ノンカタギ
ガラガラガラ……木製の車輪が、乾いた音をたてながら回っている。
俺たちは荷車に乗って、一路、ポセミトールを目指していた。
時刻は既に正午を回っており、予定ではもうすでにポセミトールに着いて、なんなら観光までして、アーニャとイチャついているはずだったのだが……。
「いやー……ははは。まさか旦那たちがこんなにお強いとは!! こりゃ参ったなー!!」
「ほんとほんと、参った参った!」
なんだかよくわからない集団の襲撃に遭い、予定を大幅に繰り下げられていた。
男三人は満身創痍で、俺たちの乗っている荷車を、力いっぱい引いている。
襲撃してきた男たちは十余人にも上っていたが、生き残りはもうこの三人だけ。
あとの男はビーストが、瞬く間に、血祭にあげていった。
夜の闇に紛れ、ひとり、またひとりと、噴水のように血しぶきを撒き散らすしていく光景は、まさに圧巻。
ビーストが男たちの心を、バキバキにへし折るのに、そう時間はかからなかった。
それと同時に、あのときのビーストが、俺たちには全く本気じゃなかったということが改めてわかった。
こうしていま、荷車を引いている三人は、襲撃してきた男たちの中でも、必死に土下座をして、命乞いをしてきた土下座エリートだ。
「どうか、この方たちを見逃してはもらえませんか?」という、さながら聖女を彷彿とさせるその寛大な御心の前に、俺はただ、男たちを赦す事しかできなかった。
「にゃにゃ……、おみゃーらのせいで、ほとんどのトマトは潰れちゃったにゃ。どうしてくれるんにゃ」
「も、申し訳ない。アネサン……、いや、この場合は魔物さんか……?」
「で、でもポセミトールも、もう目と鼻の先。もう少しで着きますぜ! トマトが食いたいなら、あそこへ行けば、いくらでも食えますぜ」
「そう言うことじゃないにゃ。ニャーはべつにトマトを食うために、ポセミトールへ向かってるわけじゃにゃい」
「あ、ははは……そ、そうなんでしたか……、きっと俺たちにゃわからん、なにか深い理由があるんでしょうにゃ……」
「安易に語尾を真似するにゃよ。次また語尾に『にゃ』をつけてみるにゃ。野に咲く一輪の人間にしてやるにゃ」
「意味が分からんけど……、とりあえず、トンでもねえってことだけはわかりました……」
「い、いやあ……、そもそも、俺らは襲撃なんてやめとけって言ったんですがね――」
「無駄口たたいてないで、さっさと引いて」
ピシリ!
ユウは手に持った馬用の鞭を、遠慮なしに振るった。
風を裂き、空気を破裂させ、馬用の鞭が勢いよく、人間の皮膚の上で弾ける。
鞭を当てられた男のひとりが、「うぐぅ」と、小さく悲鳴をあげる。
男は恨めしそうな眼でユウを睨むと、口をつぐみ、そのまま黙々と荷車を引き出した。
「……あのさ、黙ってるところ悪いんだけど、聞いていいか?」
「え? あっと……」
男のひとりが、ユウの顔色を覗う。
ユウはそれに対し、ノータイムで許可を出した。
男は胸をなでおろすと同時に、すこし不満そうな表情を浮かべた。
「ほ……。それで、なんでしょう。旦那?」
「おまえらはなんなんだ? 盗賊じゃあ……ないよな? かといって、一般人とは思えないほど、熟れてるよな?」
「さ、さすが旦那……! なんたる慧眼。恐れ入りやす。……じつは俺たちゃ、チンピラでして……」
「ふむ、おい、ユウ。この人たちはもっと鞭をご所望らしい。存分におまえの辣腕を振るって差し上げろ」
「アイアイサー」
「ちょちょちょ! ちょっと待ってくだせえ! マジなんですってば! 俺たち、まじにチンピラなんですよ! 職業チンピラっす! これから履歴書を書く時も、来歴にチンピラって記入するくらい、マジでチンピラなんすから!」
「チンピラが職業……? そんなもん、聞いたことないんだけど」
「要するに、ヤクザの下請けでさぁ。人殺しから、強盗、その他なんでもする、汚れ役ってやつなんすよ!」
「ちなみにそのヤクザと、おまえらの死んでいった仲間の薬物中毒者は、どんな関係だ?」
「な、なんでそれを……!?」
「目を見たらわかる。あれは普通の目じゃない。トリップしている目だ。焦点が合ってなかったし、時折、体が痙攣してた。そしてなにより、極めつけはビーストが首を落としても、笑ってやがった……そんなやつらが普通なわけないだろ」
「ぐ……ぬぬぬ……」
「じゃあもう、いいだろ。どこのヤクザか、教えろよ」
「そ、それだけは勘弁してくだせえ……! せっかく助かったのに殺されちまいまさぁ!」
「……おいビースト、噴水をみっつ追加だ」
「にゃいにゃいにゃー!」
「……それ、なにがなんだか、意味が分からなくなるな」
「や、ヤメテー!! い、言うよ! 言うから!」
「ビースト、ストップだ」
「にゃいにゃいにゃー!」
「……俺たちは……、俺たちの所属している組織は――」
刹那、自称チンピラ三人の首が、一斉に宙を舞う。
長い――永い、永遠とも思えるような、首が地面に落ちるまでの間。
俺が見たのは血が噴き出す直前の――三人の首の断面ではなく、ひとりの男の姿だった。
男はひどく縁起の悪そうな顔をしており、額から頬にかけて、一本の深い切り傷が入っていた。
馬を失った荷車は一話前と同じく、再びバランスを崩し、ぐらりと後方へ倒れかける。
俺は『同じ轍を踏んでたまるか!』との一心で、いつ転がってもいいように、両手を上に、顔の横で構えていたが、荷車が傾くことはなかった。
仕方なく体勢を起こして、前方を見てみると――
「おっとと……、へへ、大将、この魔物さんとお嬢ちゃんはあんたのツレかぃ? 悪ぃけど、ふたりに鎮まるよう、言ってくれないかぃ?」
ビーストは男の首元に爪を、そしてユウは男の腕をギリギリと、背中へねじり上げていた。
ふたりとも、一瞬のうちに反応して、その男の無力化させていたのだ。
そしてアーニャは、倒れそうになっていた荷車を、軽々と片手で支えていた。
その場で面食らって動けないのは、俺とヴィクトーリアだけだった。
「ご主人、どうするにゃ? こいつを次の馬にするかにゃ? それとも、今ここで殺すかにゃ?」
「おいおい、待ってくれよ。俺はあんたたちに詫び入れに来ただけだ」
「喋らないで。……おにいちゃん、ここは腕の一本でも折っておいたほうが、後々、対処が楽だよ。さっそく折っておく?」
「おいおいおい、まじかよ。大将ォ。やめさせてくれ。俺は痛いのは嫌いなんだ」
表情ひとつ、眉ひとつ動かさず、男は淡々と俺に助けを乞うてきた。
一言で言うと、不気味。
たしかに、ユウの言う通り、腕の一本でも折っておいたほうが、後々の対処は楽だと思うが……。
俺はそこまで考えて、男の着ているもの。服装に目をやる。
男の服装は黒服。
極めて珍しい服装ではあるが、俺は見たことがある。
それも、ポセミトール周辺でだ。
ビト組。
ポセミトールを拠点として、各国に巨大なつながりを持つ、一大ヤクザだ。
ということは、さっき殺したチンピラはビト組の……?
「……ユウ、少し待て」
「ふぅ、ありがたい」
「交換条件だ。あんたの足元に転がってる、その剣をどこかへ蹴り飛ばしてくれ。そうすれば、ふたりの拘束を解く」
「おいおい、まじかよ。この刀、高いんだぜ? おいそれと蹴り飛ばせるもんじゃ――」
「にゃんにゃん。ご主人が聞きたい答えはそうじゃないにゃよ、おっさん。ご主人の言う通りにするか、もしくはさっきおっさんが斬り殺した、あのチンピラみたいになるか……だにゃ」
「………………」
男はニヤァ……と、口元を大きく歪めると、片足を大きく振り上げ、足元に落ちている剣をどこかへ蹴り飛ばした。
「……ユウ、放してやれ」
「うん。わかった。おにいちゃん」
「ビーストもだ」
「にゃにゃ……」
俺がそう言うと、ビーストもユウも、渋々といった様子で男の傍から離れた。
俺はそれを確認すると、荷車から出ていった。
いつまでもアーニャを、そのままにしておくことはできなからである。
それを察したのか、ヴィクトーリアも一緒に荷車から降りてきた。
「へへ……、悪かったな、大将」
『悪かった』
口ではそう言っているものの、男はあくまで無表情。
その濁った黒い瞳から、その意図をくみ取ることはできず、俺は改めて、その男に尋ねてみた。
「だれだ、おまえは。俺たちに何の用だ」
「……そうだな、大将は俺の事……つーか、俺の組織の事は知ってるみたいだが……、周りのお嬢さんたちはそうじゃないらしい。よし、んじゃウチの若い衆が無礼を働いた侘びだ。いっちょ名乗らせてもらうか……」
男はもったいぶったように、そう吐き捨てると、じりじりと股を開いていき、手を前へと差し出し、中腰になってみせた。
「花は桜木、ヤクザはビト組。男一匹テッシオ。現在は、マザーの右腕を仰せつかっております。……以後、お見知り置きを……」
男はあくまで無表情のまま、ニヤリと口角を上げ、一方的に自己紹介をしてきた。
「にゃにゃ。何言ってるか、意味がわからんにゃ」
「わ、わたしも……。名前がテッシオ様、だということは、なんとなくわかりましたが……」
「まあ、ややこしいよね。ようするに……天下に轟く大ヤクザ『ビト組』の組長ミシェールのナンバーツー様だってことだよ」
「さすが大将。よくご存じで」
「ビト組って言ったら、今も昔も、色々な意味で有名なヤクザじゃないですか。一説には、勇者の酒場とも繋がっているとか……」
「勇者の酒場と……? それは本当か? ユウト?」
「あくまで、噂……ですよね大将?」
「……まあ、な。それで? ビト組の右腕さんが、なんの御用ですか?」
「いえいえ、そんなに構えないでください大将。なあに、さっきも言いましたが、俺はただ、詫び入れに来ただけですよ」




