偶像と棒
「よう、久しぶりだな。史上最強のエンチャンターさんよ」
「な!? おま、なんで……ここに……!?」
「なるほどな、隠者の布か。それで気配が探れなかったのか。やってくれるじゃねえか、エンチャンター殿」
「にゃにゃ、感動の対面ってやつにゃ。泣けてくるにゃ……」
「び、ビースト、おまえがこいつを連れて来――」
殺気。
俺がそれを感じた時、すでに、そいつは俺の横を、つむじ風のようにすり抜けた後だった。
瞬き。
俺が、目を閉じるまでの刹那――セバスチャンの真ん前まで移動していたユウの拳は、俺が目を開けると同時に、ビーストの頬にクリティカルヒットしていた。
すべてがスローモーションのように見え、ビーストはその一回の瞬きの間に、殴られた勢いから、空中でトリプルアクセルを決め、そのまま、ロビーの床に沈んだ。
ユウは自分の拳と、倒れてピクピクと痙攣しているビーストを交互に見た。
「にゃ……にゃんてこった……にゃ……ガク……」
「は、発情猫……、なんで邪魔したの……」
「おーおー、こえーな。キミがエンチャンターくんの妹さんか。想像のはるか上をいく猛獣ぷりだな。こりゃ、檻に入れて躾けてやらないとな」
セバスチャンは白々しく、両掌を上に向け、降伏のポーズをとってみせた。
当然、その顔はまったくその気がないのか、いつもどおりの『ヤレヤレ』といった表情だ。
セバスチャン。
俺の元パーティの一員、戦士にして剣士。
その鍛え抜かれた、鋼のような肉体から繰り出される剣戟は、一切を両断する。
今現在、ユウキに次いで、世界で二番目の剣の使い手だと称されているが、単純な剣の打ち合いなら、セバスチャンに軍配が上がる。
好きなものは酒と、金と、女と、賭け事と、金……という、絵に描いたようなロクデナシ。
粗暴で、粗野で、粗雑。
筋肉に筋肉をかけて、さらに筋肉を割ったうえで、そのうえからさらに、筋肉を塗りたくったような筋肉。
要は、ただの脳筋バカ。
あいつの脳みそのしわは、筋繊維なんじゃないのか……、と俺の中でもっぱらの噂である。
「――黙れ。あたしは、おにいちゃんにひどい仕打ちをした、あなた達を許さない。それと、少しでもこちらに、害をなそうという意思を感じ取ったら、その瞬間、首を折る」
「コエーコエー、わかったよ、動かないでおく。ったく、こんなにも兄妹で似ないもんかね……」
「………………」
「……おまえ、この街に何しに来たんだよ」
「おいおい、決まりきってること聞くなよ。我らがエンチャンター殿を連れ戻しに来たんじゃねえか」
「ふざけんな! だれが戻るか! 第一、なんでおまえ、俺たちがここにいるってわかったんだよ」
「杖……」
「は?」
「『業杖』。これがポセミトールの市場に出てきた……、という噂を、うちのボスが聞きつけてね」
セバスチャンはそう言うと、目で自分の腰辺りをチラチラと、視線で指し示した。
視線誘導かもしれない。
俺はユウに、セバスチャンの動きを注視するように促すと、セバスチャンの腰あたりに視線を落とした。
そこには俺の持っていた杖が、ぶら下がってあった。
「ユウト……、あれって」
「ああ、俺の持っていた杖の名前だ。最高の装備だとは聞かされていたが、まさかそんな名前だったとはな」
「『ヒデェな、ユウト。せっかく大枚はたいて買ってやった杖、売るか? フツー。ま、でも、これからは売るにしても、なんにしても、注意するこったな。でないと、足がつくからな、俺みたいな悪人にすーぐバレちまう』……ていう伝言だよ。うちらのリーダーからのな。……ダメだろーが、エンチャンター殿。せっかくあいつが、おまえに買ってやったんだからよ、大切にしなきゃな。売るにしても、もっといろんなところを経由して売るとかさ……おまえ、この杖がどれほどの価値か――」
「売ったんじゃねえよ。盗まれたんだ」
「余計悪い。迂闊すぎる。きちんと管理しとけ」
「……それで、それ、返してくれるのか?」
「もちろんだ。仲間に戻ってくれたらな」
「断る。……いくらだ? 金は払う」
「はっはっは、どうしても嫌か?」
「もうその問答に、意味はないだろ。話は一話のときにすでに終わってる」
「そうか。じゃあ、返してやれんな。実際、取り返すのに苦労したからな」
「おまえが持ってても、宝の持ち腐れだろ。はやく寄越しなさい」
「……なに、魔法が使えなくても、背中を掻く棒くらいにはなるだろう」
「いいか。二度は言わん。その杖を置いてきえろ。ぶっとばされんうちにな」
「ほう、威勢だけは一人前だな」
「それにしても、おま……、ビーストォ! なにやってんだよォ! だれがこいつを連れて来いっつったよォ!」
「いやあ、仲直りしたいのかにゃーって……」
「なわけあるか! ……て、そういえば、こいつには言ってなかったけ、俺がどうやって辞めたか……」
「何もきいてなかったにゃ。ご主人と、この筋肉だるまが素敵な関係にゃんて……」
「だれと素敵な関係だ!」
俺とセバスチャンの声が被る。
俺は眉を顰め、忌々しそうな視線をセバスチャンに投げかけると、あいつも俺と同じような顔でこちらを見てきた。
「とにかく、金は払うから帰れ。んで、ユウキに伝えとけ。首を洗って待っとけってな! ……決まった」
「んな邪険にすんなよ。元同僚じゃねえか、気楽にいこうぜ」
「気楽にいけねえのは、おまえらが原因だろうが! だいたいおまえ、本当に俺を連れ戻すだけの用事で、この街まで来たのか?」
「ああ、もちろんだとも。一緒に行こうぜ、心の友よ」
「ユウ」
「うん。始末するね」
「待て待て! ……っち、こんなのが側近でいるなんて聞いてねえぞ……。そうだよ、おまえの言う通りだ。ほかにも用事があって、ここに来た。……けど、そっちの用事はおまえを連れ戻す、謂わば、ついでみたいなもんだ。本命はお前。ユウキからは、首に縄付けて、手足縛ってでも、連れて来いって言われてたんだが……、どうやら、無理そうだな。この人数じゃさすがに、無傷じゃすまないだろうからな」
セバスチャンはそう言って、俺たちを見渡した。
いつのまにかビーストも立ち上がり、戦闘態勢をとっていた。
「てか、おまえ。俺側じゃなかったのかよ? エンドビーストよ」
「ん~にゃ。いくらご主人の元仲間だとしても、ご主人に敵対してるのにゃら、ニャーにとっても敵にゃ」
「ふぅ……、ただじゃくれてやらねえぞ? こいつはオークションで競り落としたもんなんだ。これ落とすのに、俺がどんだけ金を溝に捨てたか……」
「わかってる。金は払うって、最初から言ってるだろ。いくらだ」
「しめて一千万だ」
「いっ……!? あ、アホか! まけろ! 払えるわけねえだろ」
「おまえ、本当に何も知ってなかったんだな。ユウキがこれ買ったときは、その倍はしたんだぞ」
「マジかよ……」
「マジだ。なんせこれは……えっと、この世の最果てに佇む、世界樹――」
「な!? 世界樹から作られた杖なのか?」
「を見て、感動したおっさんの孫が、庭の木で作った杖だ」
「果てしなく普通の杖だな!」
「いやいや、驚くべきはこれからなんだよ」
「……まだなんかあんのか?」
「できた当初は普通の杖だった。けど、それからが普通じゃないんだ。この杖は人を何百何千と撲殺し、その分の血や油、恨みつらみ負の念が練りこまれた――」
「もしかして、呪われた杖だったのか!?」
「槌鉾の隣に飾ってあったものだったんだ」
「普通じゃねえか! なんだよ、その頑なにいわくを付けたがる理論は!」
「いやいや、実は、まだそれだけじゃねえんだよ」
「もういいわ。だいたい想像できるわ」
「いいか、よく聞けよ……。この杖はなァ……あの伝説のアイドル、ユッキーが――」
「ユッキーが……?」
「背中を掻く時、使用されていた杖なんだよォ!」
「な、なんだそれは! 結局、くだらないものではないか! まったく、ユウト、おまえは一体どういう杖を使っていたん――」
「そら、高いわ」
「え!?」
「だろ? なんでこんなに高いか、わかっただろ?」
「ああ。十分すぎるほどにな」
「いやいや……え? ただ、背中を掻いていただけの棒だぞ?」
「馬鹿野郎!!」
「ええ!?」
「たかが棒、されど棒。一時とはいえ、あのユッキーの背中にじかに触れていた棒なんだぞ」
「だ、だから……なんだというんだ」
「興奮するじゃあないか」
「ダメだこいつ」




