吠える王女
「処刑!? ヴィクトーリアを!?」
あまりに突然なことに、おもわず声が上ずってしまう。
「はい」
無断で王女を連れ出していたのか、あいつは。
それは、大事になるに決まっている。
……だけど、いくらなんでも、死刑はさすがにやりすぎだ。
そもそも、ヴィクトーリアがアーニャを連れ出したのは、アーニャのためを想っての事。
アーニャの体を元に戻したい。
その一心で、ヴィクトーリアはアーニャを連れ、殆ど未知である地上世界へと旅立ったのだ。
大した成果こそ上げていなかったとはいえ、それを責められる謂れはない。
そしてなにより、旅を楽しんでいた。
何はともあれ、ヴィクトーリアに対してこの仕打ちはあまりにも、あんまりだ。
「それで、その刑の執行は?」
「明日の早朝でございますわ」
「ちなみに、いまって、どれくらい……?」
「深夜の日の出前……、もうそんなに、時間はありませんの」
ここに入れられてから、もうそんなに時間が経っていたのか……。
たしかに、いつの間にか、この牢屋に陽光は差し込まなくなっていた。
「もちろん、私はあなたがたに協力は惜しみませんわ。しかし、それもこれも、まずはアン様のご友人を救出してからです。ネトリールによる地上制圧は、まだ先……時間的には猶予がありますが、こちらのほうはありませんの。その前にどうか、お願いします」
「姫様。悪いですが、俺には関係のないことです。他をあたってくださ――」
「おまえは黙ってろ。王女様、もちろん俺だって、そのためには協力は惜しまない。けど……」
「けど……? どうかなさいましたか?」
助けたいのはやまやまなんだけど、今の俺は魔法をまったく使えない。
こんな状態では助けるどころか、むしろ、足手まといになってしまう。
だったら、ここは少し遠回りしてでもやるべきことがある。
「あのさ、王女様。じつは俺たち、いま、魔法は使えないんだ……」
「魔法……ですか?」
「そう。あ、自己紹介が遅れたけど、俺たちは魔法使いで――」
「存じ上げておりますわ。えっと、ユウト様……でよろしかったですか?」
「そ、そうだけど……でもさっき……」
「も、申し訳ありません。名前は伺っていたのですが、こうしてご本人を拝見するのは、初めてなので……、それに、アン様のお話に出てきたユウト様とは、姿形が一致せず……」
「そ、そうなんだ。ちなみに、アーニャからはどんなふうに聞いてたの?」
「えっと、頼りがいがあって、優しくて、妹さん想いで……」
「まじかよ。その通りじゃないか」
「……ユウト。あなた、その人に洗脳かなにかを施したのですか?」
「なんでだよ! ありのままの俺じゃねえか! ……ていうか、アーニャはいまここにいるってことでいいんだよね?」
「はい。アン様は現在、ネトリールにて、とても大事な任務をこなされているところですわ」
「任務……?」
「はい。……あ、申し訳ありません。任務の内容については、私も知らなくて……」
これでアーニャがネトリールに戻ってきていた、という事が分かったけど、任務……?
任務ってなんだ?
アーニャは、その任務のために帰ってきたのだろうか……。
一緒に旅をしていた時は、そんなことは、何も言っていなかった。
まあ、ここで考えていても、結論が出来るわけじゃない。
けど、ヴィクトーリアを置いて、黙って出てくるくらいだ。
かなり重要なことなのだろう。
それに、いまはヴィクトーリアを助けるために、何かしらの行動は起こしているだ。
だったら、俺も俺で行動するまでだ。
「話を戻そう。俺たちもいますぐ、ヴィクトーリアを助けたい」
「俺は別にどうでもいいのですが……」
「だけど、それだと、助けるどころか、コッチが逆にやられかねないんだ。魔法が使えない魔法使いってのは、それくらい脆い。だから、急いでいるのはわかるんだけど、ここは一旦、この原因を解明したい。つまり、魔法を使えるようにしたいんだ。いいかな?」
「はい。そうしたほうが動きやすいのであれば、そのようにしていただいて構いませんわ」
「うん、ありがとう。それでさっそくなんだけど、なんでネトリールで魔法を使えないかわかる? 前に一度来たときは、普通に使えてた筈なんだけど……」
「も、申し訳ありません。それは……私にもわかりかねます……」
「そっか……、じゃあ、質問を変えようか。ネトリールで一番、魔法に詳しい……魔法を研究しているような施設とかってあるかな?」
「す、すみません……わかりません……」
「えっと……、じゃあ……なんか、『魔法』について最近何か聞かなかった?」
「ご。ごめんなさい」
「そ、そうだね。……ここ最近、なにか変わったことはあった?」
「変わったこと、ですか?」
「そうそう。変わったこと」
「最近でしたら、その、私の体重がすこし増えたぐらいで……」
「え? ああ、ちがうちがう。そういうのじゃなくて、たとえば……そうだな。ここにはいま、地上人がいないけどさ、その人たちがどこに行ったか……とか?」
「ご、ごめんなさい……それも、わかりません……!」
パトリシアはそう言うと、悔しそうに唇をかみしめて、ポロポロと涙を流し始めた。
「え、ちょ、え? なんで……?」
「ううっ、申じ訳ありまぜん……! 私、ごんなにも役立だずで……ひぐっ! 王女なのに、何も知らなぐで……! 不甲斐ない……!」
「い……いやいやいや! こうやって助けに来てくれただけで、すごい役に立ってるから! 俺たちだけじゃここから出られなかったから! だよな、ジョン!?」
「さあ?」
「そうなんだよ! ……ええっと……」
どうする?
この感じだと、本当になにも知らなさそうだし、これ以上なにか訊いても火に油。
というよりも、泣きっ面に蜂。
さらに追い詰めてしまうことになる。
でもまさか、ここで泣かれるとは思ってもいなかった。
はやく泣き止んでほしいけど、今この状態で外に出ていって見つかったら、問答無用で処されるだろう。
魔法が使えない理由はわからない。最近起きた出来事もよく知らない。
だとすればもう、ここは、奥の手を使うしかないか。
すこし気乗りしないが、あいつを解き放つしかない……。
「あのさ、パトリシアちゃん?」
「はい……! なんで……じょうが……!」
「こことはべつに、女性用の牢獄があるとおもんだけど、そこに案内してほしいんだけど……、わかる? その場所?」
「了解じまじだ……! 案内じまず……!」
「あと、その……、泣き止んでくれると嬉しいかな……なんて」
「ゔゔ……、わがりまじだ……!」




