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人質


 ユウは何食わぬ顔で、指先に火を灯してみせた。

 あれは間違いなく魔法。

 でも、なんで――



「なんでおまえ、魔法使えんだよ」


「……わからない」


「わからないってどういうことだよ」


「いつもどおり。特別な事なんて、してないから……おにいちゃん、使えない?」



 もう魔法を使用できるのか、もしくはこの場所では使用可能なのか……。

 それとも何か、また、べつの要因が関係しているのか……、とにかく、俺は目を閉じて魔力を集中させようとするが――



「無理だ」



 俺はそういうと同時に、背後を振り返り、クソ魔術師を見た。



「こちらも、相変わらずです」



 クソ魔術師も試したのか、ため息交じりの声で首を振った。



「……なんでおまえは使えるんだ?」


「知らない」


「特別なことはしてないんだよな? だったら、なんか……魔力を吸収されてるとか、阻害されてるって感じはないのか?」


「とくには」



 嘘をついている様子もなければ、こいつが俺に嘘をつく理由もない。

 だとすれば、俺たちと、ユウのこの違いは一体何なんだ……?

 こいつに出来て、俺たちには出来ない。

 性別……は多分関係ないだろう。生まれついての魔力の差か……?

 いや、魔力の絶対量では俺もユウも同じはず。

 それに、クソ魔術師だって引けを取っていない。

 魔力が尽きている感じはない。それだと体は動けなくなるし、いまは体力だって、残っている。それはクソ魔術師だって同じだ。



「……ダメだな。考えてもわからん」


「おにいちゃん?」


「いや、兎にも角にも、今は時間がない。俺たちが魔法を使えないことを嘆くより、魔法を使えるやつがいることに、喜ぶべきだろう」



 たしかに、魔法を使用できるようにすることは重要ではあるが、いま最優先すべきはヴィクトーリアの救出。ユウが普段通り戦えるとなると、それだけで救出できる可能性が跳ね上がってくる。

 あとは――



「では、どういたしましょうか。ユウトさん」


「そうだな。ヴィクトーリアのところへ向かう前に、ひとつ確認したいことがあるんだけど、いいかな、パトリシアちゃん」


「はい、なんでしょうか?」


「いまこの時点で、どれくらいの人員が『ヴィクトーリアの処刑』に割かれているかって、わかる? 俺の予想では、ネトリールは現状、他にやることがあるから、ヴィクトーリアのほうには割いてないと思うんだけど……」


「そうですわね。ユウトさんの言う通り、配備されている人員に関しては、それほど多くはないかと。ですが――」


「なにかあるの?」


「はい。人員こそ多くはありませんが、担当しているのはネトリール騎士団ですの。一筋縄ではいかないと思いますわ」


「ネトリール騎士団、か……」



 ヴィクトーリアの所属していた団だったっけ。

 一応、ネトリール公認の自警団的なものだとは聞いてはいたが、その詳細までは知らない。

 どれほどの強さで、どういう風な戦闘をするのかも、さっぱりわからない。

 騎士団と聞いて、パッと思い浮かぶのは、剣や槍での戦闘だが、ここはネトリール。飛行船を攻撃していた、レーザーのようなもの、もしくはそれに準ずるものを使用してきたとしても、なんら不思議ではない。

 それらを果たして、ユウひとりでかいくぐっていけるものなのか……。

 それにしても、ヴィクトーリアが使えないコネ入団だったとはいえ、それを元同僚に始末させるかね、普通。

 指示したやつは相当いい性格をしているか、それか、俺が思っている以上に、ヴィクトーリアとネトリール騎士団との間に溝があるかだ。

 どちらにせよ、そいつらの対策を練るためにも、ここはパトリシアに色々と訊いておいたほうがいい。なにせ、いまの俺たちはユウを除外すれば、魔法を使えない魔法使い二人だ。

 クソの役にも立たない。



「あのさ、パトリシアちゃん。ちょっと訊いておきたいことが――」


「み、見つけたぞ! 賊どもめ! 大人しく牢屋に戻れ!」



 不躾にも、俺の言葉をさえぎるようにして、大音量の声が響き渡る。

 ゆっくりと、その声のしたほうを振り向くと、ヴィクトーリアと同じ拳銃を持った青年が、こちらに銃口を向けていた。

 黒い革の帽子をかぶり、ネトリールの正装だろうか……、同じく革の長靴に、緑のツナギのような服を着用していた。

 人数はひとり。

 声が若干震えていたことから、こいつがあまり、こういった場数を踏んでいないことがわかる。

 見た感じ、年齢も若いし、新兵かなにかだろう。

 しかし、この状況だと、そういうやつが一番厄介だったりする。

 なにせ、テンパり過ぎている。

 たぶん、あいつの目にはパトリシアが映っていない。その証拠に、拳銃の照準が定まっていないのだ。

 変に刺激して、そのまま発砲されれば、最悪、誰かが死ぬことになる。

 俺がもしここで魔法を使えていたら、強引に突破することが可能になるのだが……、今はそんなわけにもいかない。

 とりあえず、不用心にあれ(拳銃)を発砲させられては厄介だ。

 まず気を逸らして、そこから隙を作る。隙が出来れば、ユウがあとはうまい具合にやってくれるはずだ。

 幸い、ここにはパトリシアもいる。気を引くには十分すぎる素材だろう。まず俺がやることは、視界が極端に狭まっているあいつに、パトリシアがいるということを認識させること。

 そうすることで、あいつに躊躇させる。

 そうなってくると、ここは唯一、存分に動けるユウが鍵となってくる。

 ……なに、危なくなれば盾役(ジョン)もいる。

 ここは大胆にかつ、こちらが優位であることを全力で誇示すればいい。

 俺は隣にいたユウと、パトリシアに目配せした。

 ふたりはそれに気がつくと、静かに頷き返してきた。

 俺がそれを確認すると、パトリシアの腕をつかんで、そのまま背中へ回り込んだ。



「まあまあ、落ち着きたまへ。こちらには王女様がいる。不用意な手出しはやめてもらおうか」


「な、なんだと……!? 王女……様……? ほ、ほんとだ……この……、王女を放せ! 卑怯者!」



 よし、狙いは成功だ。

 こいつはいま、パトリシアのことを認識した。

 そうなってくると、もう、不用意に発砲してくることはないだろう。

 あとは――



「キャー、ヤメテクダサイマシー、ハナシテクダサイマシー」



 ……うん。

 べつに主演女優ものの演技は期待してなかったけど、これはひどい。

 棒読みなうえに、目線がブレブレ。

 俺を見ていいのか、はたまたあいつを見ていいのか、わかっていない顔だ。

 しかし、次の瞬間――

 ビュン。

 と風が吹き、俺たちに拳銃を向けていた青年が、白目をむきながら、前のめりに倒れた。



「終わったよ、おにいちゃん」



 そう、あっけらかんとした表情で、いつのまにか、青年の背後に移動していたユウが言った。



「……どうやったんだ、おまえ」


「後ろに回り込んで、こう……、トン、て……」



 そう言ってユウは、抜き手のかたちをとり、軽く振ってみせた。



「恐ろしく速い手刀……。俺でなきゃ見逃していましたね」



 背後からなにやら、耳障りな声が聞こえてきたが、俺はこれを無視した。

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