監視の目
「え? みっちゃ――ミシェールさんを昨日から見てないって? マジですか?」
ビト組本部。
俺たちは敷地内に入ることは許されず、門の前に立っていた、強面のしたっぱに話を訊いていた。
したっぱが言うには、みっちゃんはどうやら、昨晩から帰ってきていないとのこと。
これはまだ、機密事項なのだが、俺たちだけは特別ということで、テッシオさんから託かっていたとのことだった。
そして、ついでに、俺たちの武器が流れた場所を聞かされた。
約束通り、一日でやってくれたことは嬉しいが、どうしても、今はそれどころじゃなかった。
「さあ、話は終わりです。客人。こちらとしても、いろいろと立て込んでいるんでね。暇じゃねえんです」
「嘘にゃ。暇じゃにゃかったら、こんなところで突っ立ってにゃいにゃ。したっぱのクセにいきがるにゃよ」
「な……!? テメエ……、言うに事を欠いて……!」
「す、すみませ~ん、こいつ、いま、発情期中でして、だれかれ構わず、反抗したがるんですよ」
「発情してるのはご主人じゃないのかにゃ」
「ぐぬぬ……! あれは、絶対、何かの間違いだ! 獣と妹の陰謀だ! おまえら、覚えとけよ、マジで! あとで絶対、無実を証明してやる」
「ご主人こそ、ふたり分の子供の名前を考えとくにゃ」
「誰が認知するか! ていうか、人間と魔物の間にガキが生まれるかよ!」
「あの……」
「あたし、ユウト参号機がいいな、おにいちゃん」
「参号機ってなに? なんで俺が量産型になってんの? しかも、弐号機はどこ行ったんだよ! なんで一世代飛ばしてんだよ!」
「弐号機はおにいちゃんの股に――」
「下ネタかよ! そんなことだろうと思ったわ!」
「あの……」
「ヴィッキー、ユウトさんたちは何を話しているんだろ?」
「ただれている! こんな会話を聞くんじゃないぞ! アーニャ!」
「ああ、違うんだ、アーニャちゃん! こいつらが錯乱しているだけなんだ。俺は何も悪くないのに」
「錯乱しているのは、ご主人の股間にゃ」
「ああ!? テメエの頭を、サクランボみたいにしてやろうか!?」
「あのお!! 痴話げんかなら、他所でやってくれませんかァ!!」
門番の人が突然声を張り上げる。
あまりの大声と迫力に気圧され、俺とヴィクトーリアは押し黙ってしまった。
「いや、にゃから、さっさとテッシオだすんにゃ。詳しい話――むぐぐ……!」
「す、すみませ~ん、こんどこそ帰りますね~」
俺はビーストの口を塞ぐと、そのままずるずると引きずった。
◇
「もぐもぐ……いいのか、ユウト。あれ、絶対何か隠してたとおもうのだが……もぐもぐ……」
俺たちは一旦、場所を変え、ホテルへと戻ってきていた。
ちょうど太陽が真上に差し掛かってきた頃だったので、軽く食事ついでに、備え付けられているレストランで、食事をとっていた。
レストランといっても、ビュッフェ形式で、各々が好きな料理を、思い思いに皿に盛り付けて食すあれだ。
アーニャとユウはふたり並んで、楽しそうに料理を吟味していた。
テーブルには俺とビースト、そしてヴィクトーリアが座っていた。
ヴィクトーリアは相変わらず、皿の上に、山のように盛られた料理をガツガツと口に運んでいる。
ビーストはあまり食欲がないのか、はたまた、ヴィクトーリアの食事風景に圧倒されていたのか、自分が取ってきた料理に、一切、手を付けていなかった。
「……ニャーもそう思うにゃ。あのままキリキリ締め上げてたら、絶対ゲロゲロしてたと思うにゃ」
「だろうな……」
「だろうなって……、どうしたんだユウト」
「いや、そんなことをすれば、いくらみっちゃんの組とはいえ、ギスギスどころか、ゴリゴリに対立してしまいかねない」
「だからって、あそこで引っ込むのは……」
「わかってる。けど、あのまま問答を続けても、おまえらのうちの誰かが……おもに、そこの猫が暴走して、収拾がつかなくなるか、話し合いが平行線をたどるかだ。あいつらに話す気がない、領地に入れる気もないのだったら、無理に聞く必要も、入る必要もない。『これ以上、踏み入ってくるな』これが、あいつらの提示した答えだ」
「むぅ……、理屈はわかるが、やはり、承服しかねるな。そもそも、ユウトはそれでいいのか? アネゴ殿は、ユウトのことを弟と、そしてユウトはアネゴ殿のことを、姉と慕っているほどの仲だったのだろう?」
「なに言ってんだ、いいわけねえだろ」
「へ?」
「何を驚いてんだよ。あっちがこっちに情報の一切を提供する気がないのなら、こっちが勝手に調べればいいだけだろ」
「確かにそうだが……、いいのか?」
「いいんじゃねえの? べつに」
「そ、そんなテキトーな……」
「さすがに、こっちが勝手に調べることに関しては、とやかく言われる筋合いはないからな」
「しかし、どうやって……」
「決まってるだろ。……てか、目星はついてるじゃねえか。昨晩、俺たちはみっちゃんに喫茶店が怪しいと報告して、それからみっちゃんは帰ってこなくなった。だったらもう、調べるところはひとつしかないだろ」
「……喫茶店か?」
「そう。でもま、とりあえず、飯食い終わったら……そうだな、武器を取りに行くか」
「さきに喫茶店に行かなくていいのか?」
「こんな状態じゃ、カチコミかけられないだろ。せめて武器は欲しい。みんなの実力は知ってるけど、万が一に備えて、な。それに、気づいてたか?」
「なにをだ?」
「ポセミトールに、黒服の連中が多くなってきてる」
「そういえば、今日はやけに見るな……」
「この場合、構成員を増員して、みっちゃんを探す効率を上げている……って考えるのが妥当だろうけど……」
「なんだ? 違うのか?」
「いや、これはいい……いまは、な。ここで話す事でもない」
「あと、そうにゃ。さっき風の噂で聞いたにゃが、セバスチャンがこの街に来てるらしいにゃ」
「……は?」
「ビースト、セバスチャンって……以前、ネトリールを救ってくれた、あの、セバスチャン殿か?」
「それは知らにゃーが、ご主人の元パーティの戦士担当にゃ」
「な、なんで、あいつがこんなところに来てんだよ!」
「そんにゃの、ニャーが知るわけないにゃ」
「まじかよ……」
あいつが、ここに来ているってことは、十中八九、ユウキの差し金だろう。問題は、どのような命令で、何故このタイミングで、この街に来ているか、だ。
……だめだ。考えてもわからない。
「心配しにゃくても、ニャーがいるにゃが?」
「おまえはこれっぽっちも信用してないから、これから武器を取りに行くんだよ。てかおまえ、もう営業とかいかなくていいのかよ?」
「問題にゃい。すでに手持ちのトマトは、すべてぐずぐずにゃ」
「誇ってんじゃねえよ。その……、なんだ、そこらへん飛んでる虫さんとか、トマト食うだろ。その虫さんたちに営業かけて来いよ」
「嫌にゃ! にゃに言ってるにゃ! しかもそれ、食うってより、たかるっていうんだにゃ。……にゃんにゃ? ご主人、あんまりニャーと一緒にいたくにゃいにゃ?」
「……一緒にいたいか、いたくないか、どっちかと聞かれれば、答えはイエスだな」
「にゃはは、そんにゃにニャーと一緒にいたいのかにゃ」
「このポジティブ思考さんめ、さっさと虫さん相手に仕事してこい」
「虫さんって」
「そうだ、虫さんだ」
「……にゃにゃ。了解にゃ」
ビーストはそう言うと、のそのそとレストランから出ていった。
どうやら、俺の本当に伝えたかった意図は伝えられたようだ。
あとは、あいつが、あいつの判断でどうにかするかだけど――
ビーストがレストランから出ていくのと同時に、アーニャとユウが、席に着いた。
「あれ? ビーストさん、食事のほうはもういいのですか?」
「ああ、なんか虫に会ってくるって言ってた」
「む、虫……、ですか……」
「それよりも、アーニャ、ユウ。できるだけ早く飯食ってくれないか?」
「は、はい……構いませんが……どうされたのですか?」
「ん、まあ、それも後で言うよ。ごめんね」
「おにいちゃん」
ユウに呼ばれて、ユウの顔を見る。
……どうやら、ユウは気づいているようだ。
俺はすこしだけ、小さく頷いてみせた。
「お、おかわりはダメなのか……?」
「ああ、ダメ――」
「そ、そうなのか。ダメなのか……」
「あ、ちょ、ちょっとくらいなら……いいんじゃないかな……」
「ほんとか!?」
「ま、まあ……、でも、とりあえず、早めに頼む」
「なんだ、ユウト、さっきからどうしたのだ?」
「いや……、それは、ここを出てから言う」
「……? わかった。おかわりはやめておくよ」
「たすかるよ」




