トマトの付加価値
「はやい話が、そこの魔物さんにコテンパンにされての……」
「これはホントにゃよ。一番ガタイのいいおっさんを、わざわざ選んでボコボコにしてやったからにゃ。集団心理をうまくついた頭脳プレーにゃ」
「おまえはおまえで、容赦がないな」
「にゃにゃ、きちんと容赦したにゃ。にゃって、ニャーが本気でやったら、ただの肉塊ににゃっちゃうのにゃ。それに、トマトを勝手に食ったのは、ニャーにゃ。にゃから、悪いのはニャーのほうにゃ……」
「いちいち怖いんだよ。言葉のチョイスがさ。……それに、俺が言ってるのはそういう事じゃないんだよ」
「でも、魔物さんは村で一番の、鍬の使い手を一瞬で血祭りにあげたのじゃ」
「血祭りておまえ……容赦したって言ったよな?」
「にゃー……、でも大事な血管にゃんかは避けて攻撃したからにゃ。出血は派手かもしれにゃいけど、きちんと生きてるのにゃ」
「それで『あ、こりゃ勝てんわ』となって、早々に降伏したわけなのじゃ。白旗を振っても意味が伝わらんと思ったワシは、地面に寝転んで腹を見せ、『ごろにゃーん』鳴いてみせたのじゃ。……今でも忘れられない。村人たちのあの、冷蔵庫の奥で腐っていた野菜を見つけたときのような眼を……」
「うん。あれはフツーにキモかったにゃ。さすがのニャーもちょっと引いたにゃ」
「こら、ビースト! オブラート! ……たく、村長も潔いのか、腰抜けなのか……」
「潔いと言ってくれ。ワシの英断に喝采を。あのまま無謀に戦っていたら、村人の命がなくなっていたぞ。ワシがアレをやることによって、魔物さんの戦う意志を削いだのじゃ! わかったか、オラァ!!」
「は、はいはい、わかりましたから。怒鳴らないで……、次お願いします」
「それからは、知っての通りじゃ。ポセミトールの冒険者の酒場に頼み込んで、魔物さんを退治してもらおうとしたのじゃ」
「にゃに!? あのとき来たあいつら、おみゃーの差し金なのにゃ!?」
「そういえば、言っておらんかったの……あれは、ワシらの差し金じゃ……!!」
「うにゃー! ニャーの怒りは有頂天で怒髪天なのにゃー! フー! フー!」
ビーストは急に両手拳を上へ掲げ、精一杯、怒った感じをだそうとしていた。猫というか、クマの威嚇に近い。
「お、おいおい、そんなに怒ることはないだろ……」
「すまん、許して」
村長はそんなビーストに対し、舌を出して、片目を瞑って、カジュアルな感じで言ってみせた。
「あんたも、そんな誠意の欠片もこもってない謝罪をやめろ。火に油を注いでどうするんだ。あんたも血祭りに――」
「許すにゃ!」
「許すのかよ!」
「にゃあ、あんなおっさんに『許して』て言われたら、そりゃ許すにゃよ。ご主人」
「え? じゃあ、俺がエロいことをお願――へぶ?!」
「やめておけ、ユウト」
俺が何を言いかけたのを察したのか、ヴィクトーリアが身を挺して止めてくれた。危ない危ない。
「ほんにゃら、その後、ちょくちょくニャーん家に来てたやつらも、そうにゃのか?」
「そうじゃ。あれほどまでに強い冒険者の一団を、いとも容易く追い払ったのじゃ。ワシらはびっくりした。中にはびっくりし過ぎて、腰痛が治るものまで出てきよった。そして、冒険者は皆一様に、魔物さんと戦った後は、装備品を置き、一目散に逃げたのじゃ。……そして、そこでワシらの中に悪魔が芽生えたのじゃ」
「村に来た冒険者たちの装備品や金品をかっぱらって、ビーストのせいにする。貴重品を盗られた冒険者はビーストにボコボコにされ、さらに知り合いや、自分よりも強い冒険者に頼んで、討伐しに行ってもらう。しかし、その冒険者もビーストに倒され、金品を奪われ、最初に戻る。……まさに負のスパイラル。巧いことやるじゃないですか。なかなかやりますなー!」
「にゃんてこったにゃ……! ニャーをそんなあくどい事に利用してたにゃんて、もう許せないにゃ! 今度こそ、八つ裂きにしてやるにゃー! 覚悟するにゃがー!」
「すまん、許して。てへぺろ」
「許すにゃ!」
「許すのかよ! ……これで最後だぞ。もうツッコまないからな」
「さっすがご主人。キレッキレだったにゃ」
「ありがとう。まあ、嬉しくないな……」
「……その行いは、本当の事なのですか? おじさま?」
なんということだろう。
アーニャ様は依然、目の前のドクズを様付けで呼んでいる。
聖母か……!?
「すまんの、もうこれくらいしか、ワシらが生きていく手段はなかったのじゃ」
「しかし、こんなことは……」
「わかっている。許されることではないのじゃ。じゃが……どうしようも……」
「なら考えましょう。知恵を出し合うのです。そうすれば、きっと……、解決策があるはずです」
「じょ、じょうちゃん……! うう……、こんなワシのために……!」
「あ、アーニャ様!?」
聖母、圧倒的聖母。俺はアーニャ様についていく事を決めた。
「あっ、そうです。ビーストさんには、今も村のトマトはあげているのですよね?」
「? そうじゃな、なけなしじゃがの……」
「にゃんにゃん、この村の村長はドクズにゃけど、トマトはうまいにゃよ」
「こら、ビースト!」
「また、それを売っていけばいいんです。そうすれば――」
「いや、それは無理じゃ……」
「な、なぜですか」
「もう、村は行くところまで発展してもうた……今更トマトを売ってしまっても、焼け石に水なのじゃ」
「それって、冒険者の装備品を売る生活が浸透しすぎて、今更元の生活には戻りたくないってことですか?」
「………………」
沈黙。ということは、図星らしい。なんということだ。さてはこいつ、クズだな?
「だったら、今の暮らしをやめればいいんじゃ……」
ヴィクトーリアが至極まっとうな事を言った。
まあ、そうだろうな。
広い家とか家財を全部売って、元の質素な生活に戻ればいいだけ……なんだけど、そう簡単にもいかねえわな。クズなんだし。
「……失礼ですが、おじさま。以前はトマトを、どのような風に売っておられたのですか?」
「街や他から来る業者が、買い付けに来ておったな。たまに、個人の客も買いに来たかもしれんが……」
「それです」
「へ?」
「トマトに付加価値をつけるのです」
「付加価値……?」
「そうです。名牌です。キバトのトマトに名牌価値を付与するのです」
……なんだか、話がよくわからないほうへ行っちゃったな。
なんだか知らんが、このまま黙って見守っておこう。
「つまり、業者さんを通すのではなく、自ら販売経路を確保するのです」
「うーむ、それはワシらも考えたんじゃがのう……。外へ売りに行くのはかなり体力が要るからのう」
「そこでビーストさんの出番ですよ」
「ニャーかにゃ?」
「そうです。それも、ビーストさんが外へ売りに行ったら、『エンド級の魔物をも魅了するトマト』としても売り出せるのです。それに、ビーストさんも正式に働けるようになって、一石三鳥です」
「おお、しかし、魔物さんが協力してくれるかの?」
「にゃ、問題にゃい。にゃんやかんや、ニャーもおみゃーらに迷惑をかけたからにゃ。それに、どうせ働くんにゃら、知ってるとこのほうがいいからにゃ」
「おお……! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「うんうん。これで大方の問題は解決しましたね。あとはビーストさんのことが無害だって、外国や他の町の方々がわかってくれれば、それで大丈夫じゃないでしょうか」
「んにゃー……、ニャーはこんな可愛いにゃりしてるにゃが、エンド級の魔物にゃからにゃ。そこが一番肝心かもしれんにゃ……」
「完全に人の意識は変えられないけど、一応申請は出来るぞ。おまえを冒険者の酒場公認で無害認定の魔物にすること」
「にゃんと! ご主人、それは本当かにゃ?」
「ああ、冒険者の酒場に行って、いくつか質問に答えればいいんだ。それで無害認定のバッジを貰える。簡単だろ?」
「なんでユウトがそんなことを知っているんだ……」
「いや、たまにいるんだよ。ビーストみたいな魔物が。そういう魔物を間違って討伐しないために、そういう魔物が人間を傷つけないように、その制度が設けられてるって聞いたことがある。まあ、表現としてはアレだけど、所謂、制限付きで魔物を縛るような法律だ」
「さすが、博識ですね、ユウトさん」
ビックリしているのはこっちですけどね。
ネトリールの子どもはこの歳でもう、そんなことを勉強しているのだろうか。
それともアーニャが貴族だから、なのだろうか……。
まあ、どっちにしろ、アーニャ様は神だということには変わらないんだけど……。
「では、あとは勇者の酒場へ行って解決でしょうか」
「まあ、最近できたものでそこまで浸透してないから、人間に絶対に白い目で見られない……ってことはないけど、それでも無いよりはあったほうが圧倒的にマシだよ」
「うう……、みなさん、こんなワシらのために、ここまでしてくださって、感謝カンゲキ雨霰」
「……いや、べつに感謝はいいんですけど、さっさと俺らの武器を返してくださいよ」
「え?」
「いや、だから、俺たちの装備をですね――」
「うぇ?」
「……『うぇ?』って、もしかして、あんた、もう売ったのか……?」




