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明鏡止水


 天空都市ネトリール。

 その都市は地上から遥か、一キロも上空にて浮遊していた。

 都市の人口は五千人ほど。

 地上から隔絶された都市で、人々は自給自足で暮らしていた。


 ――最近まで。

 ネトリールを天空都市たらしめたるは、その都市の持つ、高度な文明だった。

 水と空気でクロレラを培養し、人工肉を作る技術。短時間で野菜の成長を促進させる技術。

 そして、都市全体を浮遊させる技術。

 これが近年まで、ネトリールが下界との関わり合いを断ち、独自の発展を遂げられてきた所以(ゆえん)である。

 しかし、こと現代においては、この限りではなかった。

 現在、飛行船や浮遊魔法の発展によって「空を飛ぶ」という行為は、夢物語ではなくなっていたのだ。

 侵略者。

 地上一キロ上空にある天空都市ネトリールは、自分たちの生活を豊かにする技術に関しては優れていたが、自分たちを脅かす、外的要因に対しての防衛技術はその限りではなかった。

 初めて見る下界人。初めて見る魔法。そして、初めて見る冒険者。

 勇者の名のもとに行われる、合法的な侵略行為。

 わたしたち(・・・・・)はそれらに対して、あまりにも無知で無防備であった。

 かくして、天空都市は大挙して押し寄せた冒険者の前に、なす術なく陥落し、冒険者たちが支配する都市へと変貌を遂げた……わけではなかった。

 勇者狩りである。

 突如として現れた、その一団(パーティ)は瞬く間に、そこ(都市)に巣食っていた、勇者候補の冒険者たちを駆逐していった。

 彗星の如く現れたそれ(勇者狩り)はネトリールにとって、まさに救世主。

 華麗な剣さばきと、多種多様な魔法を扱う勇者ユウキ。

 剣を持たせれば右に出る者はいない屈強な戦士セバスチャン

 殲滅から回復までを一手に担う、稀代の天才魔法使いジョン。

 あとは、えーと……ユウト?



「うおい! 雑だな! 一番活躍したの俺だってば!」


「し、仕方ないだろう。エンチャンターは縁の下の力持ち。いわば裏方だ。目立たないのも無理はない」


「それにしても『あとは、えーと……ユウト?』は酷いだろ! せめてなんか、もっとこう……、あるじゃん! ひねり出せるじゃん! 妥協しないでよ! そこはさ!」


「うう……、そ、そんなに怒鳴らくても……」


「ああ……! だ、ダメですよ。ユウトさん。あまりキツく言ってしまっては、ヴィッキーが泣いてしまいます」


「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんたんだ。なんというか、ちょっとキツめにツッコんでしまった。今度からは、もっと優しくツッコむから!」


「ほ、ほんとうか……?」


「ほんとほんと」


 

 ヴィクトーリアの顔がぱあっと明るくなった。

 ……とても、めんどくさい子だ。


 飛竜信仰の村『ドラニクス』を出立した俺たち一行(・・・・・)は、一路、俺の出身地である『ジマハリ』へ向かって、歩を進めていた。

 俺のことを恨んでいそうだった国王も、二人が俺のパーティに入るなり、『ああ、そういえばおぬしにはなんも恨みはないんじゃった。失敬失敬湿度計』なんて抜かしてやがった。

 正直、ぶん殴ってやりたかったが、アーニャの手前、軽く脛をキックすることで、その場を治めた。


 ドラニクスといえば、ジマハリからそう遠くはない。

 どうやら俺は、エンドドラゴンに乗って(・・・)、相当な距離を運ばれたようだ。

 だが、結果そこでアーニャとヴィクトーリアという強力な仲間も加入し、俺の旅は順風満帆……かに思われた。



「………………」


「ム、なんだ? 何をじーっと、わたしの顔を見ている」


「いや……二人は、幼馴染、だったんだよね?」


「うむ。そうだぞ」



 アーニャとヴィクトーリア。

 二人は歳こそ違えど、幼馴染であり、親友であり、姉妹のようでもあった。

 そしてなんと、この二人は近年までその存在が伝説とされてきた、天空都市ネトリール出身ということもわかった。

 ドラニクスにある龍の巣に、空から降ってきた。というウソのような話は本当だったのだ。

 さきほどヴィクトーリアの話にも出てきた通り、俺は……俺たちは一度、天空都市に行ったことがある。

 観光で。

 それは「たまには息抜きにどっかいこーぜ」的なノリで、定期船のチケットを購入したのが始まりだった。

 ネトリールについた俺たちは、街に勇者の酒場(ギルド)がなかったため、まず酒場へと向かった。

 宿探しのためだ。

 当時、ネトリールには宿がなく、冒険者たちは勝手に民家へ上がりこみ、我が物顔で、そこを占拠していたという。

 そんなこととは露知らず、意気揚々と酒場へと向かった俺たちは言葉を失った。

 そこで見たものは強者(冒険者)弱者(現地人)を虐げている光景。

 

 ルーキーと呼ばれる期待の新人パーティ、熟練の冒険者パーティ、様々なパーティがそこで、我が物顔で傍若無人に振舞っていた。


「な、なんだここは……?」



 俺はユウキ(下衆野郎)が震えながら、そう言っていたことをよく覚えている。そしてユウキ(ハナクソ)は続けてこう言った。

「ここは楽園(パラダイス)ですか?」と。

 そう。

 俺たちは『冒険者に蹂躙された都市を救う』という大義名分で、ここにいる冒険者たちをぶちのめすことができたのだ。

 魔物の仕業にみせかけたり、内部分裂したようにみせかけたり、不慮な事故に遭ったようにみせかけたり、罠に嵌めて濡れ衣を着せたりと、ここではわざわざ、そんな回りくどいことはしなくてよかったのだ。

 ただそこにいる冒険者たちを、暴力という名の言語で説き伏せればいいだけ。

 それからは想像に難くないだろう。

 気がつくと、天空都市にいた冒険者たちは皆、廃人と化していた。

 皆一様に、俺たちの顔を見ると失禁したの後、脱糞し、泡を吹いて倒れた。

 それからなぜか、ネトリールの人々にも感謝されたっけ。

 なるほど、俺たちは……ユウキ(下郎)は私利私欲のために動いていたが、裏にそんなことがあったのか。

 それからだったな。

 勇者の酒場(ギルド)非加盟だった天空都市が勇者の酒場に加盟したのは。

 裏でユウキ(守銭奴)が暗躍していたのも覚えている。

 おそらくギルドから法外な仲介手数料をふんだくり、ネトリールにも無茶な要求をしたのだろう。

 それから数日間、俺たちパーティの羽振りがよかったのは言うまでもない。



「……なんて、二人の前で言えるわけないよな」


「何か言いましたか?」

「何か言ったか?」


「ああ、いえ、なんでもないです。今日もいい天気ですね」


「そ、そうです……かね?」


「ふむふむ、ユウトの国では曇りはいい天気なのだな!」


「あ、ああ、そうそう。そういうこと」


「……と、いうわけでわたしたち、ホントに感謝していたのです。故郷を救って頂いた勇者様たち。まさか、そんな方に会えて、さらにパーティを組めるだなんて!」


「いやいや、ただの行きずりだし、そこまで感謝しなくていいよ」


 マジで。


「いえ、ユウトさんは間違いなく、わたしたちの勇者です。わたしにできることなら、なんでもさせていただきます。それがわたしの、せめてもの恩返しです。……あ、ですが、準備が必要――」


「え? まじで? いまなんでもって言った?」


「え? は、はい……」


「ふむ……」



 待て。

 はやまるなユウト。

 落ち着くんだユウト。

 たとえ同意の上でも、事案になることはある。

 ここは冷静に、冷静になるんだ。

 しかし何でもいいということは、つまりそういうことだよな。

 ……なんということだ。

 一言。

 そのたった一言に、俺の(マインド)が搔き乱されている。

 こんなことがあっていいのか?

 俺は史上最強と謳われた、稀代の天才エンチャンター。

 本来ならば、俺が敵の心をかき乱さなければいけないのに、なんだこの体たらくは!

 しっかりしろユウト!

 がんばれユウト!

 ここはきっぱり、かっこよく突き返してやるのだ。

『なあに。キミのその笑顔が、なにものにも代え難い最上のお宝だよ』

 キモ―イ!

 なんでこんなに鳥肌立ってるの? バカなの? 死ぬの? 俺、凍死するの?

 ……やはり、ここは無駄にカッコつけず、シンプルに言おう。

 そして決して取り乱さず、心を乱さずにだ。

 明鏡止水、虚心坦懐、晴雲秋月、枯淡虚静。

 よし、だいぶ落ち着いてきた。



「じゃあ、よしよししてもらっていいですか?」



 ??

 なんて言った?

 俺、なんか言った?

 わからない。

 なにもわからない。

 わかりたくもないのかもしれない。

 というか、消えてしまいたいのかもしれない。

 だれかが穴を掘ってくれることを、待っているのかもしれない。

 だれかが俺を殺してくれることを、待っているのかもしれない。

 そもそも、俺が生きていること自体がおかしいのかもしれない。

 そうだ。消えればいいのか。

 なんだ、簡単じゃないか。

 よし、消え――



「よしよし」



 いつのまにか(うずくま)っていた俺の頭に、柔らかく小さい手のひらの感触。

 目の前の少女が、母神が如き微笑みで、一切の嫌悪や不快感を見せることなく、ただ俺の頭を『よしよし』してくれていた。

 傍らの戦士(ヴィクトーリア)さんは、何とも言えない表情で俺を見下ろしているが、もはや何も見えない。

 俺には目の前の母神しか見えない。

 俺の薄汚れていた魂が浄化されているのがわかる。

 なるほど、俺はこのために生きていたのかもしれない。

 現在地はジマハリのすぐ近く。

 パーティの募集をかけるべく、ジマハリに寄ろうとしたが、もういい。

 もういいんだ。

 このままアムダへ行こう。

 そこで、職業を変えて、このままアーニャと一緒に暮ら――



「あれ? おにいちゃん?」

読んでいただきありがとうございました!

おにいちゃんです。

次回もお楽しみに!

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