奇襲作戦
「げほっ、けほけほ……ごっほ……!」
腹を蹴られたユウは、咄嗟に後方へ跳んで、セバスチャンから距離をとる。
ユウは口を押えながらも、キッと、鋭い視線をセバスチャンに向けていた。
……これはまずい。あんなに弱ったユウは見たことがない……というのもあるが、セバスチャンの悪い癖が出てしまった。
あいつは敵が強ければ強いほど、潜在能力が高ければ高いほど、高説を垂れる癖がある。
敵を解析分析し、独自の理論に当てはめ、矯正させる。
要するに、戦闘中のごく僅かな期間の間、敵に塩を送るのだ。
なぜそうするのかは、本人にもわかっていない。
……あえて、憶測を交えてモノを述べるとするなら、敵を育てているのだと思う。
ここだけ聞くと、敵側にメリットしかないと聞こえるかもしれないが、じつのところ、そうではない。
あいつは、この状態になると、必ず、その敵を最後には殺すのだ。
例外はないし、あいつに自覚もない。
まるで、丸々と肥え太った家畜を屠殺するように、塩を送った敵を、嬉々として刈り取るのだ。
性質が悪いこと、この上ない。
――とまあ、そんなことはおいといて、このままだと、本当にユウがゴリラに殺されかねない。
俺が魔法を使えるならまだしも、今のユウとゴリラでは、圧倒的に戦闘経験値に差がある。
いままで、才能のみで戦ってきたユウにとって、これほどまでに、相性最悪な相手はいないだろう。
ユウはまだ、セバスチャンと戦うのは早い。早すぎた。
このままでは、なぶられて、殺されてしまうのがオチだ。
可及的速やかに、なにか策を講じなければ……、でも、どうやる?
俺は再度、身をよじり、低い視点から辺りを見回し、使えそうなものを探すが――
「ユウトさん、大丈夫ですか!?」
バッジーニのところから引き返してきたアーニャが、俺に駆け寄ってくる。
アーニャは俺のすぐそばまでやってくると、俺の腕を肩に回し、助け起こそうとしてくれた。
アーニャが引き返してきた先――そこでは未だ、みっちゃんとバッジーニの部下たちとの戦闘が続いていた。
さすがはみっちゃん。
場慣れしているのか、それとも全く気付いていないのか、俺の負傷を意に介さず、黙々とバッジーニの部下を討っている。
……少しだけ寂しい。
みっちゃんにはこのまま、戦闘を続行してもらって……、ビーストは……ダメだ。
天井にあるシャンデリアの上で、体力回復を計っている。
ヴィクトーリアは……、あいつはこの会場の隅っこへ移動し、そこでテッシオに治療を施していた。
「ユウトさん! ユウトさん!」
そうだ、まずはアーニャの声に返事をしなければ……。
俺はなんとか身振り手振りで、傍から見れば、死にかけのウナギのような動きで、返事して見せた。
アーニャはそんな、死にかけのウナギダンスを見届けてくれた後、少し間を空けてから
「し……、死んでる……!?」
と答えてくれた。
「生きてるわ!」
「あ、声は出るのですね……! よかった……! ほんとうに……」
そういってアーニャは心底、ホッとしたように、胸を撫でおろした。
……なんだ。
珍しく、アーニャがボケただけか……。
でも、そのおかげで声は出るようになった。この分なら、あいつと交渉できる。
「……アーニャ」
「は、はい」
「さっき俺がかけた魔法、まだかかったままだよね?」
「あ、はい。いきなりセバスチャン様が、ユウトさんの背後に現れて、それでビックリして動けなくて……」
「え? あー……、いやいや、ちがうちがう。べつに、すぐ駆けつけてこなかったアーニャを責めてるわけじゃないんだ。ほんとにただの確認だから」
「そ、そうでしたか……申し訳ございません……」
「いいよいいよ。……それでなんだけどさ……ちょっと耳貸してくれる……?」
「は、はい」
俺がそう指示すると、アーニャはおずおずと、俺の口まで、耳を近づけてくれた。
「いい? 俺が合図したら――」
◇
「ふたつめだ、狂犬。……ま、といっても、さっきの延長だけどな……」
「う……、はぁ……はぁ……はぁ……」
「なんだ? 肩で息してるじゃねえか。もう吠える元気もなくなったか。それとも、さっきの蹴りでも効いたか?」
「あんなの……、屁でもない……!」
「ガッハッハッハ! 結構結構! ……いいか、実力が、ある程度拮抗していくと、剣での戦いは一撃必殺の戦いじゃなくなってくる。……じゃあ、どうなってくるか? わかるか?」
「さっきから、ウホウホ……うる……さい……!」
「おーおー、こりゃ、まじで嫌われちまったかな?」
「く……、サーカスに……売り飛ばされたいの……?」
「へっ、憎まれ口は兄貴譲りか……、そんなんで俺が傷つくと思ってんのか? 逆に興奮します」
「うぅ……、キモい……」
「いいか、心身の削り合いだよ。剣の打ち合いってのは。一撃で相手を葬れない。それどころか、それを利用され、逆に不利に立たされる。だったらどうするか? 機動力を削るんだよ。肩肉を削げば、腕が上がらなくなる。手首の腱を切れば、剣を持てなくなる。踵骨腱を切れば、立てなくなる。……そして、鳩尾を蹴り上げれば、息ができなくなる」
「はぁ……、はぁ……」
「わかるか? こういうのは、いかに相手を剣士として機能させなくするかが、勝負の分かれ目だ。……あんたのように、バカみたいに急所ばっか突いてくるんじゃなく、時には頭を使えってことだよ。基本中の基本だ。あんたの兄貴は、そんなことも教えてくれなかったのかよ」
「おにいちゃんは――」
「くぉら、ゴリラ! てめ、ひとの妹に何やってんだァァ!!」
俺はおもいきり声を張り上げ、ユウにじりじりと詰め寄る、セバスチャンの脚を止めた。
「ああ? なんだ、もう回復したのか、エンチャンター殿。……なにやってるって、レクチャーだよ。レクチャー」
「もういいだろ……、おまえの狙いは俺だろうが」
「はあ? 何言って――」
「パーティに戻ってやるから、ここは引けって言ってんだ」
「ほお?」
「お、おにいちゃ……?」
「ゆ……、ユウト! 何を言っているのだ! こんな場面で! ふざけている場合じゃないぞ!」
遠くのほうで、俺をしかるように、ヴィクトーリアが声を張り上げた。
「もうこれしかないだろうが! 俺の魔法はもう使えない。このまま、おまえらがこのゴリラになぶり殺しにされる様を、俺は見たくないんだよ。だから、もうやめてくれ、セバスチャン。……いいだろ?」
「まあ、今、おまえをここで連れて帰れるんなら、願ったり叶ったりだな。ユウキとももめずに済む」
「てめえ……! この俺を……、バッジーニ組を裏切るつもりか!? この、ゴリラ野郎!」
「いやあ、裏切るっつっても、仮契約ですし。俺、契約社員ですし。いまどき、バックレくらいおおめに見てくださいよ」
「ふ、ふざけやがって……!」
「でもなあ、ここでバッジーニの親分さんを敵に回すのも、後々厄介になってきそうだし……、それになぁ……まだいろいろと懸念材料はあるんだよな……」
「……な、なんだよ、懸念材料って……」
「そりゃおまえ……、おまえが嘘ついてるってことだろうが。おまえはユウキと同じくらい、悪知恵が働く。そんなやつが、こんなにすんなりと『付いていく』っていうと思うか? んなの、信じろって言うほうがアホな話だろう?」
「てめえ! ゴリラ! 敵か味方か、どっちなんだよ!」
「俺は味方ですよ! バッジーニの親分! ……つか、それにしてもひでえな。俺はお前らと同じ種族なんですがね……」
「……それじゃあ、俺たちとは、このまま敵対するってわけだな? セバスチャン」
「ああ、そう言うことになるな」
「ふぅ……、残念だよ」
「ああ、俺もだ。俺はどうしても、おまえのその言葉が信用できない。だから、ここにいるおまえの仲間、全員をぶちのめしてから、おまえの両腕両足ぶち折って、連れて帰る。それで終いだ」
「そうか、じゃあ――交渉は決裂だなァ! 行け! アーニャ! ぶちかませ!」
「な――!?」
「は、はいっ! てりゃー!」




