今日俺たちが行ったCランクダンジョンは30階層までしかない。
だから早々にクリア後の話しになったのだ。
ダンジョンのランクは階層数によって決まっていて次の通りだ。
Sランク 100階層
Aランク 70階層
Bランク 50階層
Cランク 30階層
Dランク 20階層
Eランク 10階層
なお転移装置は50階層までしかないので、AランクとSランクは必然的に50階層以後は泊りがけの冒険になる。AランクとSランクの最下層には転移装置が用意されておりラスボス討伐後に利用可能となる。
「ねえ、今日行ったダンジョンをクリアしたらどうしよっか?」
ソファーで雑誌を読んでいたリオナが、唐突にそんな話しを始めた。
「そうだな、山田さんの装備が出来上がるのが1ヵ月後だからな……。あたいらがやりかけのA級ダンジョンをクリアしたらいいんじゃないか? まあ山田さんを投入出来ないのは残念だが、一緒に転移出来ないからな」
「ふふふっ、ミラ。山田さんはわたしの契約獣だから多分一緒に転移出来るハズよ」
「なるほど確かにリオナの言う通りかも知れないな」
リオナはしてやったりのどや顔だ。
「残念なの、契約獣も行ったことの無い階層には転移出来ないの」
「えっ、なんで? 御主人様に付属するんじゃないの?」
「そう言う設定なの」
「仕方ないでした」
まあ一緒に冒険するのはいいのだが。
俺のレベル上げに1ヵ月付き合ってくれると言う話しはどこ行った?
俺に期待してるなら、まずはレベル上げ手伝えよ!
その後もリオナたちの自分勝手さは変わらず。
1ヵ月後までにあたしたちが途中までやっているダンジョンをクリアしとくから、山田さんは今やっているダンジョンの弱い階層で勝手にレベル上げしなさいって言われた。
一応、後2日間は俺に付き合ってくれて、今日やったダンジョンのクリアまでは手伝ってくれるらしい。
さあ、明日はどれだけ強くなれるかな……。
もしかしてリオナ達を超えちゃったりなんかして、クククッ。




