拉致監禁
「いーやー! 落ちるゥゥゥゥゥ!! こんなところで死にたくなァーい!」
「大丈夫だよ、おにいちゃん。あたしがこうやって手を握ってあげるからね」
「余計コワーーーーーーーーーーーーい!」
「く、こりゃあ、すげえ攻撃だ……! まるで、スコールじゃねえか! 油断してると、すぐに地上に落とされちまうぜ!」
「親方! 魔動力源損傷! 『れーざー』の被弾によるものです!」
「壊れてねンだろ? 損傷だろうが! なんてこたぁねェ!」
「なんてこともありますよ! 右舷も左舷ももう大破してんす! いまこの船は舵が効かない! 動力供給がなくなればそのまま墜落ですぜ!」
「ユウト! 聞こえてるか!? 頼む、魔動力炉の隔壁に付与魔法をかけてきてくれ!」
「死ぬゥゥゥゥ!! 降ろしてェェ!!」
「そ、そうだった……! ユウトはロープでがんじがらめにしてたんだった!」
俺はいま、視界を布で覆われ、手足をロープで縛られ、飛行船の床にぞんざいに転がっていた。
さきほどから小規模な爆発音が度々聞こえてくるが、だれもなにも、俺に説明してくれない。
ユウに訊いても、専門的知識がないあいつは『あの……爆発したよ』とか『えと……、爆発したかも』しか言わない。
それが余計、俺の恐怖心を煽っている。
さらに、床に転がっているという事もあり、俺はさきほどから、天上なのか壁なのか、なんだかよくわからないものに、何度も打ち付けられていた。
全身が痛い。
泣きそう。
帰りたい。
けど、アーニャちゃんには会いたい。
なんでこんなことになった……!?
――事の発端は、いまから数分前に遡る。
◇
「――ふぅ、こんなもんだろ。どうだい、嬢ちゃん?」
「ありがとう。これならネトリールへ行ける。ところで、クロガネさん。さっきまでなにを……?」
「ん? ああ、もしものときの保険だよ。使わねェ事に越したことはねえが……。ま、今はそんな気にする必要ねえさ。いまはこの新生飛行船の誕生を喜ぼうじゃねえか」
「……そうだな。改めてありがとう」
「よせやい。これぁ、俺のためでもあるんだぜ」
俺たちは大会議場から場所を移して、クロガネさん所有の工房へとやってきていた。
目の前には、耐熱やら耐衝撃やらで武装したらしい飛行船。
どうやら、ぱっと見ではわからないが、風船部分と魔法で動く動力炉、そしてゴンドラ部分に物理的に強化を施してあるらしい。
作業は時間にして、およそ一、二時間程度。
というのも、本当に、必要最低限の耐久しか備わっていないらしい(技術者談)。
あとは『いつ特攻をかけるか』だが、これはもう今すぐとのこと。
どうやら、ネトリールのレーザーは充電期間みたいなものが必要らしく、永続的には撃ってこれないとのこと。
事実、リカルドさんによると、ここまで一定時間砲撃と、一定時間休憩のサイクルを保っているらしい。
さっきから語尾が『らしい』や『とのこと』で終わっているのは、俺自身が置いてけぼりだという事らしい。あの三人が話していることは、どうやら、俺にはついていけないらしいとのことらしい。
唯一、今わかっていることは、俺たちは今から決死の覚悟で、ネトリールに突入するということ。
「さて、善は急げだ。俺たちも乗り込むゼ、バカ弟子」
「な!? それは、待ってくれ。ネトリールに行くのは私たちだけで良い。クロガネさんを巻き込むのはさすがに――」
「いや、俺の代わりに、クロガネさんが出張るのもありじゃない……?」
「ダメだ。ユウトは来てもらうぞ。あんなに大見得切ったんだ。せ、責任はとってもらう」
「イヤだよ! 定員オーバーだよ!」
「つ、つべこべ言うな! 死ぬときはみんな一緒だ!」
「……おまえなんか、自棄になってねえか?」
「なっていない!」
「すまねえな、嬢ちゃん。俺ぁ、自分の船あんだけブッ壊されて、そのうえ街まで破壊する……なんて言われて、黙ってられるほど、お人好しじゃあねンだ。ワリィが、否が応でも同乗するぜィ? それに、俺が乗らなきゃ、誰が船動かしてやんのさ?」
「俺っちからも、この通りだ」
そう言って、リカルドさんがヴィクトーリアに頭を下げた。
どうやらこの二人、このパーティのリーダーを間違えてないか?
「親方の冥土への土産だ。邪魔にはならねえ。同乗させてやってくれ」
「だァれが冥土行きの片道切符だ! このボンクラァ!」
「そこまで言ってねっすよ……」
「……すまない。クロガネさん、リカルドさん。恩に着る。ただし、絶対に死なないでくれ」
「誰にモノ言ってんだ、嬢ちゃん。死ぬ気なんて、さらさらねえよ」
「――よし、あとは仕上げだな。……ユウト!」
抜け出そうとしていたところに、ヴィクトーリアからお呼びがかかる。
俺は平静を装いつつも、俺に与えられた仕事内容を、きちんと報告した。
「飛行船に物質硬化はもうかけてある。ただ、俺の専門は生物強化だ。ただの無機物ともなると、ちょっと固くさせる程度が関の山。ポセミトールでも見たかもしれんが、布でゴリラの一撃を防げる程度と思ってくれ」
「……十分だとは思うが……」
「まあ、レーザーってのが、どれほどの破壊力があるかは知らないが、あまり期待はするなってことだ」
「わかった、ありがとう。それと……、ちょっと、コッチに来てくれ、ユウト」
「な……なんだよ」
「その、すこし、おまえに言っておきたいことがあるんでな……」
ヴィクトーリアはすこし、気恥ずかしそうにして、口をとがらせている。
普段とは違った雰囲気に、俺は思わず、ヴィクトーリアの傍まで駆け寄ってしまう。
「え? なに? もしかして、告白?」
「ま、まあ……、そんな感じ……だ」
「まじで? 悪いけど、俺にはアーニャちゃんって言う、心に決めた人が――」
言いかけて、ヴィクトーリアの細い人差し指が、俺の唇を塞ぐ。
ヴィクトーリアの潤んだ瞳に、明らかに動揺している俺が映る。
「そ、そんなこと、言わないでくれ……」
「はい」
「それで、その……すこし、目を瞑ってくれないか?」
そう言って、ヴィクトーリアはもじもじしながら見上げてきた。
あれ?
ヴィクトーリアってこんなに可愛かったっけ?
いや、顔がいいのは知ってたけどさ、外見と中身が伴っていなかったというか――
「お、おねがい……ダメ、か……?」
その一言で、俺の理性が決壊した。
さらば理性。こんにちはロマンス。
俺は目を瞑ると、すこし身をかがめ、口を尖らせた。
しかし、待てど暮らせど、口先に感触はなく、あるのは、手足を縛られる感覚。
え?
ヴィクトーリアってソッチ系?
いやいや、別に俺も嫌いじゃないけど……こんなときに新しい扉、開いちゃうの?
大胆過ぎない?
「――うん、これでよしだ! 目を開けていいぞ」
「え? あれ?」
目は開けたものの、視界は暗いまま。
そして、俺の手足が綺麗に拘束されていた。
「あ、もしかして視界までジャックする系? マニアック過ぎない?」
「では、リカルドさん。お願いする」
「あいよ」
「は?」
俺が狼狽えていると、急に体が持ち上がった。
え?
なに?
リカルドさんがソッチ系なの?
それとも、ヴィクトーリアにそういう趣味があるの?
一体、何が起こっているの?
「すまねえな、ニイチャン。このまま、船に積み込むぜ」
リカルドさんはそれだけ言うと、俺の体を持ったまま、移動し始めた。
どういうことだ……?
これはもしや、ヴィクトーリアに一杯食わされたことなのか?
「ゆ、ユウ! 今すぐ俺を解放しろ! 今、すぐにだ!」
「縛られてるおにいちゃんも、かっこいい」
「聞いちゃいねえ!!」
「すまない、ユウト。こうでもしないと逃げるかと思って……」
「うおおおおおおおおお! よくもダマしたアアアア――」
◇
「ダマしてくれたなアアアアア!!」
こうして俺は、仲間に騙され、レーザー飛び交う飛行船に乗せられていたのだった。




